第48話 【7月上旬】火乃香とお家で映画鑑賞
「――兄貴。これ、一緒に観よ」
繁華街へ映画を観に行った数日後の土曜日。早めの夕食を終えて後片付けをしていると、
相変わらず俺のTシャツを着ているせいで、白いデコルテが惜しげもなく晒されている。もう少しで肩まで露出しそうだ。
「そのDVD、どうしたんだ」
「兄貴の本棚にあった」
「ああ、道理で見覚えがあると思ったよ」
部屋の片隅にあるシルバーラックを指差して答える火乃香に、俺はうんうんと頷いて微笑んだ。
もう何年も本棚の肥やしになっていた物だから、すっかり忘れていた。俺がこの家で一人暮らしを始める時、引っ越しの荷物に紛れ実家から持ってきたのだろう。
火乃香からDVDを受け取り、裏に表に満遍なくパッケージを
内容は10代の淡い恋模様を描いたアニメ作品で、劇場公開から30年近く経った今でも名作と高評だ。地上波でも何度となく放送されてる。
「火乃香は観たことないのか?」
「うん」
「そうか。なら火乃香が一人の時にゆっくり観な」
「なんで」
「俺が居ると気が散るだろ」
眉尻下げて苦笑いを浮かべ、俺は火乃香の頭を撫でながらDVDを返した。
映画館に行って感化されたのは理解できるけど、俺はもう擦り切れるほど繰り返し観ているからな。いまさら改めて観るほどの品でもない……のだが。
「どーしてそう寂しいコト言うかな! 一緒の家に住んでるんだから、映画だって一緒に観たほうが楽しいじゃん!」
両の頬を膨らませ、火乃香は地団駄踏みながら不満を露にした。わざわざ俺に合わせなくても、DVDなら
「分かったよ。一緒に観ればいいんだろ、一緒に」
とはいえ、そんな
「うん、分かればよろしい」
両手を腰に当て胸を張り、火乃香は「ふんす」と鼻息を荒くした。
かと思えばコロリと態度を変えて、今度は鼻歌交じりにポップコーンと紅茶の準備を始めた。たぶん映画館を真似しているのだろう。
手早く用意を終え、火乃香はプレイヤーにDVDをセットし部屋の灯りを消した。
「よいしょっと」
そして何故だろう。胡座をかく俺の上に火乃香は腰を下ろした。
傍から見れば俺が膝の上に彼女を乗せて後ろから抱いているような体勢だ。バックハグとでも言えば分かり
「なにしてんだ、お前」
「だって、この方が観やすいんだもん」
さも当然といった風に、火乃香は淡々と答えた。
先日のベッドの件もそうだが、今までの火乃香はこんな風に密着してこなかった。
心の距離が近くなったと言えば聞こえは良いが、肉体的接触が増えるのは決して好ましくない。俺が理性を保っていられるか分からないからな。
「ちょ、火乃香。ちょっと位置ずれて」
「なんで」
「この体勢は、その……位置が宜しくない」
「意味わかんないんだけど」
「だから、このポジショニングは俺の――」
「あーもー、うるさいな! もう始まるんだから、静かにしてよね!」
ジトリと横目で睨み、火乃香は「フン!」と鼻息を荒げ一層と体を預けてきた。
おかげで俺の両手は行き場を失い、
「なに、その手」
「だって……どこやってもお前に触っちまうから」
「何言ってんの今更。一緒に寝てるくせに」
それはお前が駄々こねるから、仕方なくやっているだけだ。おかげで俺はこの数日、安眠とは無縁の生活を送っているというのに。
「別に楽にしたらイイのに」
「そしたらお前に触れちまうだろ」
「いいよ別に。兄貴ならどこ触っても」
「ど、どこって……」
思わずゴクリと生唾飲み込み、俺は火乃香の肢体を見回した。
スラリと伸びた脚に、長く細い二の腕。
ブカブカのTシャツからチラリと覗く胸元。形の良い谷間が見えて、俺は勢いよく顔を逸らす。
「なんで天井見てんの」
「い、いやべつに!」
「もう! ちゃんと映画に集中して」
プンスカと目くじら立て、火乃香は無理矢理に俺の手を取って自分の腹部に回した。これじゃあ本当に俺が抱きしめているみたいだ。
服の上からとはいえ、全身から火乃香の温もりが伝わってくる。スレンダーなのに柔らかい腹の感触が、俺の腕と掌に存在を感じさせる。
初めて【人をダメにするクッション】に触れた時みたく、脳の奥を
おまけにほんの少し腕を上げれば、スレンダーな体型に似合わない
腹だけでこれほどの心地よさなのだ。一体どれ程に気持ちが良いのだろう。
「……」
火乃香に感付かれないよう、そっと腕を動かしてみる。けれどすぐさま我に返って、俺は腕の位置を元に戻した。
そこからは指一本動かすことなく、映画が終わるまでの約100分間。俺は沸き上がる煩悩とひたすらに頭の中で格闘していた。
「――ヘタレ兄貴」
映画がエンディングを迎えたて間もなく。ボソリと呟くような声が聞こえた。
……気がした。
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朝日向家のリビングにはローテーブルとテレビ台、それに小さなシルバーラック、それに小さな作業机があるだけで、ソファみたいに気の利いた物は一切無いわ。因みに悠陽はジャンルを問わず色んな映画を観ていたみたい。
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