第一章 ツンツン期 (※付きのエピソードにはちょっとHなシーンがあります。ご注意下さい)

第1話 【4月下旬】義理の妹がやってきた

 「わたし、貴方の義妹いもうとです」

「……へっ?」


ゴールデンウィークを目前に控えた4月下旬。俺が勤めている調剤薬局に、とんでもなく美人な女子校生が現れた。

 純白のワイシャツに紺色のカーディガンを羽織り、腰まで伸びた黒髪をなびかせる。纏う雰囲気は氷のように冷たく、表情には微塵も色を浮かべていない。

 見た目のクールな印象に違わず淡々と放たれた台詞。俺は間抜けな声を漏らす以外に何も出来なかった。


 俺の名前は朝日向あさひな悠陽ゆうひ。小さな町で小さな薬屋を営んでいる、27歳の独身男だ。

 肩書は『調剤薬局の店長』だけど、残念ながら俺は薬剤師の資格を有していない。 

 というのも俺がまだ薬学部に在籍していた頃、実の父親が多額の借金を残して蒸発したからだ。

 おまけにその金は一人息子である俺の名義で借りられていた。要するに親父は自分の借金を俺に押し付け行方をくらましたのだ。

 それを知ったオフクロは、この薬局みせで必死に働いてくれた。

 しかし働きすぎが原因で免疫系の難病を患い、敢え無く仕事を引退。俺は浪人してまで入った大学を辞め、この店を継ぐことになった。


「えーっと、ゴメン。俺に妹は居ないんだけど……誰かと間違えてやしない?」


表情筋をピクリとも動かさない自称義妹いもうとに、俺は苦笑いで尋ねた。この薬局を継いでからはもちろん、学生時代にもそんな話は聞かされていない。

 けれど少女は、長い黒髪を揺らして静かに首を振った。

 

 「貴方のお父さん……朝日向あさひなさんが、わたしのお母さんと再婚したんです」

「うぇっ?!」


調子外れな声を上げて、俺は驚きに目を見開いた。あの親父が再婚していただなんて思いも寄らなかった。


 「お母さんが朝日向さんと出会ったのは4年くらい前らしい。仕事先で知り合ったとかで」


まるで台本でも読んでいるかのように、少女は平静と言い加えた。


「き、君のお父さんは?」

「知らない。生まれた時からずっと母と二人だったから」

「名前も?」

「はい。駆け落ち同然に田舎から出て来たけど、わたしが生まれる前に居なくなったみたい。写真とかも無いし、名前も知らない」


自分のことなのに全く興味が無いのか、彼女は淡々と語った。

 彼女を生んだ当時、母親はまだ17歳だった。元々ソリの合わなかった親の反対を押し切り駆け落ち同然に田舎を出たが、彼女が生まれる前に男は姿を消したそうだ。

 生活は常に貧しく借金もあった。それでも母親は実の両親(彼女の祖父母)に頼ることをせず連絡も取らず、仕事を転々としていたのだとか。

 そして4年前に俺の親父と知り合い、借金と離婚届を残して俺やオフクロの前から居なくなったという訳だ。

 要するに、この激カワ女子高生は親父が再婚した相手の連れ子……義理の娘ということ。俺からしてみれば義理の妹になるのか。


「とりあえず君と俺の生い立ちは理解したけど、どうして突然ウチに来たの?」

「わたしのお母さんと朝日向さんが、先日事故で亡くなったからです」

「……え?」


予想外の回答に俺はまたしても頓狂な声を漏らし、二の句を失った。

 彼女の話によると、俺の親父と彼女の母親は2週間ほど前に二人でフェリー旅行に出かけたらしい。その時に乗った船から海に落ちてしまったとのこと。

 不幸な海難事故かと思いきや、映画タイ〇ニックの真似事をして船の突端から足を滑らせたのだとか。多額の借金をこさえ家族を捨てた男の末路としては妥当だな。


「それにしても、よくウチの店が分かったね」

「旅行に行く前日、朝日向さんが『自分たちに何かあったらここに行きなさい』って言って、これを渡してくれたから」


言いながら、少女は一枚の封筒を差し出した。表には俺の名が宛てられている。

 中を開けば、この店の住所と電話番号が書かれているメモ書き、それにA4サイズの便箋が一枚。


――自分や妻・カガリに万が一のことがあった場合、火乃香ほのかは息子の悠陽に任せる。20xx年 4月某日――


安っぽい便箋に、なんとなく見覚えのある字でそう書かれていた。前置きや挨拶など一切無いのに末尾にはしっかりと親父の氏名が添えられて。

 因みにメモ書きにはこの薬局の住所と電話番号、そして『火乃香のことは頼んだ』との一言が。火乃香というのは、いま俺の目の前にいる彼女のことだろう。


 「役所の人が言うには、それは【遺書】になるんだって。ホウテキコウリョク……とかは無いらしいけど」

「遺書って……」


それにしては随分と曖昧で大雑把な言い回しだ。十中八九、この子の面倒を俺に見ろということだろうけど、借金だけじゃなく義理の娘まで俺に押し付けるとは……一体どういう神経してるんだ、あのクソ親父め。


 「もういいよ」


便箋を見つめ唖然としていた直後。朝日向火乃香がポツリと呟いた。


 「よく分からないけど、その【遺書】ってのは無効なんでしょ? もし有効だったとしても、赤の他人の世話なんて誰もしたくないに決まってる。

 それに朝日向さんは前の家族……貴方を捨てて、わたしのお母さんと結婚したって聞いてる。そんな相手の娘を引き取るなんて、どう考えても無理だし」 


視線を伏せ、苦虫を噛み潰すように少女は言葉を繋げた。

 ぐっと喉の奥で感情を押し殺すように拳を握れば、「それじゃあ」と浅く会釈して身を翻した。


「ま……待って!」


店を出ようとドアをくぐった背中に俺は言い様のない不安を覚え、咄嗟に彼女の肩を掴んだ。

 紺色のプリーツスカートと漆黒の長い髪を揺らし、少女は刃物みたく鋭い眼で俺を振り返った。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


 悠陽はもう何年もお父さんと会っていないけど、戸籍の上では二人はまだ親子関係にあるの。もちろんお母さんとの親子関係も変わらないわ。御両親は悠陽が成人した後で離婚したから親権問題も起きなかったの。


 ちなみに現行法では、連れ子同士であっても養子縁組の手続きを踏んでいなければ兄妹とは見なされないらしいわ。実生活の上では『兄弟』や『姉妹』として扱われる事が多いようだけれど。

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