第4話 寧々さん、お城に上がる
永禄4年(1561年)8月上旬 尾張国清洲城 寧々
意外なことに、わたしの願いはすぐに叶えられることになった。
「お目文字が叶い、誠に恐れ多きことにございます。わたくしは、浅野長勝が娘、寧々と申します。どうか、よろしくお願いいたします」
上座にはこれより主として仕える帰蝶様がいた。長浜城主の妻だった時期に幾度もお会いしたが、このやり直しの人生では初めての拝謁である。なお、お城に上がるにあたって、わたしは伯母の養女となっている。これは、藤吉郎さと結婚した前の人生と同じだ。
「面を挙げよ。寧々とやら」
「はい」
上座から声がかかったので顔を上げると、懐かしい顔がそこにある。もちろん、今の自分が気安く声をかけていい相手ではないが、それでも嬉しくなった。だが……
「聞いたぞ、寧々とやら。その方、猿に襲われるから、わらわに助けを求めたとか?」
働きが悪ければ、すぐに差し出すからそのつもりでいるようにと、からかう帰蝶様とそれに同調するかのように笑うお付きの侍女たち。推薦してくれた花楓様だけは笑っていないが、それでも窘めたりはしてくれず、ここに味方がいないことは一瞬で理解できた。
しかも……これから歌詠みの会をするので、同席せよという。
(大方、わたしに恥をかかせるつもりだな……)
何しろ、今のわたしは下級武士の娘でしかないのだ。普通なら、歌など詠めるはずがないと思うだろう。だが……
「え……?」
「どうかなさいましたか。お方様?」
「い、いや……なんでもない。次は阿古、そなたの番じゃな……」
「えっ!い、いや……その……」
わたしが披露した歌に帰蝶様は戸惑い、動揺を隠しきれずにいた。名指しで次に詠むように言われた阿古とやらは、まさに涙目だ。何しろ、関白太政大臣の妻であり、自らも『従一位北政所』だったわたしを上回る歌など、そう容易く作れるはずもない。
すると、そこに突然、「見事な歌だな」という声が聞こえて、信長様が入ってきた。
「これは、お屋形様……」
帰蝶様が頭を下げて出迎えたのを見て、侍女たちも一斉に同じように頭を下げた。もちろん、わたしもだ。しかし、信長様はわたしの前に来て、「面を上げよ」と言った。
「ほう……そなたが、藤吉郎が懸想しておった寧々か。なるほど、確かに美形だな」
「お、恐れ入ります」
思いがけぬ言葉を掛けられて、慌てて再び頭を下げようとしたが、信長様は「無用ぞ」と言われたら止めるしかなかった。同時に、帰蝶様からの鋭い視線が突き刺さるのを感じる。
「あ、あの……」
「なあ、帰蝶。ワシはこの女が気に入った。連れて行ってもいいか?」
「「えっ!?」」
つい驚き不調法にも声を上げたが、それは帰蝶様のものとも重なった。だが、信長様は誰の返事も待たずに、わたしの手を掴んで部屋から連れ出した。
(これは……もしかして、そういうことなのかしら?)
そういえば、藤吉郎さが同じようにわたしの侍女を連れて行って、お手付きにしたこともあったなと思い出して、信長様に手を引かれて歩みを進めながら、心臓の鼓動が早くなっていく。つまり、自分を側室に望んでいるのだろうかと。
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