第27話 【6月上旬】火乃香と進路と学校と①

 「――ねえ、兄貴」

「んー。なんだー、火乃香」

「お昼御飯って、普段どうしてるの」

「昼メシ?」


平日の朝。火乃香ほのか特製のブレックファーストを食べる俺に、火乃香が唐突と尋ねた。


「昼メシは、普通にカップ麺とかだな」

「そんなんで足りる?」

「まあ、それなりに」

「でも毎日カップ麺じゃ、栄養偏るでしょ」

「それはそうだけど、スーパーやコンビニの惣菜は高価いし作るのも面倒だからな。それがどうかしたか?」

「……別に」


自分から話し掛けておいて、火乃香はプイと視線を逸らしトーストを齧った。


「じゃ、行って来ます」

「ん……行ってらっしゃい」


虫の居所が悪いのかと思いきや、出勤する俺を玄関まで見送ってくれた。

 相変わらず顔は背けていたけれど。

 そうして良く分からないまま俺は薬局しょくばへ赴き、目立ったトラブルもなく午前の業務を終えて、休憩前のレジ集計していた。その矢先のことだった。


 「……こんにちは」


店の自動ドアが開かれて、私服姿の義妹が現れた。正確には私服ではない。火乃香が着ているのは俺のトレーナーだ。

 スレンダーな体に男物の服だから、チュニックかショートワンピースみたくなって白く健康的な太腿があらわになっている。火乃香が着ているせいか、そういうオシャレにも見えなくない。


薬局みせに来るなんて珍しいな火乃香。薬でも買いに来たのか?」

「違う。買い物ついでに、これ持って来た」


ブカブカの袖口から指先だけ出して、火乃香は小さな手提げ袋を差し出した。何かと思い中を覗けば、見慣れない弁当箱と水筒が入っている。


「これ……火乃香おまえが?」

「毎日カップ麺ばっかじゃ、お金も掛かるし……せ、節約しないとだから」

「マジか、ありがとう! 作るの大変だったろ!」

「別に……ずっと家に居るんだし、これくらい何でもないから」

「そうか? でも火乃香の作る飯は美味いからな。嬉しいよ!」


火乃香の頭を撫でてやると、モジモジと手遊びして頬を赤らめた。まんざらでもない様子だが、もしかすると今朝はこの事を考えていたのか。

 サプライズに昼飯の弁当を作ってくれるなんて、なんと可愛い義妹か。


 「じゃあ、わたし帰るから」

「おう。気を付けてな。弁当ありがとう」


本当に弁当を届けに来てくれただけなのだろう。踵を返し店を出ようとする火乃香に手を振った、その直後。


 「ちょっと待って!」


店の奥にある調剤室から、泉希が火乃香を呼び止めた。何事かと思って振り返ると、真剣な様子で駆け寄ってきた。


 「こんにちは。久しぶりね。火乃香ちゃん……て呼んで良いのかしら」

「……こんにちは」


微笑み浮かべる泉希に、火乃香は警戒心満載で俺の影に少しだけ身を隠した。『火』だから『水』は苦手なのかな。


 「今、少しだけ時間良いかしら?」

「……はい」

「ありがとう。立ち話もなんだし、ここに座って」


待合室のベンチに誘導され、訝し気に眉根を寄せながらながらも火乃香は腰を降ろした。泉希も正面に座り、流れに従い俺も火乃香の隣に腰かける。


 「前置きが長いのは苦手だから、単刀直入に聞くわね。火乃香ちゃんは転校をするつもりなの?」

「て、転校?」


無表情な火乃香に変わって俺が驚きを示せば、泉希は俺を見つめてコクリと頷いた。


「転校って、どういうことだよ泉希」

「火乃香ちゃんはA市に住んでいたんでしょ。なら高校もA市に近いはずよね」

「そうなのか、火乃香」

「うん。高校もA市だから」

「なら、ここから高校に通うのは現実的じゃないでしょう」

「そういえば……そうだな」

「火乃香ちゃんは、どう考えてるの?」


呆気に取られる俺を尻目に、泉希は真っ直ぐに火乃香を見つめた。

 思えば学校の話は殆どしていなかった。後見人の申請や遺産整理、御両親のお墓に新しい生活と……色んな事が在り過ぎて失念していた。

 それに加えて、火乃香が家に居てくれているのが当たり前みたくなっていた。

 火乃香の保護者になったはずなのに、そんな大事なことを失念していたなんて……自分が恥ずかしい。俺自身、大学を中退して辛酸しんさんを舐める想いをしたというのに。


 「火乃香ちゃんはまだ若いんだし、学校は将来にも大きく関わる事だしね。だから進路の事はキチンと考えた方が良いと――」

「辞めます」


泉希が言い終わるより先に、まるで泉希の言葉を遮るかのように。火乃香は俺の方を見つめ淡々と言葉を繋げた。


 「学校は、辞めるつもりです」




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局というのは、一般的に『待合室』『受付』『調剤室』で構成されているの。『待合室』は患者様が薬の順番をお待ちになられるスペースで、『受付』は事務員が処方箋を受け取ったりお会計をする場所。『調剤室』はお薬を作る部屋ね。私は普段『調剤室』で、悠陽は『受付』に居るの。

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