第54話 【7月中旬】火乃香と水着と初めてのプール③(※)

 「――それ塗って。背中に」

「はぁっ⁉︎」


火乃香に日焼け止めを手渡され、俺は素っ頓狂とんきょうな声を上げた。

 驚き焦る俺とは打って変わって、火乃香は平然とレジャーシートに俯せる。あろう事か水着のブラ紐に指を掛けて。


「な、何してんだお前!」


慌てて火乃香の傍に駆け寄り、紐に掛かる手を掴んで止めた。鬼気迫る俺の様相に、火乃香はキョトンと目を丸める。


 「なにって、水着の位置ポジ直しただけだけど」

「えっ、あ……そ、そうか……」

「なに。もしかしてブラ外すと思った?」

「お……思っとらん!」

「ウソ。顔真っ赤じゃん」


ニッと白い歯を見せ、火乃香は茶化すように俺の顔を指で差した。

 恥ずかしさが一気に限界を迎え、俺はぶっきら棒に日焼け止めを置いた。


 「なにしてんの。早く塗ってよ」

「やかましい。塗るなら自分で塗れ」

「手ぇ届かないんですけどー」

「知るか」

「ひどーい。可愛い義妹いもうとの背中が焼けて、痛い思いしてもいいのー?」

「いつも足出してるヤツが何言ってんだ」


レジャーシートの上に伸ばされた白い太腿ふとももをペチンと叩けば、程よく肉の付いた尻がやわく揺れた。


 「ったー。DVなんですけどー」

「やかましい。塗るなら早よせんか」

「なにその言い方。冷たーい」

「フンッ」


鼻を鳴らし口を尖らせれば、火乃香は頬を膨らませ眉間に皺を寄せた。


 「じゃあもういい。兄貴が塗ってくれないなら、その辺の男の子にでも頼むから」

「なっ……!」


プンスカと不貞腐れながら、火乃香は日焼け止めに手を伸ばす。

 だけど寸での所で、俺が先にボトルを奪った。


 「なにすんのさ。返してよ」

「……背中向けろ」

「なんで」

「俺が塗ってやるって言ってんだ!」


顔を真っ赤に声を荒げる俺とは反対に、火乃香はまるで「予定通り」と言わんばかりにニヤリとほくそ笑んで。


 「最初からそう言えばいいのに。ホント素直じゃないんだから~」

「やかましいっ」


ゴロンとまたうつ伏せに横たわって、火乃香は鼻歌交じりにパタパタと足を動かす。その度に小振りな尻が動いて、俺の集中を掻き乱した。


「すぅー、ふぅー……」


大きく深呼吸をして、俺は日焼け止めのクリームをてのひらで練り込む。

 ゴクリと固唾かたずを飲み込んではらくくり、俺は火乃香の白い背中に手を触れた。


 「んっ……!」


甘く切ない声を漏らして、火乃香の身体がピクリと跳ねた。

 反射的に手を放すも、聞こえなかった振りをしてクリームを塗り込んでいく。


 「なんか……マッサージみたいで、ちょっと気持ちいいかも」


蕩けた声で微笑む火乃香に反し、俺はそれどころではなかった。一刻も早く終わらせなければ、体の奥で何かが爆発しそうだった。

 理性と情動が頭の中で綱引きしたまま、どうにか背中全体に塗り終える。


「よーし、終わり!」

「えー、もっとー」

「ダメに決まってんだろ」

「ケチぃー」

「そんなに塗っても仕方ないだろ」

「ぶぅー、じゃあ足も塗って」

「手ぇ届くだろ。自分でやれ」


ペチンッ、今度は頭を叩いた。

 仏頂面を浮かべつつも起き上がり、火乃香は日焼け止めを手にした。


 肩から指先に掛け火乃香は入念にクリームを塗り込んでいった。その次は首回りをなぞるよう両手を動かす。


 ふと周りを見れば、男連中がチラチラとこちらを見ていた。火乃香が日焼け止めを塗り込む程、視線の数も増していく。

 

「……」


ドカッ……とふんぞり返るよう腕組みをして、俺は火乃香に背を向け胡坐あぐらをかいた。


「どうしたの兄貴」

「いいから。お前は早く塗れ」


横目に振り返りながら、クイと親指で後ろの細木を差し示す。

 少しでも周囲の目から隠したかった。俺と枝葉を目隠し代わりにしようと思った。


 チラリと横目で見れば、膝を立てて足に塗り込んでいる。まるでファッション誌のモデルを見ているようだ。

 足が長いせいか随分と時間が掛かったけど、それも漸くと終わって、ホッと安堵に一息ついた。その直後。


 「あーにきっ」


油断しきった俺の背後から、火乃香が後ろから抱きついた。むにゅっと柔らかい胸が、俺の背中に押し付けられて。


「のわあああ!」


絶叫を上げて飛び退き、俺は尻餅ついたまま火乃香を振り返る。


「な、なにしてんだお前!」

「余ったクリームおすそ分けしようかと思って。兄貴も使いたいでしょ?」

「だからって抱きつく意味!」

「お腹から塗ってあげようと思って」

「なんでやねん! 背中からでいいわ!」

「はーい」


然も平静と答えながら、火乃香は俺の背中にピトリと手を触れ洗体みたくクリームを塗り込んでいった。

 なんとなく如何いかがわしい匂いがするのは、俺の心が汚れているからか。


 「はーい、次は腕ですねー」


何故か明るい敬語口調で、今度は俺の腕を抱えるよう指を這わせた。そうして流れるように、首へ胸へと手を移動させる。


 「兄貴ってさ。腕、大っきいよね」

「そ、そうか?」

「うん。男の人って感じ。胸板も厚いし」


俺の体をじっと見つめながら、火乃香は日焼け止めを胸に塗りこんでいく。

 褒められて悪い気はしないが、最近はロクに運動もしてないし、火乃香の作る飯が美味くていささか肉が付き過ぎな感じも――


 「まあ、お腹はぷにぷにだけどっ!」

「にょああああ!」


細い指先に余った腹の肉を摘まれ、俺はまたも妙な悲鳴を上げた。


「な、なにしてんだお前は!」


声を荒げる俺を揶揄うように、火乃香は「べぇっ」と小さな舌を出して笑い、すぐ目前のプールに飛び込んだ。


 「冷たくて気持ち〜! 兄貴も早くおいでよ! ダイエット、ダイエット!」

「……ったく」


溜め息混じりに頭を掻いて、火乃香の待つプールへと俺も向かった。


 それにしても、今日の火乃香はいつも以上に距離が近い。


 真夏の太陽が、身も心も解放的にしているのか。


 夏は誘惑の多い季節と言われてきたけど、まさかこの年齢になってまで誘惑それと戦う羽目ハメになるとは思わなんだ。


 果たして今日一日、俺は理性を保っていられるのだろうか……。




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私もよく知らないけれど、悠陽は学生時代に1年間ボクシングを習っていたみたい。その頃読んでいたボクシング漫画に影響を受けて始めたそうよ!

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