第25話 襲撃


 現実世界へ帰還し、起きて、飯食って、学校行って・・・何だか仮想世界の感覚が抜けない。やはり一日程度ではだめか。その内、この感覚にも慣れていくのだろうか。それはそれでちょっと怖いな。・・・・・・痛みがあるだけで、仮想世界はあんなにも現実感を突き付けてくるのか。生という実感を。

 いかん、今のはリストカットを常習的に繰り返すメンヘラみたいな思考回路だぞ。三日で・・・戻れるかな?やはり最短でも一週間は間隔を空けるか?何だかこのまま仮想世界に入り浸っていたら、いつか帰れなくなる・・・そんな感覚に襲われる。

 でも、楽しいんだよな。過去最高レベルで、オレはあの世界にどっぷりとハマってしまっている。その全てが銀狼の手のひらの上で踊らされていると思うとゾクゾクする。アイツ、完全にオレの好みを把握してやがる。オレがどうすれば喜び、苦悩し、悲しむかを知り尽くしている。いや、学習したと言うべきか?オレが創造神として適当に遊んでいた間に。・・・それが銀狼の存在意義かもしれないな。いかにオレを飽きさせないかに腐心している。そう考えると尽くされているなぁ、オレって。

 今この瞬間も、今すぐ仮想世界へもぐりたいと思ってしまっている。だが、自制して我慢している。さすがに廃人にはなりたくない。冗談抜きで、あの世界とは適度な距離を保たないと死んでしまう。・・・あっという間に、呑み込まれてしまう気がするから。



 「陣?・・・陣介!」



 気付けば目の前に姉が仁王立ちしていた。この機嫌の悪そうな雰囲気、何度か無視してしまったか。



 「あ、なに?どうしたの姉ちゃん」



 「・・・大丈夫?なんか心ここにあらずって顔だったけど。目なんかどこか遠くの世界を見てたみたい」



 鋭い。半分は当たっている。



 「・・・半分寝てたかも」



 「目を開けたまま?器用ね。でも傍から見たら怖いから、やめた方がいいわよ。乾燥するし」



 「気を付けるよ。それで?何か用?」



 「お風呂入りなさいよ。あんたで最後よ」



 「ああ、うん。わかった」



 晩飯食ってボーっとしてたか。・・・うわ、いつの間にか二十二時を回っている。リアルは時間経過が早いな。さっさと風呂入って寝るか。

 そんな日々を繰り返して、三日という時間はあっという間に過ぎ去っていった。ようやく現実世界の感覚に慣れてきたのに、オレはまた仮想世界にもぐるのか?もう少し期間を空けた方がいいんじゃないのか?自問自問を朝から繰り返している。・・・時間は過ぎ、今はもう夜。未だに迷って、答えが出ない。



 「・・・・・・・・・行くか」



 何気なく呟いたら一気に天秤が傾いた。正直、仮想世界に行きたくて体がうずうずしている。もしかしたら脳みそも。迷ってはいた。本当に。でも・・・八割がた行く方向に心は決まっていたのだ。二割の先延ばしにしようは劣勢。うん、勝負あったな。行こう、仮想世界に。オレだけの世界に。



◇◆◇◆◇◆



 「・・・・・・」



 現実世界の時間では三日ぶり。仮想世界では約一年ぶりのアークワンドか。・・・ぱっと見、アークワンドの街並みを一望した感じ、荒廃した様子はない。どうやら死霊術師がうまく運営してくれたみたいだな。とりあえずは一安心。最悪の事態も想定はしていたが、杞憂に終わった。足元にも不安はない。空中都市の浮遊も安定している。



