第43話 【6月下旬】火乃香と機嫌とピーマン料理

  「――た、ただいまぁ~……」


恐る恐ると玄関のドアを開き、俺は自宅アパートに足を踏み入れた。

 だが部屋の中から返事が無い。

 明かりもついていないようだし、どうやら火乃香ほのかは居ないみたいだ。買い物にでも出ているのか。

 何はともあれ、締め出される心配は無いな。

 ほっと安堵あんどに胸を撫で下ろした、その直後。

 

 「お帰り。嘘つき兄貴」

「うおぅっ!」


突然に背後から声を掛けられ、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 バッと勢いよく振り返れば、火乃香が妬ましそうに俺をめ付けている。


「ほ、火乃香! どこ行ってたんだ?」

「買い物に決まってるでしょ!」


語気を荒げながら、火乃香はエコバッグを俺に押し付けた。見れば鮮やかな緑色が詰め込まれている。


 「もう今日のおかずは兄貴の嫌いなピーマンだけだから!」


「フンッ」と強く鼻を鳴らして、火乃香はズカズカと先に部屋へ上がった。やっぱり今日も俺の服を着て、学校指定の革靴ローファーを履いている。

 俺はキッチンにエコバッグを置いて、パーカーの袋を火乃香に差し出した。


「火乃香」

「なに。ピーマン料理は変えないから」

「これ」


突き出された袋と俺を交互に見遣りつつ、火乃香は訝し気に受け取って。


 「なに、これ」

「いいから。開けてみ」


何か言いたそうに唇を尖らせるも、火乃香は眉根を寄せて袋の中を覗いだ。


 「えっ⁈」


驚きに声を上げて、火乃香はあわただしく中身を取り出し目の前に広げる。


 「な、なにこのパーカー! どうしたのコレ!」

「買ってきた」

「な、なんで? どうして⁉︎」

「お前、今度の映画に着て行く服が無いって言ってただろ。だから買ってきた。このあいだの誕生日の御礼も兼ねて」

「そんなの別にいいのに……それじゃあ、今日はこれを買いに行ってくれてたから、映画に行かなかったってこと?」

「まあ、結果的に」


恥ずかしさと後ろめたさを誤魔化すよう視線を逸らし、ポリポリと指先で頬を掻く。


「もしかして、気に入らなかったか?」

「う……ううん! すっごい可愛い! こういうの前から欲しかった!」

「なら良かった」

「でもこれ、高価たかかったんじゃないの?」

「いや、そんなに」


嘘だ。寒風吹きすさぶ俺の懐にはかなりの痛手だ。店頭に並んでいただけあって、あの店では高価な方だったしな。

 けど、そんな事をわざわざ伝える必要は無い。


 火乃香が喜んでくれるなら、それでいい。


「普段小遣いらしい小遣いも渡せてないし、たまには兄貴らしいことせんとな」

「そんな……別にいいのに」

「そか。じゃあそのパーカーは俺が貰おう~っと」

「だ、ダメ!」


冗談交じりに手を伸ばせば、火乃香はパーカーを胸に抱き守るみたく背中を向けた。


「なら、受け取ってくれるか?」

「……うん!」


漸くと素直に頷けば、火乃香は服を広げニヤニヤと頬を緩める。

 気に入ってくれたみたいで、本当に良かった。


「しかし、やっぱり少しデカいか」

「そう? こういうデザインじゃん」

「ちょっと着てみてくれよ」

「え~、恥ずかしいよ~」


パーカーを胸に抱いたまま、火乃香はくねくねと体を左右によじった。

 「恥ずかしい」と言いながら口元にはニヤニヤと照れ笑いを浮かべ、満更でもない様子で火乃香は脱衣所へと向かった。


 「じゃーん! どう、兄貴!」


数分後。白いパーカーを纏った火乃香が、意気揚々と脱衣所から飛び出した。


 オーバーサイズデザインなので袖が長く、裾も太腿まで隠している。やはり大きめに見えるけど、似合っていることには間違いない。泉希にお墨付きをもらっただけはあるな。


 もっとも火乃香は素が可愛いし、モデルみたいにスラリとして手足も長いからな。何を着た所で似合うだろうけど。


「それよかお前、ちゃんと下履いてんのか?」

「ちょっ……どこ見てんの変態兄貴! ちゃんとショーパン履いてるし!」


チラとパーカーの裾を捲り、火乃香は黒いショートパンツを覗かせた。

 なんとなくスカートを捲られた気がして、聞いた俺の方が恥ずかしくなる。


「ていうかお前、いつもミニスカートとかショートパンツばっかだよな」

「うん」

「なんで」

「だってロンパンとかロンスカより安いし」

「にゃるほど」


てっきりその綺麗な生足を見せつけているのかと思った。男としては嬉しいけれど、兄貴としてはちょっと心配だ。


 「あのさ、兄貴」

「ん?」

「ありがとう。一生大事にするね!」


萌え袖気味に覗かせた指を口元に寄せ、火乃香は頬を桜色に染めて含羞はにかんだ。


 一体なんなんだ、この義妹いもうとは……いくらなんでも可愛いすぎるだろう!


「い……『一生』は言い過ぎだろ。まあ2年くらいは着てくれよな」

「ううん、ずっと大事にする!」


今朝の仏頂面がまるで嘘のように、火乃香は上機嫌に微笑んでいた。

 おかげで、その日の晩飯はピーマンの肉詰めから青椒肉絲チンジャオロースに変更してくれた。俺が唯一食えるピーマン料理だ。


 ちなみに、同じ日に購入した白いスニーカーは後日に渡した。

 予想以上にパーカーを喜んでくれたので、さらにスニーカーを渡すと水を差すような気がしたから。


 もちろんスニーカーも喜んでくれた。

 けど、それ以上に俺の財布事情を心配された。


 余談だが『どうして自分の靴のサイズを知っているのか』と聞かれ、俺が「革靴に書いてる」と言うと顔を真っ赤にして怒られた。

 

 おかげでその日のオカズは俺の大嫌いなピーマンの肉詰めだった。


 御年頃ってやつなのかな……よぉ分からんわ。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


この時の火乃香ちゃんのパーカー姿を、近況ノートに上げています! 皆はどのパーカーが好きかしら? 良ければ以下のリンクから覗いてみてね!


〈20240305投稿分の近況ノート〉

https://kakuyomu.jp/users/hino-haruto/news/16818093073148278115

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