第25話 【5月下旬】火乃香と携帯電話①
「――こ、これがわたしの……」
ゴクリと固唾を飲み込み、
光沢眩しいそれを手に、火乃香は電源も入れる前からニコニコと微笑んで。
◇◇◇
ある日の日曜日。俺は火乃香と二人で、最寄りの携帯ショップへと赴いた。目的はもちろん、火乃香の携帯電話を契約するためだ。
店の中を見回しソワソワと落ち着かない火乃香に代わり、俺は契約プランについて話を進めた。
とは言ったものの俺も良く分からなかったので、とりあえず一番安くなるプランをお願いした。
単純に月額料金が倍になるかと思いきや、今の俺の基本料金にちょっと上乗せする程度らしい。
詳しい理由はよく判らないが、どうやら火乃香が最新機種ではなく俺と同じモデルを選んだことが関係しているらしい。何故そうなるのかは疑問だけど、安いに越したことはない。
「大事に使えよ」
「うん!」
まるで限定発売の人気商品を手にしたみたく、火乃香は携帯電話を胸に抱き締め家路を急いだ。
そうして家に着くや否や、火乃香は真っ先に携帯電話を開封した次第だ。
「ねえ、兄貴」
「んー」
「兄貴の番号、教えてよ」
「お、そうだな」
生まれて初めて手にした携帯電話にまだ操作が
「ついでに【
「あ、それ知ってる。お金が掛からずにメッセージとか写真送れるヤツだよね」
「そうそう」
「どうやって使うの?」
「ほれ、このアプリをタップしてだな――」
肩を寄せ合い小さな画面を覗き込み、俺は火乃香に使い方を教えた。
かく言う俺も機能やアプリについて詳しい訳ではないし、使いこなせている訳でもない。そんな俺の拙い説明でも火乃香はすぐに使い方を理解し、1時間後には文章を送れるまでに至った。
火:<こんにちわ>
悠:<こんにちは>
火:<けーたい、ありがとう>
悠:<どういたしまして>
火:<大事にする>
悠:<変なサイト見たりするなよ>
火:<そんなの見ないし>
悠:<ほんとかぁ~?>
火:<本当だつて>
すぐ目の前に居るというのに、他愛もないメッセージを遣り取りし、俺達はクスクスと笑い合った。
俺も初めて携帯電話を買ってもらった時は、嬉しくて友達とメッセージを送り合っていたっけ。若返ったようで楽しいけど、明日も仕事がある。俺は早々と切り上げて寝る準備を始めた。
「キリの良い所でお前も寝ろよ」
「はーい」
そう言いながら火乃香は布団の中で携帯電話を触っていた。普段なら「寝なさい」と注意するところだが、今日だけは文字通り目を
◇◇◇
【携帯電話購入2日目/月曜日】
火:<今日の晩ごはん、何がいい>
薬局の仕事中に通知音が鳴ったので、何かと思い携帯電話を開けば火乃香からだった。少しだけ迷ったが、幸いと今は患者様も居ない。俺は画面に指を這わせ<何でも良いよ>と返信した。
火:<それ一番こまる>
悠:<じゃあ鍋>
火:<えー、また鍋>
悠:<良いじゃん。作るの簡単だし>
火:<うーん、キャッカ。今日はグラタンにする>
悠:<いや聞いた意味(T ^ T)>
火:<(*^^*)>
悠:<---芸人が笑っているスタンプ--->
学生時代に女子とチャットしていたのを思い出して、なんとなく胸の奥がこそばゆい感じになった。その感情がつい顔に表れていたのか、
◇◇◇
【携帯電話購入3日目/火曜日】
火:<いま仕事ちゅう?>
悠:<一応>
火:<じゃあ後にする>
悠:<休診時間だからいいよ。どうかしたか>
火:<帰りにポン酢かって来てほしい>
悠:<りょ>
火:<りょ?>
悠:<了解って意味>
火:<そうなんだ。りょっ(^^♪>
こんな可愛いメッセージを送っているのが俺の義妹だと考えると、愛くるしさに悶絶してしまう。耐えきれず受付カウンターで突っ伏していると、今日もまた泉希に白い目で睨まれた。
◇◇◇
【携帯電話購入4日目/水曜日】
火:<ねえねえ、兄貴>
悠:<どうした>
火:<さっき買い物行ったら可愛い猫見つけた!〉
悠:<それは良かったな>
火:<写真撮った。でも送り方わかんない>
悠:<帰ったら見せてもらうよ>
火:<いま見てほしい>
悠:<うーん、じゃあ送ってくれ>
火:<---喜んでいる顔の絵文字--->
◇◇◇
【携帯電話購入5日目/木曜日】
火:<兄貴、今日は早く帰ってくる日だよね>
悠:<そうだな。午前終わりだから>
火:<じゃあ買い物付き合ってほしいかも>
悠:<ああ、いいぞ>
火:<やった。重い物沢山買おーっと>
悠:<必要な分だけで良いだろ>
火:<---とぼけた顔のスタンプ--->
悠:<とりあえず後でな>
火:<はーい ---不貞腐れた顔の絵文字--->
◇◇◇
【携帯電話購入6日目/金曜日】
火:<兄貴、今日は何時に帰ってくる?>
悠:<んー、たぶんいつも通り>
火:<そっか。今日の晩御飯なにがいい?>
「ちょっと
火乃香への返信を送ろうした瞬間、泉希が険しい様相で俺を呼んだ。
「どうした、泉希」
「『どうした』じゃないわよ。貴方最近、仕事中に携帯電話を触り過ぎじゃない?」
「ああ、悪い。けど火乃香がメッセージ送ってくるからさ」
「緊急の用事なの?」
「いや別に」
「なら仕事終わりでも良いでしょう。患者様だって良い気はしない
溜め息混じりに眉根を寄せる泉希に言われ、今週の自分を振り返る。言われてみれば確かに携帯電話を見ている時間が多かったかもしれない。俺はアプリを閉じて電源を落とした。
「悪かったな、泉希」
「別に私に謝ることじゃないけど……私がメッセージ送っても、そんなに早く返してくれないクセに」
「なんか言った?」
「なにも言ってないわよ!」
プンスカと
そうして19時30分を過ぎた頃。ようやくと業務を終えて店を閉め、従業員らの退勤を見送った後、俺は携帯電話を起動した。
黒い画面に数時間ぶりの光が灯った、その瞬間。
言い様の無い寒気が、俺の全身を覆った。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
以前にも言ったけれど、このお話に出てくる『携帯電話』はスマートフォンのことだと思ってね。もちろんガラケーでも大丈夫よ! 皆さんの思い思いの『携帯電話』を思い浮かべてね。
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