 「問題はなさそうだな」



 「あらあらん?ちょっと、ちょっと!いつの間に帰ってきてたのよん!心配してたんだからねん!」



 前言撤回。問題発生。暑苦しい筋肉だるまがオレを軽々と持ち上げやがった。おい、あぶな・・・くないか。がっしりとした筋肉のおかげで安定感は抜群。安心して体の力を抜く。こういう緊張状態の時は力みがちだが、疲れるだけだ。ここは死霊術師の気が済むまで好きにやらせる。隷属の首輪のおかげで攻撃される心配はないしな。・・・ハグはまだいい。だが、頬にキスまでしようとしたので流石に止めた。そこまで過激にスキンシップをとる仲ではない。あと、単純にキモい。



 「もう、アーシャちゃんったら照れちゃってん!可愛いんだからん!!」



 「ちゃん付けするな。照れてねえよ。うるせえ。あとキモい」



 「わかってるわよん、これがツンデレってやつねん!」



 「ツンしかねえよ」



 この筋肉だるまと接していると反抗期に戻った気分だ。どうしても対応が雑になる。なのにコイツは持ち前のポジティブ思考で怯まない。厄介だ。



 「一年もどこほっつき歩いてたのよん。わたくし寂しくて、寂しくて、死んじゃいそうだったのよん!」



 責任取ってとか戯言が聞こえるが無視だ、無視。それよりもやはり大体一年が経過していたか。予測通りだな。 



 「アンタは殺しても勝手に蘇りそうだけどな」



 「いやねえ~、そこまで人間やめてないわよん」



 サラッと言ったが、やはり死霊術師は人間種だったか。・・・それとも、元々は人間だったが今は違うか?どちらでもいいが。



 「わたしがいなかった間、どうだった?」



 「そりゃあ聞くも涙、語るも涙の話がてんこ盛りよん。聞きたい?聞きたいんでしょう?」



 うわあ。相変わらずこいつ、うぜえ絡みかたしてくる。



 「・・・手短に頼む」



 そんなオレの要望など聞き入れるわけもなく、死霊術師は長々と語った。適当に聞き流そうとすると、所々で気になる情報を散りばめてくるので、気が抜けない。性格悪いな、こいつ。

 結局、その日一日は死霊術師の報告という名の雑談(オレはほぼ聞き専だった)で終わってしまった。



 「・・・・・・要約すると、このアークワンドをあらゆる勢力が虎視眈々と狙っていると」



 まあ、ここは目立つからな。なにせ浮いてるし。この世界じゃ完全にオーバーテクノロジーだし。



 「でも、ここって空に浮いてるじゃない。だから誰も手出し出来ない・・・はずだったんだけどねん」



 「どこの誰がちょっかいを掛けてきたんだ?」



 「円卓の竜操士ちゃんよん」



 また円卓かよ。 



 「こらこらん。あからさまに嫌そうな顔しないの、アーシャちゃん。美人が台無し・・・にはならないわねん。これはこれで有りねん」



 「ちゃんを付けるな。・・・それで状況は?何回か小競り合いがあったんだろ?」



 「向こうは強行偵察って感じかしらん。隙あらばアークワンドの奥深くまで切り込もうって魂胆が丸見えよん。あとはこちらがそれにどう対応するかの探りねん。もう、目がギラギラしてて怖かったんだからん」



 ギラギラねえ・・・そんな殺意溢れる奴らを相手に、クネクネしながら撃退したんだろうな、この筋肉だるま。しかし、竜操士か。読んで字のごとく竜を操るんだろうけど、どのレベル帯の竜を従えているんだろうか?



