第20話 【5月中旬】火乃香と深夜の外出
「――ん~っ……」
ある日の夜更け。俺は唐突に目が覚めた。
寝ぼけ眼を薄く開けば、暗がりの中をソロソロと人影が歩いている。影は物音を立てないよう、ゆっくりと玄関扉を開いて外に出た。
「火乃香……?」
惚けた声で俺はベッドを振り返った。布団はもぬけの殻。気配の正体はやはり火乃香だったか。
時刻は既に深夜2時。「こんな夜更けに外出なんて」と呆れる一方で、学生の頃は俺も似たような事をしていたと、少しだけ懐かしくなった。
都市部と違ってここは地方の住宅街。深夜に出歩く者は殆ど居ない。
まるで世界が自分の物になったようなあの感覚は、言葉に出来ない解放感がある。多少心配ではあるけど、火乃香はしっかりしているし滅多なことは起きないだろう。
「ふぁ〜あ……」
大きな欠伸をかまし布団を肩まで寄せて、俺は再び夢の中へ落ちた。
そんな夜が、三日続いた。
流石にこれはおかしい。火乃香が非行に走るとは思えないが、なにか良くない事に巻き込まれていないだろうか。
悩んだ挙句、俺は意を決して火乃香に直接尋ねることにした。
「なあ、火乃香」
「なに」
「最近、夜中にどこかで遊んでるのか?」
火乃香の特製パスタを食べながら恐る恐ると顔色を伺えば、フォークを持つ火乃香の手がピタリと止まった。
「……別に、遊んでなんかない」
「じゃあ、夜中に何してるんだ?」
「……ちょっと散歩」
「もしかして、また眠れないのか?」
「そんなことない。ちゃんと眠れてる」
「でも夜中に起きてるんだろ」
「それは……ひ、昼寝してるから、夜中に目が覚めちゃって……」
一度も目を合わせることなく、声もしどろもどろ。明らかに何か隠している。
だけど「嘘だろ」とか「本当の事を言いなさい」なんて頭ごなしに否定するのも
上手い言葉を探している内に火乃香はパスタを食べ終え、逃げるように風呂へ入った。その後も話は聞けず、火乃香は普段より早く床に着いた。
流石にこの日は出て行く気配も無かったけれど、火乃香が何か理由があって夜中に出歩いているのは間違いない。
とはいえ無理に聞き出すのは気が引けるし……どうしたものだろう。
◇◇◇
火乃香の件で悶々とした日が続く中。とある土曜日のこと。
泉希と派遣社員の子が退勤したのを見届け、独りで店のシャッターを降ろしていた矢先。ポツリ、と頬に雨粒が落ちた。
見上げれば、どんよりとした厚い雲に空が覆われている。早足に2階の事務所へ上がり、急いで残りの雑務を終わらせた。
だが手遅れだった。事務所を出た時、雨は本降りに変わっていた。
念のため常備していた折り畳み傘で難は逃れたものの、自宅アパートに到着した頃には全身ビショビショに濡れていた。
「あーあー、もー」
愚痴を溢しながら俺はドアノブに手を掛ける。
しかしどういう訳か、ドアは施錠されていた。
火乃香と暮らし始めてから、俺の帰宅時には必ず家に居て鍵も開けて待ってくれていたのに。やはり昼寝でもしているのか。
鍵を取り出し開錠して、重くもないドアをゆっくりと開いた。
「ただいまー」
部屋の中に呼び掛けるも返事はない。
見れば包丁やまな板がシンクに置かれたままだ。ついさっきまで食事の準備をしていたらしい。足りない食材でも買いに出たのだろうか。
だけど財布はテーブルの上に置いてある。
電話で確認を取れば済む話だが、生憎と火乃香は携帯電話を持っていない。アイツは「要らない」と言っていたけど、やっぱり契約すべきかな。
「ふぇ……ふぇっくしょい!」
雨で冷えたせいか、盛大なクシャミが飛び出た。
取り敢えずシャワーを浴びて服を着替えよう。風呂から出た頃には、きっと火乃香も戻っていることだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は脱衣所に向かった。
だけど風呂から上がっても、火乃香はまだ帰っていなかった。そこから更に30分以上待ったが、一向に帰る気配が無い。
雨足は段々と強くなる。まるで落ち着かない俺の心情を表しているかのようだ。
こんな雨の中を、食事の準備も放り出して何処へ行くと言うのだ。
「まさか……」
瞬間、火乃香が夜中に出歩いていたことが思い出された。毎夜出歩いていた事と、いま家に居ない事は何か関係があるのではないか。
居ても立っても居られなくなった俺は、傘を掴んで家を飛び出した。
食事の準備が途中だったということは、計画的に出て行ったわけではない。財布も置いてあったし、電車やバスも使っていないだろう。十中八九、この辺りに居るはずだ。
打ち付けるような雨の中、俺は火乃香を探して駆けずり回った。
近所のスーパーやドラッグストア、ラーメン屋に100円ショップなど火乃香が普段行きそうな場所を手当たり次第に回った。
だけど、見つからない。
こんな雨の中をフラフラと散歩しているはずもない。焦りと不安で押し潰されそうになる中、いよいよ警察に行くべきかと思い始めた。
「……ん?」
その時だった。小さな公園の片隅に、火乃香らしき姿を見つけた。
暗く静かな公園のベンチに、ポツンと傘を差して
俺は早足に近づき目を凝らした。間違いなくあれは火乃香だ。
こんな雨の中、公園で何をしているんだ。
そんな疑問など吹き飛ぶくらい、俺の心と身体は安堵に満たされた。
だけどホッとしたのも束の間。安心はすぐに驚愕と変わる。
なにせ、そこに居たのは火乃香一人ではなかったのだから。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
以前にも説明したけれど、私達が勤めている薬局は土曜日が午前営業だけなの。なので患者様がお帰りになられたら店をクローズして、片付けも終えたら退勤よ。私はいつも13時くらいに店を出ているわ!
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