最近できたクールな義妹が可愛すぎて俺は今日も誘惑に負けそうです

火野陽晴《ヒノハル》

【プロローグ】あに と いもうと

 「――き……あにき。起きて兄貴。もう朝だよ」

「ん……う~ん……」


穏やかな朝の日差しと共に、甘く優しい少女の声が俺の意識を揺さぶった。


「んん……あと30分……」

「もう、またそんなこと言ってー。朝御飯できてるんですけどー?」


だが襲いかかる睡魔には逆らえず、俺は微睡まどろむまま一層と布団に包まった。

 薄らボンヤリとする意識の向こうから少女の不満げな声が響く。と同時に味噌汁の香りが俺の鼻腔をくすぐった。食欲を刺激され腹の虫が騒ぎ出すも、俺は寝返りを打って少女に背を向ける。


 「もうっ。早く起きないとぉ、わたしが兄貴のこと朝御飯にしちゃうぞ~」


耳朶じだを撫でるような甘い囁き。だがそんな声を出されようと、俺の眠りを妨げることは出来な――

 

 「はむっ」


――瞬間、俺の耳に妙な感覚が走った。柔らかくシットリと濡れてほのかに生温かい。何事かと目の端で追えば、俺の左耳が少女に喰われかけているではないか。


「うおぅっ!」


素っ頓狂な声を上げて飛び起きると、目の前にエプロン姿の女子高生が立っていた。

 長く艶やかな黒髪に、目尻の吊り上がった大きな双眸。凛とした雰囲気を全身から漂わせ、短いプリーツスカートからは白い太腿を覗かせている。


 「もー、これからが良い所だったのにー」


ぷくりと片頬を膨らませ、エプロン姿のJKは不満げに唇を尖らせた。

 彼女の名は朝日向あさひな火乃香ほのか。俺の義妹いもうとで、訳あって今は二人で暮らしている。

 義兄あにの俺が言うのもなんだが、火乃香は滅多に居ないレベルの美人だ。不貞腐れている姿さえ文句なく可愛い。


「な……なにが『良い所』だ! 年頃の女の子が、兄貴にこんなイタズラするんじゃありません!」

「いいじゃん別に。兄貴って言っても血の繋がってない義理の兄妹きょうだいなんだから」

「そういう問題じゃないの! 社会的な立場とか倫理的な観点とか色々あるの!」

「でも目は覚めたでしょ?」

「む……」


言われてみれば先程までの睡魔はどこかへ吹き飛んでいる。どころか心臓が早鳴り、額や背中に変な汗が浮かんで。


「つーかお前、まだ7時じゃねーか。日曜日なんだし、もう少し寝かせてくれよ」

「なに言ってンの兄貴。今日は一緒に買い物へ行くっていう約束じゃん。もしかして忘れたの?」

「いや忘れてねーけど、たまの休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ。昨夜ゆうべだって遅くまで起きてたんだし」

