第53話 【7月中旬】火乃香と水着と初めてのプール②

 「――あっ! あそこ空いてるよ、兄貴!」


火乃香ほのかに乗せられ手を繋いでプールサイドを歩いていると、涼しそうな木陰こかげを発見した。


 「イイじゃん。ここ休憩場所にしようよ」

「そうだな。ちょうど枝葉が傘みたくなってるし」

「じゃあ決まりっ」


言うが早いか、火乃香は持参したトートバッグからレジャーシートを2枚取り出し、並べて広げた。

 周りを見るとアウトドア用のテントを張っている人が多い。だけどそんな高級品が我が家にあるはずも無い。この強い日差しの下、陰のある場所を陣取れたのは本当にラッキーだ。


「それにしても、用意がいいな火乃香」

「でしょ〜。昨日水着買うついでに100円ショップも寄ってきたんだ」

「最近の100均は何でも売ってんな」

「本当それね。だからほら、ビーチボールと浮き輪も買って来た! 流石にこの二つは100円じゃなかったけど、それでも安かったし」

「いくらだった?」

「このボールが300円で、こっちは600円!」


どこか得意気な風に、火乃香はビニル製のボールと浮き輪を取り出した。本当に用意の良いことだ。


 「わたしはボール膨らませるから、兄貴は浮き輪の方やって」

「うい。じゃあ空気入れ貸してくれ」

「無いよ」

「なんで」

「買ってないから。お金もったいないし」

「えぇ……」


簡易な空気入れ程度なら、それこそ100円で売ってるだろうに。

 とはいえ可愛い義妹が大事なバイト代で買ってきてくれたんだ。文句を付けるのは野暮というもの。ひっそりとこの胸に仕舞っておこう。


 「ほら、ボーっとしてないで兄貴!」

「へいへい」


げんなりと背中を丸めつつ、俺はしおれた浮き輪を手に取り、息を吹き込んだ。

 火乃香もボールの空気栓を口に咥えて、一生懸命に空気を入れていく。美少女JKの息が封入されたあのボールなら、三千円でも売れるかもな。


 「よーし、でーきたっ。兄貴は?」

「まだ。もう少々お待ちを」

「だらしないなー。まだ全然膨らんでないじゃん。ちょっと貸して!」


眉をひそめて膨れっ面に、火乃香は強引に浮き輪を引ったくった。お前が膨らんでどうするんだ。


 などと俺が心の中でツッコミを入れている隙に、火乃香は一寸いっすん躊躇ためらいもなく空気栓を咥え、息を吹き込んでいく。ついさっきまで俺が口を付けていたというのに……恥ずかしくはないのか。


 れっきとした間接キスだぞ。


 それとも義兄妹きょうだい間でそんな事を気にする俺の方がおかしいのだろうか。同性の兄弟姉妹なら兎も角、異性となれば多少は気兼ねもしそうだが。


 「ぷはぁ! ちょっと疲れちゃった。交代!」


赤らんだ頬で唇を離し、火乃香は膨らみかけの浮き輪を突き出した。

 恐る恐ると受け取れば、心なしか空気栓が輝いて見える。思わず『ゴクリ』と喉が鳴いた。


 「どうしたの、兄貴」

「え……い、いや別に」


空気を入れようともせず、呆然と浮き輪を見つめる俺を火乃香がいぶかしげに伺う。

 ここで手間取っては俺が変に意識していることを気取けどられかねない。邪念をはらい、勢いに任せ俺も空気栓に口を付けた。


 ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐり、淡い酸味が舌先を駆ける。


 理性を揺さぶる刺激を必死に耐えて、俺は浮き輪に息を吹き入れた。

 ようやくとドーナツの型が出来た頃には、酸欠と気疲れに倒れ込んだが。


 「ありがとう兄貴! お疲れ様っ」


満杯に膨らんだ浮き輪を見つめ、火乃香はニヤニヤと微笑んでいる。よっぽど楽しみなのだろう。

 

 今度は可愛らしいシュシュを取り出して、長い髪を後ろ手にまとめた。すると隠れていた背中が露わになって、くびれた腰と形の良い尻がさらけ出される。


 義兄あにの俺が言うのも変だが、本当に魅力的で抜群のスタイルだ。


 背中も透き通る程に綺麗で、見ているだけで吸い込まれそうになる。

 そういえば火乃香がウチに来た頃、暗がりの中で裸を見たことがあったけ。けど、あの時よりも肌艶や肉付きが良くなって見える。


 もちろん今もスレンダーなことに変わりはない。ただあの頃は、触れれば手折たおれてしまいそうな儚いオーラを纏っていた。

 だけど最近は表情も明るく、全身からすこやかさがにじみ出ている。保護者として本当に嬉しい限りだ。


 「あ、そうだ……はい、兄貴」


後ろ手に結んだ髪を尻尾のように振って、火乃香はバッグから青いチューブボトルを取り出し俺に手渡した。


「なんだこれ」

「日焼け止め」

「ああ、なるほど。サンキュー。使わせて貰うわ」

「いやいや、そうじゃなくて」


キャップを外そうとする俺の右腕を、火乃香が咄嗟に掴んで止めた。

 かと思えば、そそくさとレジャーシートにうつ伏せる。


「なにしてんだ、お前」

「それ塗って。背中に」

「……はぁっ⁉︎」


驚きのあまり声を裏返してしまった。そんな俺とは対照的に、火乃香は平然と俺の手にある日焼け止めを指差した。


 照り付ける日光を反して、白く輝く背中。

 うなじを露出するポニーテールの髪型。

 薄布一枚で晒される形の良い臀部でんぶ

 純白の肌の上に存在感を誇示する黒ビキニ。


 俺の脳は焼き切れ全ての思考を停止する。


 そんな俺に追い打ちをかけるが如く、火乃香は水着の紐に指を掛けた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


前回から出てきた火乃香ちゃんの水着姿のイラストを、以下の近況ノートにUPしています! 良ければ覗いてみてね♪


https://kakuyomu.jp/users/hino-haruto/news/16818093074411689240


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