第26話 【5月下旬】火乃香と携帯電話②

 業務を終えて店を閉め、従業員らが退勤したのを見送ってから間もなく。俺は数時間ぶりに携帯電話を起動した。

 真っ暗な画面に光が灯った直後。俺は形容し難い程の寒気に襲われた。

 なにせ、火乃香から大量のメッセージが届いていたのだから。


火:<あれ、さっき送ったやつ届いてない?>

火:<仕事忙しいのかな>

火:<晩御飯なにが良いか聞きたかったのに>

火:<---怒った顔のスタンプ--->

火:<さっきはごめん>

火:<仕事中なのに>

火:<忙しいよね>

火:<---謝っているスタンプ--->

火:<でも時間できたら教えてね>

火:<【既読】つかないの、故障じゃないよね>

火:<もう3時間くらい経つんだけど>

火:<電話もつながんない>

火:<なにこれ怖い>

火:<なんで何も言ってくれないの>

火:<兄貴なにかあった?>

火:<もしかして事故?>

火:<でも今まだ仕事中だよね>

火:<仕事中に事故とかないよね?>

火:<なんで>

火:<なにか言ってよ>

火:<わたし、何か怒らせた?>

火:<もしかして、さっきのメッセージ>

火:<ごめん、兄貴>

火:<本当ごめん>

火:<ごめんなさい・・・>


怒涛のメッセージ連投にも驚いたが、投稿の温度差にも肝が冷えた。

 俺はすぐさま事務所に戻り白衣を脱ぎ捨て、取るものも取らず家路を急いだ。



 ◇◇◇



 「――火乃香!」


息を切らして焦りを隠そうともせず、勢い任せに玄関を開けば、あろうことか部屋は真っ暗だった。

 まさか火乃香は居ないのか。嫌な予感がして携帯電話を取り出すも、リビングの奥から「シクシク」とすすり泣く声が聞こえてきた。

 薄闇の中に目を凝らせば、火乃香がベッドの上で膝を抱えていた。


「火乃香!」

「あ、兄貴……」

「なにしてんだお前、こんな真っ暗な部屋なかで」


恐る恐ると駆け寄れば、火乃香はせきが切れたようにわっと泣き出した。

 理由ワケの分からないまま俺も隣に座り、泣きじゃくる義妹いもうとの頭を撫でた。

 

「つーかお前、どうして泣いてんだよ」

「兄貴に……嫌われたかと思って」

「俺に?」


鼻を啜り涙を拭いながら頷く火乃香に、俺はいぶかしく眉をひそめた。


「どうして俺がお前を嫌うんだよ」

「だって、返事なかったから……わたしの事、鬱陶しくなったのかと思った」

「そんな訳ないだろが」

「じゃあどうして返事くれなかったの!」

「いや、だって仕事中なんだもんよ」

「昨日までちゃんと返事してくれてたじゃん!」

「それは……色々と大事な業務がだな」

「そんなの知らないし! てゆうか、そんなに仕事が大事なら仕事のこと義妹にすれば良いじゃん!」


大真面目に叫びながら、火乃香はまた「わんわん」と泣き出し俺の肩を叩いた。

 「なにを訳の分からない事を」と嘆息吐きつつ、俺は火乃香の小さな肩をそっと抱き寄せる。

 

「バカ言ってんなよ。俺の可愛い義妹は、世界中で朝日向あさひな火乃香ただ一人だ」

「……でも、仕事が大事なんでしょ」

「そりゃあ仕事は大事だよ。仕事しないと金を稼げないし、金が無いと飯も食えない。それに一応俺は店長だしな」

「…… やっぱり」

「でも火乃香か仕事って言われたら、火乃香おまえの方が何十倍も大事だぞ?」


頭を撫でて微笑みかけると、火乃香は驚いた様子で俺を見上げた。けれどすぐにまたムスッと顔を伏せて不貞腐れてしまう。


 「……フン。どうせ嘘なんでしょ。知ってるし」

「嘘じゃないって」

「じゃあ、なんで返事くれなかったの」

「そりゃあ、お前が大切だからだよ」

「なにそれ。意味わかんないんだけど。大切なら、なおさら返信するし!」

「そうじゃないって。お前の事が大切だから、仕事を頑張るんだよ。俺だって本当は返事したいけど、俺が仕事を頑張れば、その分お前に美味い物を食わせたり携帯電話を買ったり出来るだろ?」


ニッ、と笑いかければ、火乃香は「むぅ」と唇尖らせ涙目で睨んだ。


「そもそもメッセージなんか送らなくたって、俺はいつだってお前の事を考えてるし、お前の事を大切に想ってるから」

「……ほんとに?」

「本当ホント」

「じゃあ、もう怒ってない?」

「じゃあも何も、最初から怒ってないって」

「ちゃんと帰ってくる?」

「当たり前だろ」

「わたしのこと、嫌ってない?」

「逆にどうすれば嫌いになれるか、教えてほしいくらいだ」


呆れた風に肩を竦めれば、火乃香は飛びかかるように抱きついた。

 そんな彼女の背を撫で叩くと、止まったはずの嗚咽がまた漏れ出した。


「つーかお前、そんなことで泣いてたのか」

「う、うるさい! バカ兄貴!」


泣き顔を一層と赤く染め上げ、火乃香は回した手で俺の背中をバシバシと叩いた。かと思えば俺の胸板に顔を押し当てる。


 「わたしだって分かんないし。人に嫌われたり、厭がられることなんて今まで何度もあった。だけど全然平気だった。わたしの事なんて誰がどう思ってようと、どうでも良かった。

 でも兄貴に嫌われたって思ったら……兄貴のこと怒らせたって考えたら……すごく苦しくて、気付いたら涙が出てた」

「大丈夫だって。ちょっと腹立てたり喧嘩したくらいじゃ、お前の後見人をやめたりはしないから」

「……そういうことじゃない」


俺の胸に顔を押しつけたまま、火乃香は左右に首を振った。


 「兄貴に嫌われたらまた独りになるとか、他に頼れる人が居ないとか、そんなの関係ない。ただ兄貴に嫌われるのが怖くて……兄貴に見捨てられるかもって考えたら、すごくツラくなった」

「どうして」

「……わ、分かんないって言ってるじゃん! 兄貴のバカ! バカ兄貴!」


悪態を吐きながら、火乃香なおも強く俺を抱きしめ放そうとしない。

 俺はただ彼女の感情のけ口となるよう、抵抗もせず、されるがままだった。


 だけど何故だろう。


 ほんの少しだけ、嬉しいと感じたのは。




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今更だけど火乃香ちゃんは感情的になって泣いているシーンが多いわね。タイトルの『クールな義妹』は何処に行ったのかしら。いっそのことタイトルを変えてしまおうかしら……。

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