第67話 【7月下旬】火乃香と恋する同級生 ④

 「――じゃあ……俺、行くから」

「……うん」


リビングにひとり残る火乃香ほのかへ声を掛けると、振り返ることもなく義妹いもうとは頷いた。

 俺は出掛かった声を喉の奥に引っ込めて、後ろ髪を引かれながら玄関をくぐる。


 あれから二日が経った。


 火乃香との距離は微塵とも縮まらず、むしろ溝は一層と深まったままくだんの日曜日を迎える事となった。

 

 場所はK市の繁華街。

 11時に待ち合わせをしているらしい。

 今はまだ朝の9時過ぎ。30分後に出ても間に合うだろう。

 

 のそのそと支度をする火乃香を置いて、家を出た俺は自宅近くにある小さな喫茶店に向かった。

 カランカラン、とベルの音を響かせ店に入る。

 と同時。すぐさまの姿を見つけて俺は席に近付いた。


「悪い泉希みずき。待たせた」


俺が声を掛けると、はコーヒー片手に不貞腐れる顔を上げた。

 なんとなく火乃香の姿が重なった。


 「それで、今日はどうするの」


ソーサーの上にカップを置くと、泉希は溜息混じりに頬杖をついた。


「とりあえず火乃香より先にK市へ行こう。火乃香アイツは10時に風間くんと待ち合わせてるんだろ?」

「私にはそう言ってたけど」

「ならぐに出よう」


言うが早いか、俺は泉希のカップを手に取りグイと一気に飲み干した。

 机の上の伝票を持ってレジへ向かい、泉希の代わりに支払いを済ませる。

 せめてもの御礼だ。


 結論から言うと、俺はこれから泉希と二人でK市の繁華街へ行く。

 目的はもちろん、火乃香を見守るため。

 バレたら確実に文句を言われるだろうから、陰からコッソリと。


 泉希には『そんなのまるで尾行じゃない』と、既に苦言を呈されている。

 無論俺にだって後ろめたい気持ちはある。

 コンプライアンスに反した行いだとも思う。

 それでも動かずには居られなかった。


 喫茶店を出て最寄りの駅へ向かい、俺たちは電車に乗り込んだ。

 乗客はまばらで座席も空いている。

 泉希と並んでシートに座ると、はやる気持ちが少しだけ落ち着いた。


「悪いな泉希。折角の日曜なのに」

「別にいいわよ。けど、男の子と遊びに行くからって尾行までするのは、少し過保護すぎない?」

「だってアイツ、どこ行くとか教えてくれないし」

「わたしには教えてくれるのにね」


呆れた風に言うと、泉希は浅い溜息を吐いた。

 義妹とロクにコミュニケーションが取れていないなんて、保護者として恥ずかしい限りだ。

 だからこそ、今日は泉希を誘ったのだ。


 先にも言った通り、火乃香は今日のことを何一つ俺に教えてくれない。

 「いつ」「どこ」で、「何をして」遊ぶのかも。


 心配だった。

 保護者として。義兄あにとして。

 なにより、朝日向あさひな悠陽ゆうひとして。


 だけど聞き出す勇気は無かった。

 これ以上、アイツに嫌われたくなかった。



 ◇◇◇



 『火乃香ちゃん、明日は風間くんとK市に遊びに行くんだってね』


土曜日の業務終わり。悶々モンモンとしていた俺に、泉希が何気なく尋ねた。

 本人は世間話のつもりだろうが、俺は雷に打たれるような衝撃だった。


 なぜ泉希が知っているのか問いただすと、『火乃香ちゃんがメッセージくれたから』と返された。


 どうやら泉希に俺の愚痴をこぼしていたようだ。


 先日のビールイベントで連絡先を交換してからというもの、二人は毎日連絡を取り合っているようだからな。


 送られてきた内容は、全部俺への不満らしい。

 だいぶ鬱憤うっぷんが溜まっていたようだ。


 『その原因も全部貴方だけどね』と泉希に言われて、俺は返す言葉も無かった。


 とはいえ、これで手掛かりが掴めた。


 待ち合わせの場所と時間さえ分かれば、いくらでも跡をつけられる。人通りの多い繁華街となれば尚のこと。


 とはいえ大の男が一人でコソコソしているのは、どう見たって怪しい。

 最悪、通報されるかもしれない。

 そんな醜態を火乃香に見られたら、それこそ俺達の関係は崩壊してしまう。

 

 考え抜いた末、一緒に尾行してくれるよう泉希に頼み込んだ。


 当然却下される……かと思いきや、意外にも二つ返事でOKしてくれた。

 普段の彼女なら間違いなく断っただろうに。

 一体どんな風の吹き回しかは知らないが、彼女の気が変わらない内に明日の約束を取り付けた。



 ◇◇◇



 乗り換えを挟み1時間近く電車に揺られて、漸くとK市街に到着した。

 二人の待ち合わせまで、まだ30分近くある。

 俺は適当な雑貨屋に入り、伊達メガネとマスクを手に取った。

 変装の一つもしておこうと思ったけど、「そんなの必要ないわよ」と泉希に突っ撥ねられた。


 「そんなことより、もうすぐ約束の時間よ」

「お、そうか」


結局マスクもメガネも買わず、俺達は待ち合わせの場所に急いだ。

 

 辿り着いた先は、駅前にある広場だった。

 K市では有名な、待ち合わせの定番スポット。

 

 先に到着したのは火乃香だった。


 遊びだろうと10分前行動を心がけてるのは、いかにも火乃香らしい。

 しかしこんな場所で俺の可愛い義妹を待たせるなんて……ナンパでもされたらどうするつもりだ。


 憤りに奥歯を噛み締めながら、俺は遠巻きに義妹を見守った。

 相変わらず化粧気は無いが、それでも目を引く程の美人だ。


 そんな火乃香の前に、風間くんが颯爽と現れる。

 駆け足気味に近寄ると、風間くんはあふれんばかりの笑顔でお辞儀した。

 

 そんな彼に応えるよう、火乃香も柔和に微笑んでみせる。

 

 数日ぶりに見た火乃香の笑顔。

 待ち望んでいた姿。


 だけど、なぜだろう。

 胸の奥が締められるようだった。


 どこか切なくて、ひどく苦しい。


 それはまるで、真綿まわたでじわじわと首を絞められるかのように……。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


今回私達が訪れたK市は、商業施設や飲食店、遊技施設などが立ち並ぶ小さな繁華街なの。街の北側と西側には観光地があって、南と西はオフィス街になっているとても賑やかな街よ!

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