第64話 【7月下旬】火乃香と恋する同級生①

 「――ごめんください!」


火乃香ほのか泉希みずきの3人でビールイベントへ赴き、数日ほど経ったある日のこと。薬局みせでいつも通りに仕事をしていると、突然と若い男の声が響いた。


 何事かと思って見れば、入り口にポロシャツ姿の少年が立っている。

 中学生……いや、高校生だろうか。

 精悍な顔立ちで、いかにも好青年といった風貌。老若男女を問わず誰からも好かれそうな印象だ。


「こんにちは。処方箋しょほうせんをお預かりしますね」

「あ、いえ。僕は患者じゃないんです」


営業スマイルで出迎え定型文のお声掛けをするも、少年は首を左右に振ってこたえた。思わず「へっ?」と頓狂とんきょうな声が漏れ出る。


 患者様でないとしたら、学生が薬局ウチに何用で来たのか。プロテインもコンドームもこの店には置いていないぞ。

 いぶかしげに眉を寄せると、少年は腰を低くして半歩前に出た。


 「あの、こちら朝日向あさひなさんのお宅ですよね」

「えっ? ああ、まぁ……お宅っていうか調剤薬局ですけど……君は?」

「申し遅れました! 僕は風間かざま北斗ホクトと言います! 朝日向火乃香さんのクラスメートです!」


ビシッと背筋を伸ばし姿勢を整え、少年は緊張気味に名乗りを上げた。

 そんな彼に反して、俺はまた「えっ?」と間抜けな面を披露する。


「えっと、火乃香は義妹いもうとですが」

「え……あ、お兄さんですか! 失礼しました!」


少年――もとい風間かざま北斗ホクトくんは深々と頭を下げた。俺も「いえいえ」と反射的に会釈で返す。


「それで、今日はどうしてウチに来たの?」

「あ……えと、実は僕、その……ほ、火乃香さんに御用がありまして!」

「火乃香に?」

「はい!」


緊張からか額に汗を浮かべつつ、風間くんは高らかと答えた。


 火乃香は現在いま休学中だ。

 高校には、ほとんど通えていない。


 とはいえ籍は残っているし、数日とはいえ授業には参加していたんだ。心配したクラスメートが会いに来ても不思議じゃないか。

 男っていうのは若干気になるけど。


「悪いんだけど、火乃香はココには居ないよ」

「え、そうなんですか⁉」

「うん。今は自宅に居ると思う」

「そうですか……」

「なになに、どうしたの?」


俺と風間くんの遣り取りが気になったか、店の奥にある調剤室から泉希がひょっこりと顔を覗かせる。


「いやな、火乃香のクラスメートさんが尋ねてきてくれたんだよ」

「クラスメート?」


小首を傾げながら泉希は風間くんに視線を向けた。

 かと思えばニヤニヤと笑い出し、腕組みしながら何度も頷いてみせる。


 「ふーん、そうなんだ。火乃香ちゃんも案外に置けないわね」

「なんだよそれ」

っつにぃ~」


わざとらしく声を間延びさせた泉希の態度に、俺はムッと眉尻吊り上げた。言い含めるその感じが、何となく癪に障った。


 「それよりも悠陽ゆうひ。火乃香ちゃんを薬局ここに呼んであげたら?」

「え……」

「折角はるばる来てくれたのに、このまま帰すのは可哀想じゃない」

「それは……まあ」

「じゃあ早く連絡してあげなさいよ。今なら患者様も居ないんだし」


強引に背中を押されて、俺は携帯電話を手に薬局の外へ追い出された。

 面倒だが仕方がない。火乃香が出ない事を祈りながらコールするも、画面はすぐ【通話】状態に切り替わった。


 『もしもし。兄貴?』

「あー、火乃香か。今大丈夫か」

『うん。どうしたの』

「えーっと……今日の昼ごろ薬局みせに来れるか?」

『行けるけど、なんで』

「お前にお客さんが来てる」

『わたしに?』

「おう。高校のクラスメートだって」

『クラスメートって……なんで?』

「知るかよ。友達じゃないのか」

『わたし友達いないんだけど』


そういえば、以前もそんな事を言っていたな。会いたくないのに無理強いさせるのはこくな話か。


「来たくなかったら、俺から上手く断るけど」

『んー……ううん。一応会うだけ会ってみる』

「そう……か」

『うん。何時に行けば良い?』


淡々と尋ねられ、俺は「じゃあ12時過ぎに」と平静を装って答えた。

 肩を落として店の中に戻ると、風間くんが期待の眼差しを向けている。

 何となく腹が立ったけど、まさか無視することも出来ないので、俺は作り物の笑顔で取りつくろった。


「火乃香、あと1時間くらいで来るみたいだけど、それまで待てるかな?」

「は、はい! 大丈夫です!」

「……無理しなくてもいいよ?」

「いえ! 全然無理じゃありません! 何時間でも待たせて頂きます!」

「そう……じゃあ、適当に待ってて。そこのベンチ使って良いから」

「はい! ありがとうございます!」


バカがつくほど丁寧にお辞儀して、風間くんは待合室の端にあるベンチにへ腰かけた。決して姿勢を崩したりせずお手本のような座り方だ。

 態度が悪かったり他の患者様のご迷惑になろうものなら一喝してやろうと思ったけれど、そんな隙は微塵も無かった。


 どころか、そこらの大人よりずっと礼儀正しい。


 そんな風間くんに悶々もんもんとした気持ちを抱きつつ、俺は業務を進めていった。

 心なしかいつもより患者は少なかった。

 おかげで12時ピッタリに午前診が終わった。

 派遣社員の子を休憩に行かせ、レジ締めや処方箋の整理をしながら火乃香の到着を待つ。風間くんもそわそわと落ち着かない様子だ。


 「兄貴ー、来たよー」


そうして間もなく。いよいよ火乃香がやって来た。

 相変わらず低血圧っぽい冷めた態度で、ブカブカな俺のTシャツを着て。


 「朝日向さん!」


そんな火乃香に反して、風間くんは嬉々として叫び勢いよく立ち上がった。


 「あっ……」


そして同時、火乃香も驚いたように声を漏らす。


 見えない何かが動き出はじめた――気がした。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


余談だけど、ビールイベントの時から火乃香ちゃんとは時々メッセージアプリで遣り取りするようになったの。他愛もない世間話がほとんどだけど、ちゃんと返信をしてくれるから律儀よね!

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