第21話 【5月中旬】火乃香と小さなお友達

 降りしきる雨の中を駆けずり回って、俺はようやくと火乃香ほのかを見つけた。

 そこは自宅近所にある小さな公園だった。片隅に設置されたベンチに傘を差して座り、何故かじっと下を向いている。

 義妹いもうとの無事に安堵する反面。その姿を目にした瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃に見舞われた。


 なにせ火乃香の腕には、2匹の子猫が抱かれていたのだから。


 濡れそぼった体でもって、子猫らは火乃香の腕の中で懸命に鳴いている。そんな彼らをいつくしむよう、火乃香は小さな体を優しく撫でた。

 まるで母親みたく穏やかな表情。だが時折、苦虫を噛み潰したような顔を覗かせる。


「……」


無言のまま、俺は火乃香の元へ近付いた。

 足音か気配か、接近に気付いた火乃香は勢いよく頭を上げる。


 「あっ……」


だが俺だと分かった瞬間、バツが悪そうにまたすぐ顔を伏せてしまう。

 そんな彼女の目の前まで歩み寄った俺はその場にしゃがみ込んで、下を向く火乃香を見上げた。


「可愛い友達だな。俺も撫でて良い?」

「え……う、うん」


戸惑いながらも、火乃香は頷いて応えた。

 義妹の腕に抱かれる子猫へ手を伸ばせば、気持ちよさそうに目を細めて俺の指に身を委ねた。


「最近知り合ったのか」

「……うん。この前、買い物行くときに見つけた」

「この前って?」

「1週間くらい前。向こうのスーパーに買い物へ行こうとして、この公園の前を通った時に見つけた。鳴き声がするから何かと思ったら、そこの草むらで段ボールに入ってた」


そう言って火乃香が指を差した先は、低木と雑草が生い茂る言葉通りの草むらだった。人が入らないよう低い柵も設けられている。十中八九、この猫達は捨てられたのだろう。

 

「連れて帰ろうとは、思わなかったのか」

「……うん」

「どうして」

「だって、そんなことしたらまたアンタに迷惑掛けちゃうから。前にペット禁止って言ってたし」


今にも泣き出しそうな声で、火乃香は2匹の子猫を抱き寄せた。


 「だからせめて、誰かに拾われるまでは御飯だけでもあげようと思った」

「なるほど。それで夜中も抜け出してたのか」

「……うん」


やはり視線を合わせないまま火乃香は頷いた。

 何はともあれ、変な事件とかに巻き込まれていなくて良かった。


 「……ごめんなさい」

「ん、なにが?」

「晩御飯の支度したくほっぽり出した事と、夜中に勝手に出歩いてた事。それに……『散歩だ』って言って嘘ついてた事」

「なんだ、そのことか。いいよ別に」

「それだけじゃない。預けてくれた生活費使って、勝手にこの子達のミルクとか買ったりしてた」

「だからいいって」


火乃香はひどく負い目を感じているようで、今にも泣き出しそうな顔をしている。そんな彼女とは裏腹に、俺は微笑まずには居られなかった。


 「なんで……怒らないの」

「怒るコトが無いからな。むしろ立派だ」


斜めになった火乃香の傘を直し、俺は彼女の頭をぐしぐしと撫でた。長く艶やかな黒髪に、雨の雫が弾けて踊る。


「誰かを助けたいって気持ちも、それを行動に移すことも、続けることも、そう簡単に出来ることじゃないからな。俺はお前のこと、誇りに思うよ」

「……本当?」

「もちろん。ただ、こんな可愛い友達を紹介してくれなかったのは頂けないな。自分ばっかりずるいぞコンチクショー」


冗談っぽく両頬を膨らませれば、火乃香は「ぷっ」と吹き出して笑った。


「ただ強いて言うなら、すごく心配したかな。お前がこの友達を心配したのと、同じくらいに」


言いながらハンカチを取り出し、呆気に取られる火乃香の髪を拭った。


 「もしかして、いまズブ濡れになってるのって、わたしのこと……探してくれてたから?」

「ズブ濡れ?」


言われて初めて、俺は自分の身体が慣れている事に気付いた。たしかに全身ビショビショだ。傘は差していたけど、走っていたから意味がなかったか。


「これくらいなんでもないよ。可愛い義妹がに比べたらな。それより、ずっと此処ここに居ても仕方がないだろ。そのお友達も連れて、ウチに帰ろう」

「え……い、いいの?」

「飼うのは無理だけど、このまま此処に置いていけないだろ。なーに大丈夫、なんとかなるって」


雨雲を吹き飛ばす勢いで笑ってみせれば、火乃香は戸惑いを見せつつも頷き返して、子猫らを抱いたまま立ち上がった。

 俺は彼女の傘を取り、頭上へ差し向ける。まるでVIPをエスコートするSPのような絵面だ。


 「あ……ありがと」

「どーいたしまして」


そうして俺と火乃香は、2匹の子猫を連れて家路についた。

 さっきは火乃香を安心させるために『大丈夫』と言ってみたけれど……はてさて、どうしたものか。


 「へっくちゅん!」


可愛らしいクシャミに、子猫達は驚いた顔で火乃香を見上げた。


 とりあえず、帰ったら風呂だな。




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悠陽の家の近くにはスーパーやコンビニがあるけれど、あまりお安くないから火乃香ちゃんはいつも歩いて20分くらいのスーパーやホームセンターに買い物へ行っているそうよ。特に業務用スーパーを頻繁に利用しているみたい。

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