第55話 【7月中旬】火乃香と水着と初めてのプール④

 日焼け止めを塗り終えて、火乃香ほのかいざなわれるまま俺もプールに向かった。


 まずは園内ここのメインとなる【貝殻プール】。

 文字通り貝を思わせる扇型をしていて、奥に行くば行くほど深くなる仕様だ。特に何があるでも無いけれど、広々として見た目にも気持ちがいい。


「割と広いプールだな。もっと窮屈かと思ってた」

「今日はまだ人が少ないんじゃない?」

「なるへそ」

「でも、これなら泳いでも大丈夫かも!」


言うが早いか火乃香は水底を蹴り、すい~っと優雅にクロールで泳いだ。弾いた水に光の反射するその姿が、俺の視線を奪って離さない。

 プールのへりまで泳いだ火乃香は、くるりとターンして俺の元に戻ってきた。


「おっと」


ぶつかりそうになる火乃香を抱き止めれば、俺の目の前に立って「ニッ」と白い歯を浮かべ微笑んだ。

 濡れた髪のせいか、後ろに結んだ髪型のせいか。いつもより大人びて見える。


 思わず、掴んだ腕ごと抱き締めそうになった。


 心と理性を搔き乱す良からぬ衝動に、俺は咄嗟と空を見上げ意識をらす。


「ほ……火乃香は泳ぎも上手いんだな! プールにはよく行ってたのか」

「ううん。学校の授業でしか泳いだ事ない。こんな大っきいプール初めてだし!」


屈託のない笑みを浮かべながら、火乃香はキラキラと目を輝かせる。俺が子供の頃は市民プールで友達と遊んでいたものだが……。


「……んじゃ、今日は思い切り遊ぶか!」

「うん!」

「まずは何して遊ぶ?」

「じゃあ鬼ごっこ! 最初は兄貴が鬼ね!」

「よーし、やったろうやないか」

「じゃあ10数えてからスタートして!」


言うが早いか火乃香は勢いよく水中へと潜り、広いプールの中を泳ぎ回った。

 だがやはりと言うべきか。20分経っても火乃香を捕える事は出来ず、俺は敢え無くギブアップした。


 「どう? ちょっとはお腹へこんだ?」

「やかましいっ」


腹を触って茶化す火乃香に手の水鉄砲で応じれば、「やったな~」と笑いながら水を掛け返された。

 何のことは無い水の掛け合いなのに、俺達はケタケタと笑い合い、息が切れるまで楽しんだ。


 「――ふぅっ! ちょっと疲れちゃった!」

「じゃあイッペン休憩するか」

「りょーかいっ!」


ビシッと敬礼みたく火乃香は応えて、俺達は木陰のレジャーシートに戻った。

 そうして体力回復がてら、火乃香が水筒に淹れてくれた温かい緑茶でリフレッシュする。冷えた身体に染み込んでいく感じだった。

 

「ちょっちトイレ行ってくる」

「はーい」


少し茶が染み込み過ぎたか。火乃香に見送られ俺は一人建屋たてやへと向かった。

 トイレがあるのは更衣室や入場ゲートが併設されている建屋だからだ。

 出入口に近いせいか、ここへ来た時より随分と人が増えている気がする。もうすぐ11時だし、当然と言えば当然か。


 ――カチャンッ!


その時、渇いた音が響いた。かと思えば、前を歩くお姉さんがパーカーのポケットから何か落とした。防水タイプのポーチみたいだ。

 友達と思しき女性と談笑しているせいか、ポーチを落とした事に気付いていない。


「お姉さん! 落としましたよ!」


大声で呼びかけるも、二人組のお姉さんらは足早に歩き去る。俺は仕方なくポーチを拾い、彼女らの後を追いかけた。


「あの~……」


背中から声を掛けると、驚かれたうえ怪訝そうに顔をしかめられた。

 年齢は20代前半だろうか。明るい茶髪でメイクもバッチリ。いかにもギャルという見た目だ。爪には派手なネイルが光り、肉食獣みたく尖っている。


 ちょっとだけ肝が冷えた。


 だけどポーチを差し出せば、直ぐに察してくれたらしく笑顔へと変わった。加えて「有難うございます」と丁寧に頭を下げてくれた。

 

 人は見た目に寄らないな。


 ホッと安堵あんどに胸を下ろすと共に、なんとなく恥ずかしくなって、俺は逃げるようにきびすを返しトイレへ向かった。


「ちょっと……可愛いかったかも」


用を足しながら俺はポツリと呟いた。

 これがギャップ萌えという感覚ヤツなのか。お姉さんの笑顔が頭について離れない。


 夏の熱が、俺の心も開放的にしているのか。


 再びプールサイドに出て空を見上げると、太陽の光がいやに眩しく感じられた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


火乃香ちゃんはスポーツ全般得意らしいけど、中学時代は家庭科部に所属していたみたい。理由は「食費が浮くから」らしいけど、ほとんど幽霊部員だったそうよ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る