 「攻め込んできた竜の種類はわかるか?」



 「そうねん・・・大部分がワイバーン系だったかしらん」



 ワイバーンか。下級竜だな。空中戦なら妥当なチョイスか。ファイアーとかアイスとか、細かく分類されているが、飛行以外の特性以外は特に厄介という印象はない。問題はないだろう。あるとすれば・・・



 「あと数は少ないけどキングワイバーンも見かけたわねん」



 やはり王種もいるか。ワイバーンの王種のみは中級に属する。おそらくは指揮官クラスとして運用されているはずだ。



 「竜操士とやらは上級竜も使役できるのか?」



 「出来るわよん」



 出来るのかよ。少しばかり厄介だな。



 「でも側近で二体くらいだったかしらん。そんなに多くはないわよん」



 「二体か・・・」



 許容範囲ではある。充分に脅威だが。

 下級竜は大体レベル三十。中級で四十。上級で五十。円卓一人が所有する戦力としては上位クラスか。だが、こういう使役するタイプの奴は部下にバフを与える支援系が多い。おそらくだが、竜操士本人の戦闘能力は高くないだろう。勝機はある。



 「こちらの戦力も把握しておきたいな。アンタの部下に強力なアンデッド種はいるか?」



 確認したら、死霊術師は悲しそうに首を横に振った。



 「生憎だけど、どこぞの黒騎士ちゃんのおかげで、わたくしの幹部級の部下はほぼ全滅よん」



 「つまり雑魚しか残ってないと。使えんな」



 失望したぞ、死霊術師。



 「ひどいわ!・・・・・・ふふっ、でも最近、いい子が育ってきてるのよん。一年がかりで育てた自慢の子よん。見たい?見たいわよねん?」



 「そんなに近付くな、暑苦しい。それに育ってるって何だよ。アンデッド種なんだから死んでいるんだろ?育つ余地があるのか?」



 「それが稀にあるのよん。魂の定着化次第なんだけど、適合って言えばいいのかしらん?それとも調和?まあ、どちらでもいいんだけど。その相性が素材となる死体といい感じにマッチングすると化けるのよん。わたくしも駄目元で色々と試したら、何故かうまくいったのよねん。期待以上の子が!」



 やけに興奮しているな。それほどの自信作なんだろう。再会してやたらと機嫌がよかったのはその影響もあったのか。本人がここまで大絶賛しているせいか、オレも多少の興味が湧いてきたぞ。



 「強いのか?」



 「今やわたくしの副官よん。紹介してあげるわ、おいでラウラちゃん!」



 おい待て、今なんて言った?確認する暇も、止める時間もなかった。主である死霊術師に呼ばれたソレは、ひょっこりと姿を現した。



 「・・・よんだ、ますたー?」



 たどたどしい口調で喋る褐色幼女。その姿に、あの気の強そうな女傭兵の面影は微塵もない。名前が同じだっただけ?



 「・・・・・・この子の名前の由来は?」



 「あらん?わかっているでしょう?」



 偶然ではない。つまり、そういうことか。



 「あなたから貰った傭兵ちゃんよん。素材の名前をそのまま名付けたの。でも色々と詰め込んだら体積が減っちゃってこんなミニマムになっちゃったわ。中身の知能は大体六、七歳くらいの子供と同じねん。でも、剣も魔法も使える万能型よん。こう見えて、レベル五十だし。ちなみに素材を足したら体も大きくなるわよん。それに伴って知能レベルも上昇。・・・事前計画では十四、五歳くらいにしようとしたんだけど素材不足でねん。頓挫しちゃったわ」



 通常NPCの上限レベルか。オレより全然強いんだな、この褐色幼女の方が。



 「・・・あらあらん?何か気に入らないことでもあったのん?眉間にしわが寄ってるわよん」



 「・・・いや、些細なことなんだが。アンタの副官の名前に違和感があってな」



 死ぬ間際までオレに呪いを残していきやがった女の名前だ、すんなり呼べる気がしない。



 「だったら、あなたが名付け親になってあげたらん」



 オレが?



