第60話 【7月下旬】火乃香と泉希とビアガーデン②

 ウチの薬局から程近い神社で酒のイベントが催されるらしく、一緒に行こうと泉希みずきに誘われた。

 それを火乃香ほのかに伝えると、あろうことか『わたしも行きたい』と言い出す始末。

 正直不安だけれど「来るな」とも言えないので、俺は悶々モンモンとしたまま約束の土曜日を迎える事となった。


 午前の業務を終えてシャッターを下ろし、店から15分程歩いた場所にある私鉄駅へと向かった。


 そこで火乃香と待ち合わせているからだ。


 火乃香は『薬局まで来る』と言っていたけれど、ウチのアパートから一駅で来れるからな。こっちで待ち合わせた方がアイツも楽なはずだ。


 駅前のロータリーを見れば、火乃香が既に到着していた。業務終わりにメッセージを送ったから、来ているとは思ったけど。


 地方の住宅街にも関わらず人の往来が多いのは、くだんのビールイベントのせいか。

 にも関わらず直ぐに火乃香を見つけられたのは、この蒸し暑いなかでも俺の買った白いパーカーを着ていたから。

 そしてそれ以上に、火乃香から美人オーラが醸し出されていたから。仏頂面で俯いてなければ、一段と可愛いだろうに。


「悪い。お待たせ火乃香」


声を掛けると火乃香はハッとして視線を上げた。

 その瞬間は笑顔を浮かべるも、俺の隣に泉希を見つけた途端。また無表情に戻ってしまった。緊張しているようには見えないが。


「ていうかお前、そんなカッコで暑くないのか」

「……夜は冷えるし」


眉を顰めて尋ねる俺に火乃香は愛想なく答えた。

 今はもう7月の下旬。俺なんてポロシャツ一枚でも汗が滴っているのに。

 もっとも火乃香は女の子だし、体の線も細いからな。このくらいが丁度良いのかもしれない。相変わらず下はショートパンツだけど。


 「こんにちは、火乃香ちゃん」


そんな火乃香に泉希はニッコリと微笑みながら挨拶してくれた。にも関わらず、ウチの義妹いもうとは逃げるよう俺の後ろへ隠れてしまう。


 「……こんにちは」


まるで借りてきた猫みたく、火乃香は俺の服を掴んで離れようとしない。そんな姿に泉希も苦笑いを浮かべた。


「えーっと……とりあえず、会場行くか」

「そ、そうね」


どこかギコちない空気感のまま、俺達は目的の神社へ向かった。

 5分程も歩けば、土産物屋や飲食店がある小さな商店街が見えてくる。

 開催場所の神社はちょっとした観光地で、シーズン中は遠方からも参拝者が訪れるとのことだ。


 そうして間もなく神社が見えてきた。


 大鳥居おおとりいを潜り参道に入れば、出店や屋台が所狭しと並んでいる。酒のイベントとはいえ、やはり祭りに近い印象だ。


 食べ歩きをしても楽しそうだけど、今日のメインはやはりビール。至る所に椅子とテーブルが設置されている。出来れば俺も座って飲みたい。


「先に席の確保しといた方が良いか」

「そうね。どこか空いてれば良いけど」


空席を探しながら、俺達は敷地内を進んだ。


 幸いと空いているテーブルはすぐに見つかった。

 時刻は午後2時半。昼とも夕方ともつかない絶妙な時間帯がこうそうしたか。


 「じゃあ、私はお酒と飲み物買ってくるわ」

「頼む。俺は火乃香と一緒に、屋台でツマミになりそうなモン買ってくる」


テーブルにハンカチや化粧ポーチを置いて陣取った事を示せば、泉希は唐突と火乃香の前に立った。


 「火乃香ちゃん、何か飲みたいものある?」

「え……いえ、別に」

「遠慮なんかしないで良いのよ?」

「でも、屋台の飲み物とかって高価たかいし……」

「そんなの気にしないで。今日は私の奢りだから! お義兄にいさんにはいつもお世話になってるし、その御礼にね」


まるで子供に言い聞かせるよう前屈み気味に、泉希は優しく微笑みかける。

 それでもまだ視線を合わせられない義妹に、俺はポンと背中を叩いて促した。


「折角だし御言葉に甘えよう。俺も泉希に御馳走になるから」

「兄貴……」


俺の言葉に戸惑いながらも、火乃香は漸くと泉希の目を見た。おずおずとして、酷く上目遣いだけど。


 「……じゃあ、オレンジジュース」

「りょーかい!」


右手にOKサインを作って明るく笑い、泉希は早足にビールの売り場へ向かった。

 俺と火乃香も屋台のある参道へときびすを返す。


「なあ火乃香」

「なに」

「泉希のこと、嫌いか?」


瞬間、火乃香の肩がピクリと震えた。だけどすぐに落ち着いて、フイと顔を背ける。


 「別に、嫌いとかじゃないし」

「じゃあ、なんであんな態度なんだよ」

「……どう接したら良いか分かんないだけ」


そう言って火乃香はまた俺の服を握りしめた。

 火乃香のその言葉が100%本意ではないと理解している。けれど頭ごなしに否定することははばかられた。


「まあそうだよな。高校生と社会人なんて別の世界の人間だし。お前からしてみれば俺も泉希もオジサン&オバサンだよな」


だから俺はあっけらかんと笑って、「若い頃は俺もそうだった」と言い加えた。


「でも、俺はお前と泉希が仲良くしてくれたら嬉しいぞ」

「……なんで?」

「そんなの決まってるだろ。お前も泉希も、俺の『大切』だからだよ」


不貞腐れる火乃香の頭を、俺はポンと撫で叩く。

 出来るだけ優しくさとしたつもりだが、火乃香は表情に影を落として項垂うなだれた。

 

 「兄貴は……やっぱり、水城先生あのひとのこと……」


消え入りそうな声で言いかけると、火乃香はぐっと下唇を噛みしめた。


 それと同時、俺の服を掴む火乃香の指に少しだけ力が込められて……。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


前にもお伝えしたけれど、朝日向調剤薬局の営業日時は以下の通りよ! ただ患者様がお帰りになるまで営業しているから、定時をオーバーするのはザラなの!


月・火・水・金 09時00分〜19時00分

木・土 09時00分〜12時00分

日・祝 定休日


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