第616話 寧々さん、天下統一の祝賀会に呼ばれる(前編)

天正12年(1584年)5月下旬 下総国古河城 寧々


佐竹が滅び、これで東国……いや、日の本が信長様の下で統一された事を祝って、四郎様が主宰されてこの古河城で祝賀会が開かれることになった。当然、わたしもこうしてお呼ばれしている。


「寧々様、くれぐれもお酒は1升までに……」


「なによ、次郎君。弥八郎みたいなこと言わないでよ」


「言っておかないと、某が叱られるのですよ?その弥八郎様に……」


うっ!そんな涙目になって言われたら、弥八郎のネチネチさはよく知っているだけに、わたしといえども遠慮するしかないじゃない。……仕方ない。今日は1升までで我慢するか。


「そういえば、中々うちの人が来ないけど……何か聞いている?」


「管領様なら、四郎様と上杉様と共にお見えになられるはずですよ。もう間もなくだと思いますが……」


「そう。なら、別にいいわ」


政元様は戦後処理を行っている常陸から、わたしは江戸からこの古河城に来ることになったため、政元様とは今日この場で久しぶりに顔を合わせる予定となっている。ただ、来たら教えてあげないといけない話があるのだ。それは、茶々が新次郎の子を宿したという事だ。


そして、そのようにしてしばらく待っていると、「古河少将様のお成りぃ!」という声が聞こえて、景勝公とうちの人が続いて広間に入ってきた。なお、古河少将様とは四郎様の事であり、正五位下右近衛少将に任官されたことでそう呼ばれている……。


「皆の者、これまでよくぞ天下のために励んでくれた。此度、蘆名と佐竹が滅びたことで、ようやくこの日の本からいくさが無くなることと相成った。父に成り代わり、皆に礼を申す!」


「「「「「ははっ!」」」」」


「今宵は、皆の労苦を労うために、細やかではあるが酒宴を催すことにした。思う存分、楽しんでもらいたい!」


思う存分楽しんでいいのなら、1升縛りは無しにしてもらいたいと言おうとしたが……政元様の後ろに控える半兵衛の目がわたしに向けられたので、引っこめることにした。ただ、こうして酒宴が始まったというのに、政元様はあちらこちらで忙しいようで、いつまで待ってもこちらには来られない。


「流石に……なんか、腹が立つわね……」


しかも何?上杉家のお船ちゃんと一体いつまで鼻の下を伸ばして話し込んでいるのよ!浮気?ねえ、もしかして……浮気なのかしら?


「ね、寧々様……?もうすでに1升は過ぎておりますが……」


「うるさい!これは上様の天下統一をお祝いする宴でしょ!功績に応じて飲んで何が悪いのよ!わたしの功績を思えば、このお城にあるお酒を全部飲み干しても足りないでしょ!」


「わああああ!!!!寧々様、声が大きいですって!」


ん?何人かがこちらに向かって、何か言いたそうにしているわね?何か文句でもあるのかしら……?


「寧々様……相変わらずですね」


だが、そんないい感じになっているわたしに、本当に文句を言う奴が現れた。見れば、昔恩知らずにも色々と半兵衛にチクってくれた樋口与六君だ!だから、あいさつ代わりに首に腕を回して、締め上げてやることにした。


「よくも、あの時はあることあること半兵衛にチクってくれたわね!おかげでお酒は1升までになったじゃないのよ!」


「ちょ、ちょっと!ちょっと!寧々様、色々とマズいですよ!!」


「何がマズいのよぉ!お姉さんに言いなさいな!」


「い、いや、色々と柔らかいものが、その……当たっていて、流石にマズいというか……」


「え……?」


あら、嫌だわ。わたしったら、年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ。解放した与六君の顔が真っ赤になっている。


しかし、そんなわたしたちの所に、お船さんがこめかみに青筋を立てて物凄い勢いで迫ってきた。


「あの……ど、どうしたの?」


「どうしたのもこうしたのもありませんわ!寧々様!うちの亭主を誘惑しないで下さい!!」


え……?今、何を言われたの。誘惑した云々は誤解だからいいとして、亭主!?


「えぇ……と、もしかして、二人は……結婚したの?」


「そうですけど!それが何か?」


「えええええ!!!!!」


全然脈がなさそうだったから、歴史は変わったと思っていたけど……そうか、結婚したのか。よかったねぇ、与六君。

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