第39話 【6月下旬】火乃香と泉希と映画のチケット④

 「――ありがとうございましたー」


笑顔の素敵な店員さんから紙袋を受け取るや、俺は早々と踵を返した。ティーン向けのレディースアパレルにアラサーの男一人では生きた心地がしない。

  

 出来るだけ身を小さく、女性客らの間を縫うよう店の外に出る。

 ふと振り返れば、今しがた購入した物と同じ白いパーカーが、堂々と店頭を彩っている。自分が購入した直後に同じ商品を見ると、どことなく輝いて見えるのは俺だけだろうか。


「お待たせ、泉希みずき


表の通路で待っていた泉希に声を掛けると、携帯電話を仕舞い壁から背を離した。


 今からおよそ1時間前。この店でパーカーを見つけた後、俺と泉希と一緒にひと通りモール内を見て回った。

 レディースを扱う店は多かったけれど、俺の予算で買える商品は限られていた。

 それでも何点か候補に上がったのだが、結局また此処ここに戻り先の白いパーカーを購入した次第だ。


 時間は掛かったけど、おかげで納得いく品を買うことが出来た。


 プレゼント用にラッピングを施してもらったし、泉希のお墨付きも貰った。火乃香ほのかもきっと喜んでくれることだろう。


 ただ一つ問題があるとすれば、値段だ。中高生向けのアパレルにも関わらず思った以上に高価で、3000円近く財布から飛んでいった。


 の予算に足りるだろうか……。


 不安と焦燥に心を揺らしながら、俺は再び泉希と並んでモール内を練り歩く。

 

「悪いな泉希。散々連れ回して」

「いいわよ別に。私も結構楽しんでるし」

「そう言ってくれると助かるよ。ありがと」

「どーいたしまして。ところで、この後は何か予定とかあるの?」

「んー、予定というか実は――」


言いながら俺は斜め掛けのワンショルダーバッグに手を触れた。だが直後、ピタリと動きを止める。


 目の前に、もう一つの目的地よていが現れたからだ。


 そこは全国的にも有名なシューズショップ。その店頭にある白いスニーカーを、じっと凝視する。


 「なーに。靴が欲しいの?」

「ああ。火乃香のヤツ、靴もボロボロでさ。いつも学校の革靴ローファー履いてんだよ」


スニーカーから視線を離さず、俺は「ちょっと寄っていいか」と泉希に断りを入れて店へ向かった。

 狙い定めた白いスニーカーを手に取り、様々な角度から鑑定する。さっき買ったパーカーと合いそうな、シンプルで可愛いらしいデザインだ。


「でも……3500円か」


ポップに記載されている価格を見て、俺は苦虫を嚙み潰したよう眉間に皺を寄せた。3割引きでもこの値段とは。


「どうしたの」

「いや。さっきのパーカーを買って、ちょっと予算オーバーなんだよ」

「予算ってどのくらい?」

「靴と服、合わせて5千円」

「ならオーバーって言っても1500円程度じゃない。そのくらいの金額、どうにか捻出ねんしゅつできないの?」

「うーん……」


唇尖らせあからさまに言葉を濁すと、泉希は不可解といった様子で首を傾げた。


「実は今度の日曜日、火乃香と映画を観に行く予定なんだよ。こないだおろしさんから貰ったヤツ。俺は当日券を買う予定だから、今はあんまり出費したくないんだよな」

「……ああ、そういうこと」


どこか気落ちしたように言うと、泉希は浅い溜め息と共に肩を落とした。


 「あの映画、繁華街にある映画館でしか上映してないものね。大方おおかた、火乃香ちゃんが『綺麗な服持ってないから制服で行く』とか言い出したんでしょ」

「……俺んに盗聴器でも仕掛けてんの?」

「そんな訳ないでしょ。ただ、私も学生の頃に似たような経験したから」


どこか遠い眼で、泉希は俺の手にある白いスニーカーを見やった。

 そういえば泉希も火乃香と一緒で、子供の頃から母子家庭だったうえに、オフクロさんも学生の頃に亡くしたんだっけ。


 それを考えると、心なしかスニーカーを見つめる泉希の横顔が寂しげに見えた。


 かと思えば次の瞬間。何を思ったか泉希はおもむろに自分の財布を取り出す。


 「んっ!」


つっけんどんに何かを突き出した。見ればそれは、卸会社おろしがいしゃから貰った特別招待券。

 意味が分からず泉希とチケットを交互に見遣れば、彼女は殊更ことさらチケットを俺の胸へと押し付けた。


 「あげる」

「えっ?」

「私が貰った分の映画チケット、貴方にあげるって言ってるの!」

「な、なんで?」

「これで貴方のチケット代を浮かせれば、その分を靴代にてられるでしょ」


どこか不満げな言い様で、泉希は白いスニーカーをクイと顎で指した。


「良い……のか?」


顔を逸らし視線を合わせないまま、泉希はコクリと頷いて応える。


 「私、どうせ映画とかあまり観ないし」

「でも、これがってる映画館を調べたんだろ? さっきも『ここじゃ演ってない』って言ってたし」

「それは……ああもう、いいから受け取りなさい! 要らないなら捨てるわよ!」

「ああー! そんな勿体もったいない!」


チケットを引き破ろうとする泉希から、俺は慌ててそれを引っ手繰った。

 チケットの無事を確認しほっと胸を撫で下ろす俺に反し、泉希はどこか寂しそうに背中を向けた。


「……ごめん。ありがとう、泉希」

「……謝らないでよ」


背中越しに気丈な声が響く。だけどその肩は心の内を表すかのように力無く落ちて。

 そんな彼女の姿が心苦しくて、俺はワンショルダーのバッグを開いた。


「あのさ、泉希」

「……なに」

「これ、貰ってくれないか」


ジトリと横目で振り返る泉希に、俺は恐る恐るとバッグからを取り出した。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


以前にも何度か話したかもしれないけれど、私と火乃香ちゃんは境遇が似ているの。だから放っておけない反面、どこか昔の自分を見ているようでモヤモヤするのよね。本当はあの映画、悠陽を誘うつもりだったんだけどね……。

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