第5話 【4月下旬】朝日向火乃香と白い柔肌
「――ここが俺の家だよ」
「……そう」
2階建ての小さなアパートを指差して、半歩後ろの
ラーメン屋を出た後、俺たちはドラッグストアに立ち寄り、歯ブラシやタオルなど彼女の生活用品を買った。
年頃の女の子に俺と同じシャンプーを使わせるのは流石に可哀想なので、それらも購入しようと思ったが、「アンタが使っているヤツで良い」と断られた。
せめて洗顔ソープと化粧水だけは、彼女が普段使っているのと同じものを揃えた。
「独身用の安アパートだから手狭だけど、自分の家だと思って過ごして。遠慮なんかしなくていいから」
「……うん」
まるで魂でも抜けたように、朝日向火乃香は無表情のまま頷いた。
恐る恐ると玄関へ足を踏み入れる義妹と同じく、俺も周囲に意識を巡らす。
そうなっては保護者どころではない。細心の注意を払いながら、俺はリビングへと彼女を案内した。
「この家にあるものは、何でも好きに使ってくれて構わないから。冷蔵庫の中の物も自由に食べて良いから」
「うん」
「トイレはそこで、風呂はそこな」
「うん」
「他に聞きたいことは?」
「ない」
二文字縛りでもしているのか、朝日向火乃香は冷えた態度で答えた。無理もない。義兄妹とはいえ、会ったばかりの男の家に居るのだ。俺が彼女の立場なら、一瞬たりとも気が休まらないだろう。
「立ちっぱなしも何だし、取りあえず座りなよ」
「……うん」
俯き加減に頷くと、義妹はフローリングの地べたに正座した。ベッドに座るよう声をかけたかったが、それも気を遣うだろう。なにより朝起きてそのまま家を出たから、枕も布団もグチャグチャだ。
「と、ところでさ」
彼女もさっきからチラチラとベッドを見ている。痴態を晒しているようで、心なしか顔が熱くなった。
「……なに」
「名前は、なんて呼べばいい?」
「別に。好きに呼んで」
ようやく2文字以上の言葉を発してくれたが、相変わらず目は合わせてくれない。
「じゃあ、『火乃香』って呼ばせてもらうね。俺のことも好きに呼んでくれて構わないから」
「わかった」
フローリングの床を見つめながら、朝日向火乃香は小さく頷いた。
「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったよな。俺は
「……よろしく」
やはり目を合わせてくれない義妹に、俺は見せつけるよう右手を差し出した。握手を求めるサインだ。
しかしやはりと言うべきか、フイと顔を逸らして流された。離岸流に囲まれた孤島みたいに、まるで取りつくシマが無い。
「まあいいや。今日は色々あって疲れただろ。風呂入っておいでよ」
「……後でいい」
「そう? じゃあ、先に入るかな」
寝間着代わりのTシャツを持って、俺は脱衣所へと向かった。義妹は相変わらず床を見つめている。
(年頃の女の子って、難しいな)
熱いシャワーを浴びながら俺は心の中で呟いた。娘を持つお父さんの心境が、すこしだけ理解できた。
だけど、それだけじゃ足りない。
なにせ俺達は血が繋がっていない義理の兄妹なのだから。どころか、ほんの数時間前まで互いの顔も知らない他人だった。
漫画やライトノベルの世界なら、恋愛関係に発展してヤキモキしたり、ちょっとHなハプニングに心を躍らせることだろう。
だけど、現実はそうもいかない。
俺はあの子の親代わりになると決めたんだ。彼女が健康で文化的な生活を送れるように、間違ってもそんなことを期待してはいけない。むしろ普通の兄妹以上に配慮をしてやらないと。
「取りあえず、洗濯物は分けるか」
バスタオルで体を拭い、擦り切れたボクサーパンツを手に俺は呟いた。
こんなボロ布を見られた日には「不潔よ!」とか「アンタの菌が
とはいえ新調も出来ない。俺はこれから、義妹を養っていくのだから。自分のことを後回しにしても彼女には幸せになってもらいたい。
「うーし! 頑張るぞ!」
自分に言い聞かせるよう呟いて、きっちりと襤褸のパンツでリビングに戻る。
すると奥にあるベッドで、火乃香が布団を整えていた。起き抜けの状態で外出するような生活だから素直に嬉しい。
「ありがとう。綺麗好きなんだな」
「……別に」
決して俺の方を振り返らずにベッドを降りると、義妹はまじまじと布団を凝視する。ベッドメイクに拘りがあるのだろうか。
「まあ丁度いいや。君の寝床なんだけど、今日はそのベッド使ってよ。俺はリビングに毛布でも敷いて間仕切りのドアを――」
黒いローテーブルを置いているリビングを指差し笑顔で振り向いた。だが次の瞬間、俺は石像の如く硬直し言葉を失くしてしまう。
なにせ朝日向火乃香が……現役の美人女子高生が、前触れもなく服を脱ぎだしたのだから。
白い柔肌が、光の下に晒し出される。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
悠陽のアパートは築12年の2階建てで1LDKの間取りよ。キッチン含めて10畳程のリビングに3畳半の洋室。ベッドは洋室に置かれていて、スライドドアで間仕切りされているサービスルームタイプよ。家賃は共益費込みの月々4.5万円。大家さんの御厚意で家賃を値下げして貰ったんだって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます