第7話 【4月下旬】朝日向火乃香とブカブカのTシャツ
全裸の
だけど唇が触れ合う寸前、俺は気付いた。彼女の華奢な身体が小刻みに震えていることに。
声を漏らさないよう押し殺した恐怖。表情に出さないよう抑え込んだ不安。それらが身振となって体に表れている。そう思えてならなかった。
「……」
掴んだ肩から両手を離して徐に立ち上がると、俺はクローゼットからTシャツを1枚取り出し、義妹へ投げ渡した。
「……なに、これ」
「パジャマ代わりにそれ着とけ。いつまでもそんな恰好で居たら風邪ひくぞ」
驚いた顔で見上げる
「なんで。シないの?」
「当たり前だろ。
「けど、血は繋がってないじゃん。アンタだって、こういうコト期待して、わたしを引き取るって言ったんでしょ?」
Tシャツを胸に抱きしめて、朝日向火乃香は怪訝そうに眉を寄せた。
苛立ちと後ろめたさが波のように胸を叩く。俺は大きく深呼吸をして、沸き上がる感情を言葉と共に飲み込んだ。
――ガバッ!
勢いよく身を翻し義妹の手からTシャツを取り上げ、頭から強引に被せた。ブカブカのTシャツから頭だけ覗かせ、両手は服の中に収めた格好だ。
そんな彼女の前に、俺はドカッと腰を降ろした。
「もしかして、ずっとこんなことしてたのか」
沸き上がる感情を押し殺して、射抜くような眼差しを向ける。
「……こんなことって?」
「パパ活とか援助交際みたいな真似。まさか親父がお前に何かしてたのか?」
神妙な声で問えば、朝日向火乃香は両手を出さないまま首を左右に振った。
「朝日向さんは良い人だった。本当にお母さんの事が好きみたいだったし。わたしにも気を遣って、手が触れることもなかった」
淀みない返答に俺は胸をほっと撫で下ろした。息子に借金を押し付け蒸発するようなクソ親父だけど、本物のクズでは無いらしい。
「じゃあ、他の男と?」
「ううん。パパ活も援交も、やったことない」
「本当か?」
コクリ、今度は縦に首が振られる。
「ウチ、貧乏で
「だったら、どうしてこんな事を?」
「だって、わたしは何も無いから」
Tシャツの袖に漸くと腕を通し、悲観とも卑下とも思えない声で彼女は答えた。
「お金は無いし高価な物も持ってない。面白い話とか出来ないし愛嬌なんてものも無い。身体くらいしか、アンタに返せる物がないって思ったから」
眉尻下げて顔を伏せる義妹に俺は「ふむ」と
「いいか、よく聞け火乃香。火乃香はオフクロさんに生んでもらった時、お金を払ったり物で御返しをしたのか?」
「……してない。覚えてないけど」
「そうだよな。俺だってそうだ。飯を食わせてもらったり家に住まわせてもらった時も、御返しなんてしなかったよな」
「それはしてた。御飯作ったりマッサージしたり。『世の中はギブアンドテイクだ』って言われて」
「……」
予想外の答えに二の句を失うも、俺は「コホン」と咳払いして気を取り直す。
「まあ、世の中いろんな御家庭があると思うけど、ウチはそうじゃない。義妹になにかしてやるのに、イチイチ見返りなんて求めない。お前が笑顔で居てくれるなら、それで十分だ」
「……そうなの?」
「ああ。むしろお前が『御礼しなきゃ』なんて考えてる方が、俺は悲しいし困っちゃうよ。だからココにいる間は、遠慮も謝礼も要らない。自分が本当にやりたいと思った事をすればいい。俺に出来ることがあれば協力する」
「……本当?」
「ああ。ただし、贅沢だけはさせてやれないぞ」
頭に乗せた右手を動かし、黒く艶やかな彼女の髪を優しく撫でた。義妹は嫌がる様子もなく、俺の右手を黙って受け入れる。
朝日向火乃香は倒れ込むように、俺の胸板へ顔を押し当てた。
「火乃香?」
「その頭撫でるの、もっとして。わたしが『良い』って言うまで、
胸に顔を埋めたまま腰に腕を回し抱きつく義妹に、俺は何を言う事もなく彼女の頭を撫でた。
優しく丁寧に。想いを指先に込めて髪を
俺はただひたすら、義妹の長い髪を撫で続けた。
言葉は無い。
肌も重ねない。
血で交わらない。
それでも俺達は、見えない何かで繋がっている。
そんな気がした。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
前回の【TIPS】でも話したけれど、2022年4月から成人年齢は20歳から18歳に改正されているわ。だから火乃香ちゃんが成人になるのも18歳よ。彼女は今15歳の高校1年生だから、もし悠陽が未成年後見人になったら、少なくとも高校を卒業するまで彼女を扶養しなきゃいけないわね。
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