第14話 【5月上旬】朝日向火乃香と知らない愛情

 食べ放題のバイキング料理を堪能した後、俺と火乃香ほのかはモール内をブラついていた。


 見た目に違わず食も細かった火乃香は、ワッフルの後に食べたチョコレートケーキで限界を迎えた。

 『食べたい料理まだあったのに』と悔しそうに拗ねる姿も、また可愛らしかった。


「じゃあ、腹ごなしに買い物でもするか」

「え……うん……」


なんとなく気乗りしていない火乃香を連れて、俺達は専門店のフロアへと向かった。今朝ここに来た時より人が増えている。騒がしい場所は苦手なのか、火乃香はキョロキョロと落ち着かない様子だ。


「大丈夫か?」

「う、うん……こんなに人が多い所、初めてかも」

「連休最終日だしな。ほら」


半歩後ろを付いて歩く火乃香に右手を差し出すと、火乃香はその手と俺の顔を交互に見遣みやった。


 「なに、それ」

「繋げよ。はぐれないように」

「は……はぁっ!? 子供じゃないんだから、そんなの要らないし!」

「そうか?」

「当たり前でしょ!」


「フンッ」と強めに鼻を鳴らして火乃香はソッポを向いた。年頃だし義理とはいえ兄と手を繋ぐのは恥ずかしいか。

 差し出した手を戻し俺は再び歩き出した。だが何故か上手く進めない。振り返って見ると、火乃香が俺の服を摘んでいた。


「手は繋がないんじゃなかったのか」

「……繋いでないし。服掴んでるだけだし」


片頬膨らませ目を逸らしながら、火乃香は掴んだ服を離そうとしない。

 強がっている姿が可愛らしくてもう少しイジりたがったけど、可哀想なのでめておいた。

 そうして散歩中の犬と飼い主みたくモールの中を進んでいくと、前方にピンク色の看板を見つけた。


「あったあった」


足取り軽く入ったそこは全国展開している100円均一ショップ。庶民にとって強い味方である。やはりと言うべきか、ここには火乃香も慣れた様子だ。


 「100均で何買うの?」

「茶碗とか皿とか。良いのがあればだけど」

「お皿なら家にあるじゃん」

「けど揃いのは無いだろ。折角一緒に暮らしてるんだし、色違いとか模様違いで揃えたいやん」

「えー、なんか新婚さんみた――」


何の気なく口を吐いて出た台詞なのだろう。呆気に取られて振り向く俺に、火乃香は為出しでかしたと言わんばかりに顔を赤らめた。


 「ち、違うから! そういう意味じゃないし!」

「分かってるよ。それより、これとかどうだ?」


シンプルなデザインの白と黒の茶碗を取り、火乃香の前に差し出した。

 だけど今ひとつピンと来ていないのか、煮え切らない様子で「うーん」と眉間に皺を寄せる。


 「そ……それなら、こっちの方がいい」


火乃香が手に取ったのは同じく白と黒の茶碗。だが胴の部分に可愛いイラストが描かれている。白い方は猫の絵で、黒い方には犬が。


「なんか子供っぽくないか。シンプルな方がカッコ良いだろ」

「ううん。わたしはこっちがいい」


そう言って、火乃香は白い猫の茶碗を抱きしめた。よほど気に入ったのだろう、俺は無地の茶碗を戻し火乃香の選んだそれを買い物カゴへ入れた。


 他にも平皿や丼なども見て回り、揃いの品を数点候補に挙げる。火乃香にも意見を聞こうと思ったのだが、料理器具のコーナーを物色していた。

 欲しいものがあればカゴに入れるよう言ったが、火乃香は結局何も買わなかった。


 100円ショップの他にも雑貨店などを巡り、箸やコップなども購入した。

 本当は火乃香に服の一つでも買ってやりたかったけれど、「要らない」と怒られたので断念した。


「他に欲しい物とか、見たい物とか無いか?」


相変わらず服を掴む火乃香に尋ねるも、「別に」と即答された。物欲が無いだけなら良いが、俺に遠慮をしているのであれば少し寂しい。

 などと考えていると突然、後ろを歩く火乃香の足がピタリと止まった。


「どうした、火乃香」


振り返ると、火乃香の熱い視線が何処かへと注がれている。見ればそこはペットショップだった。透明なケージの中で子犬が所狭しと動き回って。


「……ちょっと覗いていくか」


独り言のように告げると、俺は火乃香の返事も待たずペットショップへ向かった。

 

 「わぁっ……!」


透明なケージの前に膝をつけ、火乃香は目を輝かせた。興奮と笑顔が抑えきれないといった様子で、小さなポメラニアンと見つめ合っている。


「犬が好きなのか?」

「う、うん。猫も好きだけど」


先程のレストランで料理を選んでいる時より、ずっと優しい笑顔で火乃香は答えた。100円ショップでイラストの描かれた茶碗を選んでいたのは、これが理由だったか。


「でもウチのアパートはペット禁止だぞ。さすがの大家さんでも許してはくれないと思うし」

「……分かってる。ただでさえ私みたいなお荷物が居るのに、これ以上増えたら困るもんね。それに、親の愛情とか知らないで育ったわたしみたいな人間が、動物なんて育てられるはずないし」


自虐的な笑みを浮かべ、火乃香はスッと静かに立ち上がった。そして未練を断ち切るよう子犬から背を向け一人ペットショップから離れていく。

 「ふむ」と一つ息を吐いて火乃香の後を追いかけ、ボンッと強めに背中を叩いた。


「知らない事は、全部これから知ればいい。お前はまだ若いんだから」

「なにそれ。親が居ないのに、今更どうやって愛情知れって言うの」

「俺が居るだろ」


俯き加減な頭に俺はそっと静かに右手を乗せた瞬間、火乃香は横目に俺を見上げた。心なしか、目尻には薄っすらと涙が浮かんでいる。


「お前が今まで知らなかった分、 俺が全力で愛情を注いでやるよ」

「ちょっ、やめてよ! 髪グシャグシャになる!」


ニヒヒと前歯を晒して笑い、悪戯気分でまた頭を撫でてやると、火乃香は顔を真っ赤にして俺の手を掴んだ。その直後。

 

 「――なにしてるの」


消え入るように冷たい声が、俺の背後から響いた。

 聞き覚えのある声にすかさず身を翻すと、あろうことかそこには――全くの無表情で俺達を見つめる泉希みずきが居た。


 血の凍るような感覚が、俺の全身を包み込んでいく……。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


悠陽達が訪れているシオンモールは、全国展開されているショッピングモールなの。火乃香ちゃんの地元にもあると思うけれど、あまり行ったことがないのかしら。

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