第24話 【5月下旬】火乃香と甘えん坊の風邪っぴき②
最初は『美味い』と絶賛していたのに、お代わりを出すと無言で差し返された。
一体何が気に喰わなかったというのか。俺は頭の上に『?』マークを浮かべて眉根を寄せた。
「食べさせて」
そんな俺の疑念に応えるよう、火乃香はズイと茶碗を突き出した。
唐突な申し出に俺は「へっ?」と間の抜けた声を漏らした。ポカンと呆気に取られる俺に、火乃香は無理矢理と茶碗を持たせる。
「食べさせて」
もう一度同じ口調で、火乃香は「あーん」と小さな口を開けた。心臓がドキリと波を打ち、顔はみるみると紅潮する。
「な……なに子供みたいなこと言ってんだ。自分で食べなさいっ!」
「えー、ダメ?」
「当たり前だろ!」
「いいじゃん、ちょっとくらい。お願い、兄貴」
上目遣いに小首を傾げ、火乃香は両手を合わせた。愛苦しいその仕草に、今度は矢で射抜かれたような衝撃が走る。
まだ『兄貴』と呼ばれ慣れていないのに、そんなお願いをされて断れるお兄ちゃんが居るだろうか。少なくとも俺は無理だ。
「……今日だけだぞ」
「うん! ありがとう兄貴!」
わざとらしく低い声で誤魔化す俺に対し、火乃香は嬉々として
同時に放たれた二射目の『兄貴』。甘い痺れが俺の全身を駆け巡る。
丸く小さな口の中に見える薄紅色の舌と白い歯。その姿がどうにも
「――ふうっ! お腹いっぱい!」
細い腹を擦りながら、火乃香は満足気に笑った。そんな義妹とは裏腹に、俺は欲情を消し去るべく延々と素数を数えて。
「また作ってね、兄貴」
ニッと歯を見せ今度は悪戯っぽく微笑んだ。第三の『兄貴』矢が、またも俺の心臓を撃ち抜く。
気を抜けば倒れてしまう程の衝撃。俺は
「
「ふーん。じゃあまた風邪ひこーっと」
「バカ野郎っ」
ペシンと軽く頭を叩けば、火乃香は「いたーい」と延びした声で頭頂部をさすり頬を膨らませた。いくらなんでも可愛いが過ぎる。
「くっ……!」
膨らんだ白い頬を突いてやりたい衝動を押し殺し、俺は一心不乱に食器を洗った。
それでもまだ火乃香を突っつきたい欲望が湧き上がってくるので、俺は逃げるように風呂場へ駆け込み大掃除を始めた。
◇◇◇
「――ふぁ~あ……」
掃除を始めてから暫く。ベッドの方から可愛いらしい欠伸が聞こえた。見れば火乃香がショボショボと
ふと窓の外を見れば、すでに陽が落ちかけていた。沸き上がる欲情がなかなか消えてくれず、無我夢中で掃除をしていたから気付かなかった。
「眠いのか、火乃香」
「うん……ちょっとだけ」
「じゃあもう寝ろ」
「兄貴は? まだ御飯食べてなくない」
「俺の事は気にしなくていいから」
布団を掛け直してやると、火乃香は「ありがとう」と恥ずかしげに微笑んだ。
直後、消えかけていた欲情が再び首を
理性という名の防護壁をあっさり擦り抜け、俺の中の衝動は火乃香の白い頬に手を伸ばした。
だが僅かに残った精神力で、俺は欲望の右手を火乃香の頬ではなく頭に向ける。
黒く
「それ、もっとして」
嫌がられるかと思いきや、火乃香は満更でもない様子で頬を桜色に染めた。
やはり『NO』などと言えるわけもなく、俺は髪を
数分もすれば火乃香の瞼がトロンと垂れ落ちて、スヤスヤと可愛いらしい寝息が聞こえてきた。
髪を撫でる手を止め、音を立てないよう立ち上がる。けれどその瞬間、火乃香の目がハッと開かれ勢いよく俺の服を掴んだ。
「どこ行くの、兄貴」
「どこって……別にどこも行かないけど」
「じゃあ、ここに居て」
寝惚け
「ふむ」と小さく息を吐いて再びベッドの隣に腰を降ろすと、火乃香はようやくと掴んだ服を放してくれた。
「さっきのやつ、続きして」
「はいはい」
言われるがまま俺は火乃香の頭に手を伸ばし、先程と同じように髪を撫でる。
火乃香はすぐにまた寝息を立てた。今度は簡単に起きそうにない。
だけど、俺は撫でる手を止めなかった。
今日の火乃香は、明らかにいつもと様子が違う。体調を崩したことで心細くなったのだろうか。
火乃香のオフクロさんは
真っ暗な夜に、目を覚ましたら親が居ない。
幼い子供にとって、それはさぞかし不安な出来事だったろう。
トラウマになったとしてもおかしくない。だから火乃香も、あんな風に甘えていたのだろうか。
「俺はずっと、お前の傍に居るからな……火乃香」
俺と火乃香の夜は、静かに
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余談だけど、次の日には熱も下がって火乃香ちゃんはすっかり元気になったみたい。悠陽はそのままベッドに突っ伏すよう寝ていたらしいわ。朝起きた時には肩にブランケットが掛けられていたんだって。因みに火乃香ちゃんは昨日のことを「何も覚えてない」と言ったらしいけど……本当の所はどうなのかしらね。
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