第69話 【7月下旬】火乃香と恋する同級生 ⑥

 縁結びで有名な神社に立ち寄ってからというもの、火乃香ほのか風間かざまくんの距離は急激に近くなったよう見える。

 その後に訪れたペットショップで一段と仲睦まじくする二人は、市街近くの公園へ足を向けた。


 そこは街の中心から10分ほど歩いた場所にある、大きな市立公園。都会のオアシスと呼ぶに相応しい憩いの場だ。


 広い園内の一角には彩り豊かな草花が植えられていて、どこか植物園を思わせた。

 今の二人がこんな場所に来ては、殊更ことさらに親密さが増すのではなかろうか。

 ハラハラと不安を募らせる俺は、二人の動向から目を離せないでいた。


 「ねぇ悠陽ゆうひ。私、喉渇いちゃった」


そんな俺と反して、泉希は気怠そうな顔で浮かぶ汗を拭った。

 おまけに「なにか冷たい物でも買ってくるわ」と言い置いて、泉希は一人コンビニに向かった。尾行中という事をすっかり忘れているらしい。


 向日葵ひまわりやラベンダー、マリーゴールドなど美しい花に囲まれ、火乃香は恍惚こうこつとした表情を浮かべている。

 すると間もなく、二人の目の前に真っ赤な薔薇のアーチが現れた。


 幻想的な光景に、火乃香は一段と目を輝かせて。


 アーチを潜った先には小さなベルと噴水。

 いかにもSNS映えしそうなスポットだ。

 不幸中の幸いか、周りには誰も居ない。

 火乃香は携帯電話を取り出し、画面を開いた。


 その直後だった。


 火乃香は突然と風間くんの方を振り向き、彼の頭に両手を伸ばした。

 首の後ろに手を回し、抱き着いているかのよう。

 飛沫しぶき上げる噴水を前に、互いを見つめたまま二人は微動だにしない。

 俺の心臓はけたたましい程うねりを上げる。


 数舜すうしゅん数刻すうこくか。

 時間さえも揺らぐ中で、二人は尚も見つめ合う。

 どれくら時間が経っただろう。

 火乃香はおもむろかかとを上げて、スッ……と小さく背伸びをした。

 そして静かに、風間くんの元へ顔を寄せていく。


 ――ドクンッ!


 心臓が激しく波を打った。 

 一体何の悪夢だ。

 火乃香が男にキスを迫っているだなんて。


 いやまさか、そんな筈はない。

 でもそうとしか見えない。

 今日の二人を考えれば、有り得ない話じゃない。


 流石にこれ止めなければ。

 けどそんなの、あまりに出歯亀でばがめが過ぎる。

 だからといって黙認なんて出来ない。

 許せない。許したくない。 


 とはいえ火乃香も高校生。

 キスくらい普通の事かもしれない。

 それに火乃香から求めているよう見える。

 無理矢理された訳じゃない。


 『だけど』

 『それでも』

 『とはいえ』

 『しかし』


 矛盾が右に左に脳内を駆け回る。

 思考回路は次第にオーバーヒートして。

 時の流れは微睡まどろみように歪む。

 いよいよ吐息が掛かろうかという、その刹那。


 「火乃香!」


気付けば俺は飛び出していた。

 どんな顔をしていたか分からない。

 だけどきっと、ひどい表情カオだったと思う。

 二人はさぞ驚くことだろう。

 今にも怒り出すかもしれない。 

 罵倒されて、火乃香に嫌われるかもしれない。

 それでも、飛び出さずには居られなかった。


 「あーあ、やっぱり出てきちゃった」


だがそんな俺の憂虞ゆうりょに反して、火乃香は溜め息混じりに肩をすくめている。

 どころか笑っているようにも見えた。それに今の台詞は……。


「い、いやそれより火乃香! お前、今――」

「いま?」

「キ、キスしようとしてただろ!」

「はぁ⁉」


顔を真っ赤に語気を荒らげる俺と同じく、火乃香も声を裏返して赤面する。


 「そ、そんなんしてないし!」

「だけど今、風間くんに近寄っていっただろ!」

「それは、頭に付いてたコレ取ってただけ!」


言いながら火乃香はバラの花弁を一枚突き出した。アーチを覆っているバラから零れ落ちたのか。


「じゃ、じゃあ、さっきのはその花びらを取ってただけなのか?」

「当たり前じゃん! ていうか……なんでわたしがキスすると思ったの?」

「だ、だってお前たち……仲良さそうだったし」

「あ、やっぱそう見えてた?」


手のひらを返したように平然と答えれば、火乃香はニタリとほくそ笑んで風間くんと目配せした。

 風間くんは一歩だけ前へ出ると、申し訳なさそうに俺へ頭を下げる。


 「すみません、お義兄にいさん。実は今日のデート、全部だったんです」

「……へ?」

「ドッキリっていうか、風間くんに協力して貰って兄貴のこと騙してた」


眉尻下げて腰低く、風間くんは苦笑を浮かべた。

 間抜けな声を漏らす俺を見兼ねて火乃香が言い加えるも、理解は余計に遠退とおのいて。


「な、なんでそんな真似を?」

「それは……兄貴、わたしのこと本当に大事なのかなって思って」

「なに言ってんだ。そんなもん、大事に決まってるだろ」


モジモジと手遊びしながら頬を赤く染める火乃香に対し、俺は気の抜けた声で反射的に答えてみせた。

 しかし火乃香はムッと唇を尖らせ、恨めしそうに俺をめ付ける。


 「だけど兄貴、風間くんが薬局に来た日『わたしが誰と付き合おうと勝手にしたら良い』って言ってたじゃん」

「そんな言い方してないだろ」

「でも同じようなこと言ってた!」


声を荒らげる火乃香に、俺は押し込まれたよう言葉を引っ込めた。かと思えばシュンと俯いて、固く拳を握りしめる。


 「だから、わたしの事なんてどうでも良いのかと思った。家に帰っても、わたしがどこに行くかとか全然気にしてない感じだったし」

「火乃香……」


力無く項垂うなだれ、火乃香は目尻に涙を浮かべた。


 と同時、不貞腐れたように視線を下げる。


 そんな義妹かのじょを……俺はそっと抱き締めた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


今回のエピソードで火乃香ちゃんが背伸びをしている描写があるけれど、風間くんは彼女より頭ひとつ背が高いの! 実は悠陽よりも高身長よ!

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