第38話 【6月下旬】火乃香と泉希と映画のチケット③

 「――むっす〜」

「……いい加減、機嫌なおしてくれよ」


シオンモールにあるフードコートの片隅で、不貞腐れながらアイス珈琲とドーナツをむさぼ泉希みずきに、俺は恐る恐ると伺い立てる。


 俺が火乃香ほのかの服を買うために誘ったと分かってから、泉希は明らかに機嫌を崩してしまった。さきに事情を説明しておくべきだったか。


「だからってそんなに怒るなよ。体に悪いぞ」

「別に怒ってなんかないわよ!」


ぶっきら棒に言いながら、泉希は一層と眉尻を吊り上げドーナツをかじった。


 それにしても……怒り方や感情の表し方が、どことなく火乃香と似てる気がする。今朝にも同じような遣り取りをしてきたばかりだから、そう思うだけなのかな。


「ゴメンな、泉希」


言いながら俺は泉希の頭をポンと撫でた。振舞いが火乃香に似ていたせいか、思わず普段家でしているみたく頭を撫でてしまった。

 瞬間。泉希はドーナツを自棄食いする手を止め、驚いた顔で俺を凝視した。

 俺もハッと我に返り、慌てて手を引っ込める。


「ご、ごめん!」

「う、ううん。別に……大丈夫」


二人同時に顔を赤らめ、俺達は顔を伏せた。

 火照った体を冷やすかのように、俺はペットボトルのコーラを飲んだ。

 それを模倣するよう、泉希もアイス珈琲をコクリと口に含む。カフェインの効果で落ち着いたのか、頬の赤みが少しだけ引いた。


 「ね……ねえ」

「な……なんだ」

「ひとつ、聞いていい?」

「い、いいよ」

「どうして火乃香ちゃんの服を貴方が買うの。もしかして彼女も誕生日とか?」

「いや、そうじゃないけど……」


言葉を詰まらせながら俺はまたコーラを飲んだ。

 泉希がドーナツを買っている間に、すぐ傍にある自販機で買った。コート内の店で買うと高価いからな。本音を言えば併設されているスーパーの方が安いけど、そんな事を言える空気じゃなかった。


「アイツ、ちゃんとした服は学校の制服しか持ってないみたいでさ。普段着にしてる服もリサイクルショップや100均で買ったモンばっかで。以前まえに薬局へ弁当を持って来てくれた時も、俺の服着てたし」

「そういうことね。どおりでサイズが合ってないと思ったわ」


浅い嘆息混じりに言いながら、泉希はまたチビリとドーナツを齧った。


 「けど、そういうことなら尚のこと私じゃなくてあの子と来ればいいじゃない」

「んー、それが出来ればなぁ……」


濁した言葉をコーラの炭酸で流し飲み込むと、泉希はまた首を傾げた。


「俺が何か『買ってやる』っていうと、アイツ絶対に遠慮するんだよ。前より距離は近くなったけど、やっぱりまだ思う所があるのかな。『あれ欲しい』『これ欲しい』は殆ど言わないんだ」


言いながら俺は泉希のドーナツを見た。火乃香と二人でこのシオンモールに来た時、あいつにドーナツを買ってやって以来かな。


「かといって若い女の子が喜ぶような服とか俺には分からんから、泉希にアドバイスを欲しかったんだけど……悪かったな。ちゃんと事情も説明せずに誘っちまって」


痒くもない頭を掻きながら微苦笑を浮かべると、泉希は「ふむ」と嘆息を吐いて残るドーナツを珈琲で勢いよく流し込んだ。


「泉希?」

「なにしてるの。早く行くわよ、!」


空の皿とカップを載せたトレイ片手に、泉希は威勢よく立ち上がる。

 そんな彼女に導かれるよう、俺もコーラにフタをして急ぎ席を立った。


「しかし泉希おまえに『おにいちゃん』って言われると、なんかくすぐったいな」

「う、うるさいっ」


ペシンと軽く俺の肩を叩いて、泉希はトレイを返却口に戻した。


 賽の目が代わったみたくコロリと機嫌を良くした泉希と共に、俺達は再び専門店街を見て回る。

 レディースの取り扱い店は数が多い。それなりに回ったつもりだったが、まだ覗いてすらいない店が沢山残っていた。


 「あそこなんてどうかしら」


専門店街の2階。泉希が指差したのは中高生に人気なアパレルショップ。

 ファストファッションやノーブランドを中心に取り揃えているようで、価格の安さには目を見張る物があった。

 

「おお、これ良いな」


そんな中で俺が惹かれたのは、雪のように真っ白なパーカー。店頭に並ぶそれを一つ手に取り目の前で広げてみる。


「うーん……でも火乃香には少しデカいかな」

「そう? 私も良いと思うけど」


しかめっ面の俺に泉希が言葉を重ねた。俺が広げたパーカーに手を触れ、上下左右に回して見る。


 「無地だしパーカーだから着合わせし易いわね。オーバーサイズのデザインだから単体でもワンピースっぽく着れて良いと思う」

「けどもう夏だぞ。暑くないか」

「そこまで厚手の生地でもないし大丈夫でしょ」

「にゃるほど」


表に裏にパーカーを返して、穴が空く程しげしげと見つめる。ほつれや汚れが無い事を確認して、俺はパーカーをラックに戻した。


「買わないの?」

「他の店も見たいから。もっと火乃香に似合う服があるかもしれん。取り敢えず専門店は全部見て回りたいんだけど、いいかな?」

「私は構わないけど、そこまで行くともうって言うより……」

「言うより?」


小首傾げて尋ね返せば、泉希はモゴモゴと言いつぐみながら俺を睨み上げた。


 「……ただのシスコンよ」


何故か恨めしそうな声と視線で、泉希は「フン」とつっけんどんに鼻を鳴らし、一人先に通路を進んでいった。

 そんな彼女の背中を、俺も慌てて追いかける。


 それにしても、まさかこの俺がシスコンだなんて……夢にも思わなんだ。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


私と同じく悠陽がシスコンだと思う方は是非コメントで教えてね♪ 勿論そうは思わないよって方も、是非気軽にコメントしてね!


ところで先日は猫の日らしいので、猫と一緒にいる火乃香ちゃんの画像を近況ノートにアップしています。良ければ以下のリンクから覗いてみてね♪ 

サポーター限定のノートも投稿したりしてなかったり……よ、良ければそちらも覗いてみてね!


https://kakuyomu.jp/users/hino-haruto/news/16818023214039945229

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