「遅いって言っても1時でしょ」

「16歳のお前と一緒にするんじゃねーよ、この現役女子高生め。俺はもうアラサーのジジイなんだから、夜更かしするだけで疲れが残るんだよ」


肩を回して気怠そうに息を吐けば、火乃香は呆れた様子で「わたしと一回りしか変わんない癖に」と肩を竦めた。


 「でもそんなに疲れてるんだったら、後でわたしがマッサージしたげるよ」

「おお、それは助かる」

「もちろんありで」


右手に輪っかを作り、火乃香は悪戯っぽく笑いながら手を上下に動かした。俺は無言のまま義妹のオデコをはたいて返す。


 「痛ったー。DVなんですけどー」

「やかましいっ! 俺はお前の兄貴である以上にお前の保護者なんだからな。お前を立派な大人に育てる責任があるんだよ」

「立派な大人って具体的には?」

「え~っと、そうだな……女の子だし、やっぱ結婚するまでとか?」

「うーわ、考え古ぅー。バイアスやばいよ」

「うるへー」

「てゆーか、嫁の貰い手ならもうあるし」


言いながら火乃香はベッドに乗り上げ、俺の右腕に全身で抱きついた。


 「だってわたしは兄貴の――朝日向あさひな悠陽ゆうひのお嫁さんになるから!」


白い歯を見せ微笑む火乃香に、不覚にも俺の胸は高鳴ってしまった。なんなんだこの生物は。可愛いにも程があるだろ。

 思わず抱き締めそうになる腕を抑えこんで、赤らむ顔を悟られぬよう俺はフイッと視線を逸らした。


「ア、アホなこと言うな。俺たち義兄妹きょうだいなんだぞ」

「そんなん関係ないし。再婚した親の連れ子同士が結婚した実例もあるみたいだし、その気になれば無理なことなんて無いモン」


悪戯な微笑を崩さないまま、火乃香は一層と俺の右腕に胸を押し当ててきた。張りと形の良い乳房が、俺の理性をこれでもかと打つ。


「め……飯の前にシャワー浴びてくる! 昨日の夜は暑かったからな!」

「そう? あ、ならわたしが背中流したげよっか?」


釣り上がった瞳で上目遣いに尋ねられ、俺の精神は除夜の鐘みたく揺さぶられた。

 だけどギリギリのところで耐え、逃げるように脱衣所へ向かう。


 今でこそ猛烈な誘惑をしてくる火乃香だが、俺と暮らし始めた頃はひどくツンケンして表情にも覇気が無かった。人生に絶望していたあの頃に比べれば、随分と明るい性格になったし喜ぶべきことだとは思うけれど。


「おろ?」


寝間着代わりのTシャツを脱いで洗面台を見れば、黒いブラジャーとショーツが放置されている。たぶん火乃香が仕舞い忘れたのだろう。

 花柄のレースが施されたシースルーデザイン。ただでさえ美人な火乃香がこんなにセクシーな下着をつけているのかと思うと――


「――ハッ!」


気配を感じて咄嗟に振り返れば、ドアの隙間から火乃香が覗いている。


 「欲情しちゃった?」

「だっ……誰が欲情するか馬鹿たれ!」


小悪魔じみた笑み口端を浮かべる火乃香に、俺は顔を赤くして下着を突き返した。


 「照れてる兄貴、可ー愛いっ」

「やかましっ! ちゃんと仕舞っとけ!」

「はーい。でもムラムラしたらいつでも言ってね。本体わたしごと貸してあげるから」


パチンと軽快にウインクをして、火乃香は手を振り脱衣所から離れた。まるで反省の色が見えない所を鑑みるに、きっとまた懲りずにやるんだろうな。

 だが例え天地がひっくり返っても、火乃香に手を出す訳はいかないし彼女の気持ちに応える事もできない。


 俺と出会って間もない頃は、クールで物静かな雰囲気を醸す、ちょっと臆病なだけの美人な女子高生だったのに。


「そういや、あいつがウチに来てからもう1年近く経つのか……」


洗面台に置かれた2本の歯ブラシ。肩を寄せ合うよう並ぶ姿が、火乃香と出会った時のことを俺に想起させた――




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


 皆様こんにちは。水城みずしろ泉希みずきです。


 この物語は、私が勤めている薬局の店長・朝日向悠陽と、その義妹の火乃香ちゃんがお届けする甘くてホロ苦い日常系ラブコメです。


 専門用語や複雑な設定は控えめにしているけど、この【TIPS】でも私が解説をしているので、気楽に読んで頂けると嬉しいです。私と朝日向義兄妹との関係も本編で明かされます!


 改めまして、この度は本作を御目に留めて下さり有難うございます。どうぞ御時間の許す限り、本作をお楽しみください!


 ※良ければ★★★レビューや作品フォローなどで応援して頂けると嬉しいです♪


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