第230話 寧々さん、義昭公に仲裁を依頼する

元亀2年(1571年)3月上旬 京・二条御所 寧々


小谷を発ったわたしたちは、途中、堅田に寄って、坂本に入れずに困っていた和尚を回収すると、そのまま船で大津に至り、そこから京に入った。そして、その足で二条御所を訪れた。


え?いきなり訪問して大丈夫かって?


傾奇者の格好をした慶次郎を連れているので、どうやら義昭公の耳にも伝わっていたらしく、門前まで出て出迎えてくれましたよ。ただ……どさくさ紛れに抱き着いてきて、おしりを触って来たので、軽く引っ叩いてやりましたけれども。


「あんたねえ、わたしを母親と思ってくれているのなら、あれはないでしょ!どこの世界に母親のお尻を触る息子が居るのよ!」


「だって……いい匂いがしてムラムラしたから、つい……」


応接間に案内されながら、そんなやり取りをしていると、これに松永様がこれに加わる。


「お尻を触る息子はいないかもしれませんが、おっぱいを吸う子はおりますぞ。上様、そちらにしておけばよろしかったのでは?」


……などと、ケタケタ笑いながらからかうように言うと、義昭公は「なるほど」と思ったのか、わたしの胸をチラチラ見始めた。


だから、「このスケベ共は」とわたしは義昭公のおしりを思いっきり叩いた。「何で俺だけ?」と聞こえたような気もしたが、これは完全に無視をする。松永様はお年寄りだし、何より……得体のしれない何かを感じたのだ。もしかしたら、叩いたら頬を染めて喜ぶような……。


「それで、真面目な話だが……今日は如何されたのですかな?」


応接間に入って向かい合うと、義昭公は話を切り出してきた。だから、早速わたしも本題を口にした。即ち、叡山と織田方の騒動を幕府主導で仲裁するようにと願い出たのだ。


「さすれば、上様も将軍としてようやく、歴史に名を残すことができるというもので……」


「寧々殿。それでは、俺がなにも活躍していないみたいに聞こえるのですが?」


「え?違うの?」


わたしはてっきり、手紙を書くだけで何も世の中の役には立っていないのだと思っていたのだが、義昭公はこれを否定する。


「俺は俺なりに、この国から戦がなくなるようにと思って手紙を送っておるのですよ。大きい所では、上杉と武田を仲直りさせましたし……」


「え?上杉と武田が仲直りをしたの?初めて聞いたのだけど……」


「まあ、ご存じなくても不思議ではありませんね。実際に和睦が成立したと俺に報告があったのは、今朝の話でしたし……」


和平の条件は、信濃川中島の領有を武田に認める代わりに、武田は以後、上杉の関東管領の権威を認め、関東の争いから手を引くこと。さらには不可侵の証として信玄公の息女を養子である甥の喜平次に嫁がせるということらしいが……。


「その話って、弾正忠様もご存じなのですか?」


「いや、知らぬな。これは、将軍として俺が主導した仕事ゆえな!」


胸を張って、嬉しそうにそう語る義昭公だが……わたしは眩暈を覚えた。これは絶対に、信長様がお怒りになるお話になるだろうと予感して。


但し……すでに事が成ってしまった以上は、今更どうすることもできないので、わたしは目の前の『叡山問題』への協力を改めて願い出た。


講和の条件は……


一、叡山は、此度の騒動に関わった者を追放して、以後は関わらないこと。

一、叡山は、今後織田領内で罪を犯した者については、捕らえて引き渡すか追放すること。

一、織田方は、罪を犯していない者については、その出自を問わず放免すること。

一、織田方は、叡山から横領せし寺領を返還すること……


他にもいくつかあるが、この条件で仲裁に立っていただくように義昭公にお願いした。すると、武田と上杉の仲裁で自信をつけられたのか、「承知した」という回答が返ってきた。


「俺も元は僧侶でしたからな。叡山が焼かれないように、尽力いたしましょう」


こうして、義昭公はわたしに約束してくれて、一先ず下準備は完了した。あとは、信長様を止めるだけだ。

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