第68話 【7月下旬】火乃香と恋する同級生 ⑤

 火乃香ほのか風間かざまくんがK市の繁華街でデートをする事になった。

 だけど火乃香は怒って詳細を教えてくれない。

 心配で仕方のない俺は泉希みずきを誘い、影から二人を見守ることにした。


 K市街の駅前広場で落ち合わせた二人は、挨拶もそこそこに歩き出した。

 その直後だった。

 風間くんが火乃香の前に左手を伸ばした。


 あろう事かあの男、可愛い俺の義妹いもうとと手を繋ごうとしているのだ。


 思わず我を忘れて飛び出しそうになった。

 だけど火乃香が大きく首を振って拒否する。

 おかげでギリギリ俺も思い止まる事ができた。

 もう少しで全てが台無しになる所だった。


 気を引き締めて神妙な面持ちを作る。

 俺は泉希と共に、火乃香らの後を追いかけた。


 二人は小洒落たカフェやバーが立ち並ぶ煉瓦レンガ通りを抜けて、大きなアーケード街に足を踏み入れた。


 まずはウインドウショッピングで小手調べとでも言うのか、風間くんはレディースアパレルに火乃香を誘導する。

 だけど当の火乃香ほんにんは気乗りしていない様子だ。

 この辺りの店はどこも中高生向けの価格帯ではないし、当然の反応だろう。


 俺は「フンッ」と強気に鼻を鳴らした。『俺以上に火乃香を知る男は居ない』という表れだった。


 マネキンの影に隠れて様子を伺っていると、泉希は「コレなんてどうかしら?」と一足早い秋物のアウターを持ってきた。

 なぜ普通に買い物を楽しんでいるのだ泉希コイツは。


 あげく火乃香は何も買う事なくアパレルショップを後にした。

 泉希の会計に時間を取られてかなり焦ったけど、辛うじて見失わずに済んだ。

 大きな買い物袋ショッパーは邪魔で仕方ないが。


 二人が向かった先は、今時には珍しい大きな書店だった。

 漫画コーナーにでも行くのかと思いきや、二人は雑誌を立ち読みしている。

 風間くんはスポーツ雑誌で、火乃香は料理本。


 だけど、楽しそうには見えない。

 

 泉希などグルメ雑誌を手に、「これ美味しそう」とよだれを浮かべているのに。

 相変わらず尾行してる雰囲気ではないけれど。


 やはり何も買わず本屋を出ると、二人はすぐ近くのゲームセンターへ立ち寄った。おそらく火乃香がUFOキャッチャーを見つめていたせいだろう。


 視線の先にあったのは、少し不細工なハムスターのぬいぐるみ。


 なぜそんなのが欲しいか分からないが、風間くんは自信あり気に100円を入れた。

 しかし何度チャレンジしても取れる気配がない。

 なかば自棄ヤケになる風間くんの腕を掴んで、火乃香は無理矢理にゲームセンターから引き離した。


 不可抗力とはいえ二人が触れ合う姿に、俺は奥歯をギリリと噛み締める。

 そんな俺を尻目に、泉希はいつの間にかコアラのぬいぐるみをゲットしていた。

 

 時計の針が『12』を過ぎた頃、二人はようやくと飯屋を探し始めた。

 繁華な街だけあって、周辺には数多くの飲食店がのきを連ねている。

 とはいえ高校生が気軽に入れる店となると、ある程度限られてしまう。デートとなれば尚更だろう。


 風間くんは火乃香を連れて、ファミレスやファストフード店を覗いて回った。

 だけど、どの店も満席という悲しい現実。

 しばらく探し回った挙げ句、結局二人はクレープを買って食べた。

 ベンチに並んで座る姿が妙にカップルっぽくて、少しだけ腹が立った。


 そんな二人の姿に泉希が「いいなー」と羨ましげにボヤいたので、たい焼きを2つ買ってやった。

 泉希は何故だか複雑な表情でかじっていた。

 つぶ餡よりカスタードの方が良かったのか。


 そうこうするうちにクレープを平らげた二人は、またフラリと歩き出した。


 映画の看板を見つけて、風間くんが指を差した。

 だけど火乃香はフルフルと首を振って応える。


 カラオケボックスの前も通った。

 だがやはりと言うべきか、火乃香はまた首を左右に振って返す。


 なんとなくだけど、風間くんはデートに慣れてる感じだ。

 訪れる店がどれも『定番』っぽい。

 それでも火乃香のツボには刺さらないらしい。


 大きく肩を落とす風間くんに反して、俺ニヤリとほくそ笑んだ。

 風間くんに勝っている気がした。

 少なくとも俺と遊びに行った時、火乃香はそんな顔をしていなかった。

 

 有頂天だった。

 でもそれは束の間の優越感に過ぎなかった。

 次に二人が向かった場所で、事件は起きた。


 そこは街の北側にある神社だった。

 観光地としてはそれなりに有名で、特に恋愛運や縁結びに御利益ごりやくがあるらしい。

 県内外を問わず多くの参拝客が訪れるスポットで、若者の姿も目立つ。


 本殿の前で賽銭を投げ入れ、火乃香は深々と頭を下げた。

 一体、どんなお願いをしているのだろう。


 帰り道に社務所で御神籤おみくじを引いた。

 示し合わせて二人同時に開けると、火乃香はとても嬉しそうに笑った。

 肩を寄せ合い互いの御神籤おみくじを見せ合う姿に、俺の胸はズキリといたんで。

 

 それからというもの、二人の距離がグンと一気に縮まった。

 詰まらなそうにしていた火乃香は明るく微笑み、会話にも花が咲いている。


 極めつけは通りに見つけたペットショップだ。

 可愛い仔犬や仔猫を前に、火乃香の表情は明るく穏やかに変化して。


 楽しそうにする義妹とは裏腹に、俺の心は一層とていく。


 二人の結末を見るのが……少しだけ怖くなった。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


御神籤は大吉を結ぶと良いと言われていたり、大凶を結ぶと言われていたり色々よね。要はその結果を見て、自分はどう感じたかが大事なのだと思うわ!

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