 「・・・アンタの部下だろ」



 「構わないわよん。名前がないと一号、二号とか可愛くない響きで呼ばないといけなかったから、素材の名前をそのまま付けただけだし。今なら本人も愛着ないだろうから、改名するなら今よん」



 死霊術師らしいと言えばらしい理由だな。・・・その程度の思い入れなら、オレも気軽に提案できる。



 「あまり元の名前をいじりすぎてもあれだし、シンプルにララ。それでいいんじゃないかな?」



 「ふうん?安直だけどいい名前ねん。可愛らしいわ、採用」



 「安直で悪かったな」



 「拗ねないでよん。褒めてるんだから。・・・そういうわけで、これから貴女はララちゃんよん」



 「・・・・・・らら。ぼくの、あたらしいなまえ」



 人形のような無表情で自分の名を呟く褐色幼女ララ。



 「・・・おい、本人が気に入っていない様子なんだが?」



 「違うわよん。よく見てあげて、自分の新しい名前を噛みしめているのよん」



 本当か?適当な事言ってんじゃないだろうな、この筋肉だるま。



 「現状、この空中都市で会話できるのはこの場の三人しかいないんだから、仲良くしましょうねん」



 他は喋れる知性を持たない低レベルのアンデッド種ばかりか。・・・空中都市というより、亡者の都市と言われた方がしっくりこないか。



 「そういえば、あなたに謝らないといけない事があったのよん」



 「謝る?アンタがオレに?」



 なんだ?何を仕出かしたんだ?改まって報告しないといけないくらい、重大なものなのか?いや、それなら最初に報告するか。重大ではないが、軽くもない過失レベルか?



 「そうよん。あなたが呼び出した魔物たちのことよん」



 ああ・・・パフォーマンスの為に召喚したやつか。言われるまですっかり忘れてたわ。そういえば見かけないなとは思った。



 「アンタの部下が襲って食ったのか?」



 「食われた、というのは当たっているわねん。でも食ったのはワイバーンたちよん。ほぼ全部が小競り合いの余波で吹き飛ぶか、パクパク食べられちゃったわ。守ってあげられなくてごめんなさい。こっちも手一杯だったから、そこまで手が回らなくて」



 珍しく殊勝な態度だ。明日は雨か槍でも降ってくるんじゃないのか?



 「ああ、別にそこまで畏まる必要はないぞ。あの程度の魔物なら、幾らでも呼び出せるから」



 アイテムボックスには万を超える召喚石の在庫がある。・・・よくよく考えたら、こいつらを全部解き放ったらヒストリア大陸を制圧できるんじゃないか?実行したら、とんでもない惨劇に発展しそうだから自重するけど。・・・あまり無茶苦茶な事をやらかしたら、銀狼がテコ入れしそうだし。それこそ、数には数で対抗して、魔物大戦争が勃発するかも。・・・・・・それはそれで面白そうだな。



 「・・・ふふっ」



 こらえきれずに笑いだす死霊術師。なんだ、唐突に?思い出し笑いか?そのわりには意味深な笑顔だ。



 「何か変な事を口走ったか?」



 「いえ、ごめんなさい。そうじゃないのよん・・・ふふっ、先ほどのあなたのセリフが妙にアレだったからつい」



 「魔物を幾らでも呼び出せるってやつか?」



 嘘じゃないぞ。・・・大半は雑魚ばかりだけど。



 「そうそれよん。・・・まるで本当の魔王様みたいだったから」



 「あの程度の魔物を従えたくらいで魔王を名乗る気はないぞ。・・・騙ったのはあくまでアークワンドの住民を脅す為だ。もう二度と魔王の名を騙る気はない」



 「あらん?そうなのん?それは残念ねえ~、あなたならいずれ本物の魔王様になれると思うんだけどねん」



 クロウリーを休ませる為、オレが代わりに働けと?まっぴらごめんだね。



 「丁重にお断りさせてもらうよ」



 そうして、この場は解散した。

 次の日の早朝。朝っぱらから竜の咆哮がアークワンド内に響き渡る。現実世界だったら、間違いなく騒音トラブル待ったなしのレベルだ。夜討ち朝駆けのつもりか?竜操士とやらは仕事熱心な奴らしい。そこだけは好感を抱けるよ。




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