第52話 【7月中旬】火乃香と水着と初めてのプール①

 「――あ、暑い……」


ミンミンとやかましいせみの鳴き声をBGMに、俺は熱く輝く太陽を見上げた。

 汗ばむ陽気に快晴の青空と、まさに絶好のプール日和だ。おまけに数分前まで冷房の効いた電車内に居たから、一層と暑く感じる。


 「そんな所に突っ立ってないで、行くよ兄貴」

「……あーい」


麦わら帽子を被り白いTシャツを着た火乃香ほのかかされて、俺は重たい足を引きるよう歩き出した。


 俺たちが居るのは、今日訪れる予定のプールから徒歩20分程の小さな駅前。

 意外にもウチの最寄駅から乗り換えも無く来る事が出来た。火乃香が交通費の安く済むプールを探してくれたらしい。

 倹約家なのは良い事だけど、おかげで炎天下の中を歩く羽目はめになった。

 市営バスに乗れば楽に行けるのだが、「バス代がもったいない」らしい。


 そうしてだるような暑さの下、俺たちは目的の公営プールに到着した。

 地方のプールで入場料も大人1100円と中々の強気にも関わらず、ゲート付近は結構な賑わいを見せてる。市民プールなら数百円で入れるだろうに。


 「じゃあ、着替えたら出入口に集合ね」

「おう」


入場ゲートを潜り、俺達は更衣室に向かった。

 開園から1時間と経っていないせいか、予想より客は少なかった。おかげで空いているロッカーを探す手間も無く、早々と着替えることが出来た。


 火乃香が買ってきてくれたハーフパンツの水着に、上は半袖のボタンシャツを羽織るスタイル。だらしなく緩んだ腹を少しでも隠したいのだ。


 伸縮バンド付きのロッカーキーを手首に巻いて、タオルと小銭だけを手に、光差すプールサイドへと踏み出した。


「うおっ!」


その瞬間、思わず低い声が出た。思ったよりも広く綺麗なプールで驚いてしまった。

 簡易ではあるものの、スライダーや流れるプールなどもあり、噴水広場では小さな子供が楽しそうにはしゃいでいる。


 予想外な出来事はもう一つあった。大学生や20代前半の若者客が少ないのだ。

 小中学生くらいのグループはそれなりに見かけるけれど、訪れている客の半分以上が家族連れだ。


 もちろん10代~20代の若者も居ないでもないが、いずれもカップルやグループだ。海水浴場で見かけるようなやからは一人も居ない。


 多分そういう陽キャ連中は、こんな地方の公営プールではなく、もっとSNS映えするスポットや、それこそ海水浴場なんかに行くのだろう。

 この辺りは観光地じゃないし、目玉になるような施設もないからな。当然と言えば当然か。


「とりあえず一安心か……」


などと独り言をつぶやきながら、俺は腕組みして壁にもたれ掛かり火乃香を待った。

 周りには俺と同じく、お連れ様を待つお父さんやお兄さんがたむろしている。照り付ける太陽のせいか、皆さん眉間にしわが寄っている。


 だが直後。周囲の空気がどよどよとざわめいた。声に出ている訳ではないが、皆一点を見つめている。


 「お待たせ、兄貴」


その瞬間。喧騒の意味が理解できた。

 なにせ更衣室から現れた俺の義妹いもうとが、黒いビキニ姿で抜群のプロポーションをさらしているのだから。


 スラリとした長い手足にくびれた腰。ほどよく形のよい乳房。そこに出来る谷間。

 黒真珠のごとくあでやかな黒髪と、モデルを思わせるルックス。

 ただでさえ人目を引く美人だというのに、布面積が少ない下着のような水着。


 先にも言ったように、ここは地方の公営プール。

 家族連れが大半を占めるこの場内で、素肌を露出している女性は極端に少ない。

 ほとんどがワンピースタイプの水着やマリンウェアで、Tシャツやパーカーを着て泳ぐ人もいる。肌色が多めなのは野郎ばかりだ。


 そんな中現れたウチの火乃香だ。見るなと言う方が無理だろう。


 「どうしたの兄貴。そんなじっと見て」

「いや……だってお前、その水着」

「むふーん、可愛いでしょー。セール品だけど」


ポーズを取りながら、火乃香はくるりと回転してみせた。義妹の華麗な様に、周りの男共は一層と熱い視線を寄せてくる。

 此処ここならナンパの心配は無いとタカをくくっていたけど……少し心配になってきた。


 とりあえず少しでも火乃香を衆目から隠そう。

 そう思い、俺は羽織っていたボタンシャツを脱いで火乃香の肩に着せた。


「どうしたの兄貴。別に寒くないよ」

「……年頃の女の子があんまり肌を出すんじゃありません」

「いや、ここプールじゃん」

「それでも人目があるだろ」


ジトリと横目に周りを見やれば、男性陣がそそくさと顔を逸らした。中にはがんとして火乃香を見続ける猛者もさも居るけど。


 「もしかして兄貴、いてるの?」

「……そんなわけないだろ。アホか」

「そんな照れなくても良いのに。けどそれなら仕方ないな~、どっか人の少ない所に連れてってよ」


心なしか上から目線でほくそ笑みながら、火乃香は左手を差し出した。


「バ……バカ! こんな所で手なんか繋げるか!」

「ふーん。いいのかなー、そんなこと言って。離れて歩いたら可愛い義妹がナンパされちゃうかもよ」


前屈みで顔を覗き込む火乃香に、俺は「うぐっ!」と言葉を詰まらせる。

 自分で自分の事を『可愛い』とのたまうのはどうかと思うが、火乃香が可愛いというのは間違いない。

 それが証拠に更衣室から出てきただけで注目を浴びているし、放っておけば本当に悪い男に引っ掛かるかもしれない。


「……ああもう!」


数秒間の逡巡しゅんじゅんを経て、俺はぶっきら棒に火乃香の手を取り早足にその場を離れた。


 「やっぱ心配なんじゃん」

「プ、プールサイドは滑りやすいからな! 転ばんように繋いでるだけだ!」

「素直じゃないな〜、このは!」


揶揄からかうような微笑を浮かべながら、火乃香はぎゅっと固く俺の手を握り返した。


 相変わらず、絹糸のように綺麗で滑らかな手だ。

 握っているだけで心臓がはやり鼓動が高鳴る。

 まるで初デートのようなドキドキ感。


 だけどそれ以上に……胸の奥にもやのようなものが浮かんで消えなかった。



 

-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


今回火乃香ちゃんが身に着けている麦わら帽子もTシャツも、バイト代で新しく購入したモノみたい。相変わらずショートパンツ姿で肌を出してるのに、全然日焼けしないそうよ。羨ましいわ……。





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