第12話 【5月上旬】朝日向火乃香と大きな一歩

 「――ねえ」

「ん?」

「明日の晩御飯、なに食べたい?」


短かったGWれんきゅうがいよいよ明日で終わりという今日。洗濯物を畳む火乃香ほのかが、唐突と俺に尋ねた。



 ◇◇◇



 突然だが、我が家の料理長および家政長は火乃香に決定した。彼女曰く「なにか手を動かしていないと落ち着かないから」ということで、言葉に甘える形となった。

 それに俺が火乃香の洗濯物に触れるのは、彼女も良く思わないだろうし。せめて「トイレ掃除や風呂掃除くらいは俺が」と言ったのだが、それも頑なに拒否された。理由はよく分からなかったけど。


 代わりと言ってはなんだが、シチューの翌日は俺特製のお好み焼きを振舞った。火乃香も「折角材料を買って来てくれたんだし」と言うので、腕によりをかけた。


 と言っても、山芋を練り合わせた生地を薄く焼いて千切りキャベツと豚肉を乗せるだけの簡単な料理なのだが。ついでに鉄板のすみでモヤシの焼きそばを作り、生地と合体させて完成。今回はそこに目玉焼きも乗せるという贅沢仕様で。


 ウチは親父がお好み焼きを嫌っていたので、俺が子供の頃から食卓にあまり出なかった。その反動か自炊が出来る年齢になってからは、度々たびたびお好み焼きを作るようになった。


 俺の特製お好み焼きは火乃香にも好評で、「美味しい」と目を輝かせていた。口元にソースを付けながらお好み焼きを頬張る姿に胸がくすぐったくなった。

 俺のお好み焼きなんて火乃香のシチューとは違い焼くだけの簡単な料理ものだが、それでも自分が作った料理で喜んでくれるのは嬉しい。


 『これからも、時々作ってよ』


食事を終えてホットプレートを片付る俺に、洗い物をする火乃香がポツリと呟いた。 

 ニカッと笑って親指を立てるサムズアップサインを向ければ、火乃香は相変わらず視線を伏せ気味に頷いて応えた。


 そんなこんなで火乃香が朝日向家の料理長に就任し、俺はたまに料理をするだけのサブ的ポジションに収まった。


 ついでと言ってはなんだが、料理や家事だけでなく財務大臣も一部を火乃香に兼任してもらった。

 俺が調達係をすると、つい余計なものを買ったり必要以上に買いすぎたりして、食材をダメにしてしまうことも多いからな。その点、火乃香は買い物が上手で無駄がない。


 口座から5万円を下ろし「1ヵ月分の生活費」にと渡したが、『こんなに沢山要らない』と2万円を突き返された。


「じゃあ、これはお前のお小遣いに」


そう付け加えて受け取るように言うも、火乃香は頑として首を縦に振らなかった。

 仕方が無いので貯金箱に2万円を入れた。もちろん火乃香もいつでも使えるように共有化して。

 

 しかし、今までと同じ食費で何倍も美味いメシが食えるのは嬉しい。当初は食費が2倍になると考えていたから、これは嬉しい誤算だった。

 

 嬉しい誤算といえば、もう一つあった。


 火乃香が俺と一緒に暮らすにあたり、アパートの大家さん(年配の女性)にも事情を話した。

 ただ火乃香と俺の関係を全て説明するのはややこしかったので、『彼女は俺の親戚だが両親が事故で亡くなり、他に身寄りも無いので俺が引き取ることになった』という説明に留めた。

 このアパートは単身者用なので、最悪引っ越しを余儀なくされるか家賃料の上乗せを要求されるかと危惧していた。


 『そんなん全然ええよ!』


だが予想に反して、大家さんは涙を流して火乃香の入居を受け入れてくれた。嘘は吐いていないけど、なんだが騙している気がして心苦しかった。


 『朝日向あさひな君も若いし、これから色々と大変やろ。その子が成人するまでは毎月の家賃も5千円オマケしといたる!』


とまで言ってくれた。ありがたい話だが、入居後の家賃年引きは賃貸契約や管理会社も絡むことなので丁重にお断りした。

 俺が入居する時に既に値引きして貰っているし、これ以上は流石に申し訳ない。

 ただ親身になってくれた事は純粋に嬉しかった。こんな世の中だけど、捨てたものじゃないな。


 そうして俺と火乃香の二人暮らしは、ひとまず順調にスタートを切れた。まだまだ問題は山積みだけど、この調子なら何とかやっていける。


 ほんの少しだけ、心と財布に余裕が出来た。



 ◇◇◇



 「――それで、明日はなに食べたい?」

「明日って連休最終日だよな。火乃香はなにか予定あるのか」

「別に、ないけど」

「じゃあ、晩飯は作らなくていいよ」

「どうして? もしかして、またお好み焼き作ってくれるの」


少しだけ興奮気味で尋ねる火乃香に、俺は「流石にスパンが短いだろ」と眉尻下げて笑った。そんなに気に入ってくれたのだろうか。


 「じゃあ、晩御飯どうするの」


どこか残念そうに眉尻下げて尋ねる火乃香に、俺は「フフン」と鼻を鳴らして得意気に腕を組んだ。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


今更だけど、一般的には親が借金を払えなくても子供が代わりに払う必要はないの。未成年なら尚のことね。悠陽の場合はお父さんが悠陽の名義で闇金紛いの所から借りていたので、悠陽(お母様)が払うことになったの。皆も気を付けてね!

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