第6話『犬の死なないうた』

「じゃ、ちょっと教えるの照れくさいけども」 センパイは帰り際に動画サイトのURLをショートメールで送ってくれた。インターネットに自作の楽曲のアップロードしたのか、とまたびっくりした。しかもどうやら動画は三作品目だ。先輩は元々作曲ができたらしい、あとサムネイルが手描きなのは自分で描いているのか描いてくれる友達がいるのかなどなど、多数の驚愕きょうがくに僕は見舞われた。


 改めて、僕はセンパイのことを全然知らなかった。だがここでつまづいていると問題の曲が一向に聴けないので、まずは動画を再生することから始める。最初は朗読のような声から始まる。おそらく合成音声ソフトの、中性的なボーカル。


「この歌は、犬が死にませんように、と歌うせいで、犬の死を逆説的に想起させるかもしれません。かなしいことがあった犬の飼い主は、ゆっくりやすむべきだと思います」


 いらんいらん! 出だしから重苦しすぎる! と言いたくなったが、黙って最後まで聴くことにした。そこからのイントロは僕でも知っている、ショパンの子犬のワルツのアレンジだ。だがその原曲はあっという間に破砕され、面影をなくし、激しい曲調に変貌へんぼうする。


――犬よ! かわいい犬よ!

走り回れ! 怪我しないでくれ!ふかふかの犬よ! 跳ぶ犬よ! 寝そべる犬よ! ボールで遊ぶ犬よ! おれより長生きして100年苦しまずに楽しく生きてくれ! だって、はしゃぎ疲れて気が向いてから虹の橋に向かっても遅くないだろ? 犬が不幸になったらどうしようと悩む夜もある。犬を安易に捨てないでくれ、犬を考えなしに盗まないでくれ。犬よ病気にならないでくれ。犬よ、おれより長生きして100年苦しまずに幸福に生きてくれ! 湿っぽい鼻のシワの模様すら愛おしい犬よ!


――抱きしめることもできない、挨拶しようとうまくいかず怯えさせてしまうそんな人間でもフワフワの犬を大好きでいいかい世界中の犬よ! 100年苦しまずに楽しく生きてくれ!愛を知り瞳の輝く犬よ!


 曲は進行すればするほど、音があふれていく。歌詞はつたない願いであり、真摯な祈りであった。音楽の全てが人間の、虎三津トラミツ先輩のむき出しのエゴの塊だった。歌っているのは先輩ではないというに。スクロールバーは長くはない。短い曲だ、花火みたいだ。


――人よ、でも人も長生きしておけ犬の飼い主よ、愛した犬の遊び相手にめいっぱいなってくれ隣人よ、あらゆるものに優しくして愛してくれ戦いが街を壊したら犬の家もなくなっちまうんだ! だから人は愛と平和を大事にしておけ!それが回り回り回りまわって犬も幸せにするだろ!


――すべての犬よ! 愛している!


 叫びから、叩きつける驟雨しゅううのようなドラムで締めくくられる。やかましい歌のやかましいままの終わり方に、僕はしばし呆然とした。それから、なんか泣けてくるような気分になった。


 曲を聞いて思うことは色々あった。愛の対象が犬じゃなくて女の子の方が大衆ウケするんじゃないかなあとか、女の子相手ならクサすぎるしこれは犬だからこその味だろうとか、再生数は全然伸びてないから犬が死ぬ歌を越えることも天下を取ることもないだろうなあとか。そういうのは置いといて、虎三津トラミツ先輩は優しい奴だな、と初めて思った。




「音楽全然わからないけど、『犬の死なないうた』良いと思います」

 曲の感想をあやふやなままの言葉で伝えておいた。もっと言いようがあるかもしれないが、まあ良いと思ったのが伝わればよかった。

「そういってもらえると、お世辞でもちょっと嬉しい」

 先輩はうっすらと、はにかんだような、ひきつったような顔をした。


「作ろうと思ったきっかけは西戸野ニシドノくんのおかげだから。こっちこそありがとうね」


「曲聞きながらいろいろ考えましたが、先輩は来世は犬たくさん養える富豪にはなりたいとは言っても、犬になりたいとは言わないタイプですか?」

「そうかもしれない。でも犬は犬で、愛される犬の犬生は悪くないと思うよ」


「犬の歌なのに、なんで人間のことも愛せよ、なんて歌ったんですか?」

 どんな返事がくるのかなんとなく想像がつくような気がしたけども、改めて聞いてみた。


「それは、おれが愛している犬の姿は……犬の写真集とか、犬の漫画とかね。犬を愛する人がいてこそ目にする機会が生まれるものでしょう。結局、俺が好きな犬は野生のような犬ではなくて、飼われた犬でしかないからさ。そういうエゴの自覚は持った方がいいんじゃないかなあって、そう思うのよ」


 先輩は犬を愛する時、犬を愛する人間のことも愛しているのだろう。こうやって大好きな犬の話をしているというに、先輩は平時と変わらぬ憂鬱ゆううつそうな、見慣れた顔をしているのだった。 


「ところでさ……プリンの発注数の桁を間違えちゃったんだけどさ……店長には報告したんだけど、とりあえず手描きPOPつくってきて載せてきていい?」

 違ったな、ものすごくへこんでいる顔だった。


 普通そういうでかいミスするのは犬が心配な時にやらかすことで犬騒動が終わってからやることじゃねえだろパイセ~ン! とやや呆れた。人間の評価は場面場面で上がったり下がったり、平坦になったりしないのだった。それでも、以前のように内心ちょっとばかにするほどでもないな、とも思う。




【おしまい】


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犬は死なない犬死にの歌 沓石耕哉 @kutsuishi

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