第45話 【6月下旬】火乃香と映画と白いパーカー②

 仕事の取引先から貰った映画の無料鑑賞券チケット。それを使うため、俺と火乃香ほのかは隣県にある繁華街へとやってきた。

 

 駅前の大きな映画館で上映されているのかと思ったが、辿り着いた先は駅から少し離れた商業ビル。その最上階に映画館が併設されていた。


 意外にも小さな映画館ではなかったが、俺達が観る映画は日に2回しか上映されていないらしい。CMで見たアクション映画や、話題のアニメ映画などは繰り返し上映されているというのに。

 

 どうやら、かなりマイナーな映画らしいな。同日に上映されている子供向けの特撮ヒーロー映画の方がずっと人気のよう。

 心なしか、入場ゲート前のロビーにも親子連れの姿が目立つ。


「まあいいや。取り敢えず窓口に行くか」

「うん」


特別鑑賞券を手に、俺達はロビー奥にあるチケットカウンター窓口へ向かった。

 この特別鑑賞券だけでは観覧ができないらしく、窓口で座席指定券と引き換えてもらい、併設されている券売機で座席を選ぶ必要があるとのことだ。


 「ところで兄貴。なんでチケット2枚あるの」

「え……ああ、なんか……もう一枚貰った」

「本当に?」

「ほ、本当だって! それより、席どこにする」

「あ、自分で選んで良いんだ。じゃあ、ここ!」


あからさまに話題を変える俺に釣られて、火乃香はビシッとモニターを指差した。

 休日だというのに俺達が観る予定の映画は2割程しか席が埋まっておらず、おかげで中央後方という絶好のポジションを確保できた。

 かえって不安は募る一方だけど。


「ともかく、これで後は映画観るだけだな。始まるまでその辺ブラつくか」

「う、うん」


開場まで1時間程度だが、狭いロビーに居ても仕方が無い。特に目的があるわけでもないが、俺たちは劇場の外へ出掛けた。


 だが何処どこへ行っても人が多く、ただ地下街をブラつくだけで終わった。

 そうして上映開始の30分前に劇場ロビーへ戻り、入場開始を待っていた矢先。


 「ねえ兄貴。わたしアレ食べたい」


服の裾を引きながら、火乃香がフードショップを指差した。その視線の先にはポップコーンのメニューボードが。


「せ、せんにひゃくえん……」


たかがコーラ2本とポップコーンだけで、我が家の1日分の食費を超えている。


 「あ、お金のことなら心配しないで。今日のためにヘソクリ貯めてたから」


冷たい汗を浮かべ言葉を濁す俺の心境を察したか、火乃香は得意気に胸を張って財布を取り出した。


 「このパーカーとスニーカー買ってもらったし、今日はわたしが奢ってあげる! 言っても元は兄貴から預かった生活費だけどね」


ペロと舌を出し、火乃香は悪戯っぽく微笑む。

 そのあまりの可愛さとに、雷が落ちるような衝撃を覚えた。


「じ、じゃあ今日は御言葉に甘えるとするか」

「うん! 任せて兄貴!」


嬉しそうに自分の胸を叩いて、火乃香は意気揚々とフードショップの列に並んだ。


 そうして念願のポップコーンを携え、俺達はほぼ一番乗りでシアターに入った。


 ソワソワしながら開演時間を待つ火乃香に反し、空席の目立つシアターに俺は違う意味で緊張を覚えていた……。



 ◇◇◇



 その映画は、コメディタッチの恋愛モノだった。


 閑静な住宅街にある小児科クリニックで事務長を務める主人公。そんな彼が新たに雇った美人すぎる事務員に浮足立ったり、隣の調剤薬局に勤める美人薬剤師とイチャコラしたり、お見合いをした女医に振り回されたり……。


 正直、『退屈』以外の言葉が見つからなかった。


 原作者は火野陽晴ヒノハルという齧歯類カピバラらしいが……才能の欠片も感じられない。

 これなら名前も知らない特撮ヒーロー映画を観ていた方が余程良い。


 火乃香もさぞ退屈しているだろう。


 そう思いチラリと隣の席を見遣みやれば、意外にも火乃香は食い入るみたくスクリーンを見つめていた。


 今度、俺のおススメ映画を教えてやろう……。



 ◇◇◇



 ――およそ90分後。山も谷も無い映画が漸くと終わりを迎えて、俺達は空の容器を手に席を立った。


「どうだった、映画」

「すっごい良かった!」


シアターを出てロビーに向かう廊下を進みながら、火乃香はキラキラと目を輝かせて声高に答える。


「そんな良かったか?」

「うん! 最後もハッピーエンドで終わったし!」


恍惚こうこつとした表情で御満悦な火乃香に、俺はそれ以上何も言えなかった。


「ところで、この後はどうする。まだ13時前だし、もう少し観光していくか?」

「え、うーん。どうしよ」


口元に手を当て天井を見上げながら、火乃香は眉根を寄せた……その直後。


 ――ドンッ!


トイレから飛び出してきた少年とぶつかり、二人は尻餅をついて倒れた。

 その拍子に、飲みかけのコーラが火乃香のパーカーへ掛かってしまう。

 

 「あ……っ」


純白のパーカーに広がった薄茶色の染みに、火乃香は放心するみたく一瞬だけ動きを止めてしまった。

 だけどすぐに前を向いて、火乃香は倒れる男の子の元へ駆け寄る。


「キミ、大丈夫? 怪我はない?」

「う、うん」

「よかった。でも走ったら危ないよ」

「うん……ゴメンナサイ」

「ううん。私もゴメンね。すこしボーッとしてた」


尻餅ついたまま謝る少年に、火乃香は前屈みに手を伸ばし立ち上がらせた。

 少年の体についたほこりを払ってやると、火乃香はにこりと優しく微笑み、シアターへ急ぐ少年を見送った。


「いやはや、偉いな火乃香。百点満点の対応だったじゃねーか。お義兄にいちゃんは鼻が高いぞ」


腕組みしながら俺は満足気に頷いてみせる。


 そんな俺を尻目に、火乃香は独り足早にゲートへと向かった。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


今回悠陽達が訪れた映画館は大小7つのシアターが3フロアに別れて設けられているの。一番大きなシアターは300席以上あるけれど、悠陽達が観た映画は100席足らずの一番小さなシアターよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る