第13話 【5月上旬】朝日向火乃香と食べ放題
「ここが、あの有名な【シオンモール】……」
白を基調とした巨大な施設を見上げ、
◇◇◇
「――明日は、外食にするから」
晩飯のリクエストを聞かれ、俺は得意気に腕組みをして答えた。よほど意外だったのか、火乃香は前のめりに目を見開いた。
「外食って……あ、明日は何かの記念日なの? アンタの誕生日?」
「記念日といえば記念日だな。火乃香がウチに来た記念」
「な、なにそれ。そんなの記念でも何でもないし。寧ろわたしが来て、アンタは迷惑なんじゃない?」
「そんなことないよ。俺は火乃香が来てくれて色々と助かってる。それに、前よりずっと部屋が明るくなったしな」
「ああ、全然掃除してなかったもんね」
呆れた面で火乃香は部屋の中を見渡した。たしかに彼女が来てから部屋は見違えるようにピカピカだけど、当然そういう意味ではない。
「とにかく俺は火乃香が来てくれて嬉しい。だから一緒に暮らした記念にお祝いだ。何か食べたい物はあるか?」
「食べたい物?」
「ああ。なんでもいいぞ」
あっけらかんと笑って答える俺に反して、火乃香は難しい顔で「う~ん」と腕を組んだ。
「い、いっぱいありすぎて……わかんない」
眉間に皺を寄せたまま頬を赤らめ火乃香は答えた。真剣に悩んだ挙句の答えなのだろう。いじらしいと言うか、愛くるしいと言うか。
「けど、それならあそこに行くか」
「あそこってドコ? なに屋さん?」
「それは明日まで内緒」
口元に人差し指を添えて笑うと、火乃香はムスッと眉根を寄せて「どこに行くの」「何を食べるの」としつこく尋ねてきた。
そのたびに俺が「秘密」とはぐらかすので、とうとうハムスターみたく頬っぺたを膨らませて不貞腐れてしまった。
話しかけても「フンッ」とソッポを向いて無視を決め込むので、膨らませたその頬を突いてやろうと近づいたら怒られた。
とはいえ楽しみにしているのは本当らしく、昨夜からずっとソワソワして落ち着かない様子だった。
今朝方も髪を梳かしては時計を見てを繰り返し、手持無沙汰な感じを全身で表していた。
そして訪れたのが、この【シオンモール】だ。
長い黒髪とプリーツスカートを揺らして、火乃香は眼前に聳え立つ巨大な施設を
「ていうか、なんで制服?」
「だ、だって外食って言ったら、ちゃんとした恰好しなきゃ!」
「昼時にはまだ早いな。ちょこっと買い物でもしてから行こうか?」
「大丈夫。ちゃんと朝ごはん抜いてきたから。もう食べる準備できてる」
眉尻を吊り上げ火乃香は鋭い視線で俺を見上げた。そんなに大した店でもないから、あまり期待しないでほしいのだが。
「まあいいか。ほら、あそこが今日行く
三階のグルメフロアに降り立つと同時、俺は目的の店を指差した。
「食べ放題……バイキング?」
店の看板を読みあげる火乃香に、俺は大きく頷いて返す。この店は安い割にメニューが豊富なので、俺も何度かお世話になっている。
「すみません、二人なんですけど」
店員さんに声を掛けると、やはり待つことも無くすぐに席へと案内してくれた。気のせいか後ろをついて歩く火乃香がいつもより近い。
ボックス席に座り店のシステムを説明されている間も、火乃香は心此処にあらずと言った様子でアワアワしていた。
「ね、ねぇ。あそこの料理って、どれでも好きにとって良いんだよね」
「ああ。食べ切れるならいくらでも」
「本当に? 後で別料金取られない?」
「ここはそういうの無いから大丈夫だよ。俺は料理を取りに行こうかな」
「あ、わ、わたしもいく!」
俺が立ち上がるのを見て、火乃香も慌ただしく席を立った。子供のカルガモみたいに、ピタリと俺の後について。
「な、何から食べたら良いんだろ」
「好きに食べたらいいよ。バランスとか考えず普段食べないような
「普段食べられないものって……牛肉とか?」
「……そだね」
普段食べれないものと言われて料理名ではなく食材が思い浮かぶあたり、俺に似て将来有望だな。この店に牛肉料理があるか分からんけど。
「あ、でも小籠包はあるぞ。ほれ」
「あ、ありがと」
ガチガチに緊張する火乃香の皿に、小粒なそれを二つばかり乗せた。義妹をリードしながら、思い思いの料理をピックしていく。
並んでいる料理はフライドポテトや鶏の唐揚げ、パスタにピザなど軽食的な料理が多かった。
だけど火乃香は「どれも美味しい」と御満悦で、食べ進めるうちに緊張も解けていった。
「ねぇ見て! これソフトクリーム出てくる! ワッフルも自分で作れるんだって!」
極め付けはキツネ色したワッフルと真っ白なソフトクリーム。小洒落た風に皿に乗せて、火乃香は嬉々とした様子でフォークを突き立てた。
こんな風に笑う火乃香は初めて見た。それこそ
この笑顔を増やしてやりたい。沢山の楽しいを共有したい。そんな言葉ばかりが、奔流のように俺の体内を駆け巡る。
「なに、そんなにじっと見て。もしかしてアンタもこのワッフル食べたかったの?」
溜息まじりに「仕方ないな」と微笑んで、火乃香は俺の皿にワッフルを乗せてくれた。
「……ありがと」
切り分けられたそれを口に入れた瞬間、甘く豊かな香りが口いっぱいに広がった。流石は火乃香、ワッフルを焼かせてもプロ顔負けの腕前だ。
でも何故だろう。
少しだけ、ほろ苦く感じるのは。
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今回悠陽達が訪れたバイキングは、料金で食べれる内容が変わったりしないシステムよ。ただドリンクバーだけは別料金だったみたい。当然二人は注文していないわ!
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