第28話 【6月上旬】火乃香と進路と学校と②
「――学校は、辞めるつもりです」
昼飯に弁当を作って届けてくれた
「辞めるつもりって……本当に?」
焦りの色を浮かべ驚く
「わたしも色々考えました。けど、やっぱり辞めるのが一番いいと思います」
「どうして?」
「ここからだと学校まで片道2時間以上はかかります。
「なら、この辺りの学校へ転校するのは?」
「それにしたって、学費や交通費は掛かります」
「
「うぐっ!」
『貧乏暮らし』という言葉に、グサリと胸が痛んだ。貧乏は事実なので否定のしようも無いのだが……改めて言われると情けないやら悲しいやら。
「わたしが転がり込んだせいで、ただでさえ生活は苦しくなったのに……これ以上義兄に迷惑は掛けられません」
「そうね。確かに
腕組みしながら「うんうん」と泉希は頷いた。お前まで便乗して、傷ついた俺の心は誰がケアしてくれるんだコノヤロー。
「だけど安心して火乃香ちゃん。県内の公立高校なら助成金が出るの」
「そう、なん……ですか」
「ええ。もちろん家庭環境や世帯年収に寄るけど、たぶん大丈夫だと思う」
「へー、詳しいな泉希」
「私も火乃香ちゃんと同じ母子家庭だったからね。当時は私も進学の事で悩んでて、担任の先生が色々と教えてくれたから」
「にゃるほど」
「だから学費のことは心配しないで良いのよ。それにね、火乃香ちゃん。学校の――将来のことは、もっとちゃんと考えた方が良いと思うの」
火乃香を気遣っているのか、普段よりも優しい口調で泉希は語り掛けた。けれど俺の
それでも泉希は諦めることなく、なおも火乃香に語り掛ける。
「もちろん
真摯な声と眼差しに、俺も火乃香も返す言葉が見つからず視線を伏せた。
少なくとも俺は何も言葉が出てこなかった。口調は優しく温和だが、泉希の言葉にはそれだけの重みと現実味があったから。
それは火乃香にも伝わったのだろう、塞いでいた口が静かに開かれる。
「水城先生の言う事は分かります。たぶん正しいと思うし。実際わたしも同じ意見だから」
「なら、やっぱり高校は行くべきじゃないかしら」
「それは……けど――」
「火乃香」
言葉を断ち切る様に、俺は彼女の名を呼んだ。火乃香は訝し気な表情でチラリと俺を横目に見遣る。
「俺も、お前には学校へ行って欲しい」
「兄貴……」
眉尻下げる火乃香の頭を撫でると、義妹はそのまま力無く顔を伏せた。そんな彼女の顔を覗き込むよう、俺はその場にしゃがみ込む。
「お前もさっき言ったように、俺は大学を辞めてる。それも三浪して入った大学を。親父やオフクロを言い訳にしてるけど、その気になりゃ奨学金なり何なりで続ける事は出来た。だけど俺はそれを選ばずに楽な道を選んじまった。おかげで従業員は泉希以外全員辞めちまって、今でも苦労の連続だ」
「……そうなの?」
「ああ。もう何度後悔したかも分からない。今だって時々夢に見るよ。若い頃は未来が眩しすぎるから、5年後や10年後の事なんて意識し難いんだよな。だからこそ泉希の言う通り、俺も選択肢を広げておくべきだと思う」
まるで幼い子供へ言い聞かせるようにするも、火乃香はぐっと固く唇を結んで眉尻を下げたまま微動だにしない。そんな彼女の肩へ、俺はそっと静かに手を置いた。
「けどな火乃香。それでもお前が『学校に行きたくない』って言うのなら、それでも良いと俺は思う」
「……え?」
瞬間、火乃香は驚いた様子で頭を上げた。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
私達の住んでいる県では、世帯収入や就学児童の置かれている状況によって授業料が全額免除される給付制度があるの。定時制に通う勤労学生だったり、児童福祉施設に入所している子だったり、世帯年収が基準に達していなかったり。朝日向家はばっちりこれに該当しているわ!
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