第26話 竜操士


 庁舎の中にまで竜の咆哮が聞こえる。長時間、この音を聞かされ続けたらストレス溜まるな。そう感じるくらいには喧しい。地味な嫌がらせだが効果的だ。



 「アーシャちゃん、起きた?おはよう」



 「ちゃん付けするな。おはよう。・・・これが竜操士とやらのご挨拶か?」



 「目覚ましにはちょうどいいでしょん?」



 死霊術師はこの環境に慣れているのか、あまり気にならないようだ。不快な状況にも適応したか。オレには無理そうだ。



 「寝覚めには最悪だが、確かに起きれた。お礼代わりに地上へ叩き落すぞ」



 口笛を吹きながら、死霊術師が過激だわんと喜び勇んで迎撃に向かう。さて、久しぶりの戦闘だ。庁舎から外へ出ると、ワイバーンが上空を旋回している。数は・・・およそ三十くらいか。



 「死霊術師、これが標準か?」



 「・・・いつもより多いわねん。もしかしたらこちらの戦力を測り終えて、本格侵攻する気かも」



 こちらへ来た早々なんだが。まあ、敵にとってはこちらの都合など関係ないか。



 「でも、ある意味チャンスかもねん」



 「チャンス?ピンチの間違いじゃないのか?」



 「竜操士ちゃんは戦力を測り間違えたという事よん。今、ここにはアーシャちゃんがいる。その誤差は大きいわ」



 過大評価されてないか?そんな大層なもんじゃないぞ、オレは。



 「さて、まずは竜操士ちゃんを引きずり出さないとねん」



 ゴソゴソと何かを懐から取り出した死霊術師が、無造作に地面へと放り投げる。



 「骨は灰に、灰は骨に。肉を貪り、喝采を浴びよ。其は仮初の生を得て、再び祝福を受ける」



 詠唱後、放り投げられた何かが不快な音をたてながら人の形を成していく。・・・ボーンゴーレムか。それが二体、死霊術師の傍に控える。手には骨の槍と盾を携えて。召喚石ではなく、素材と術者の魔力によって呼び出した形か。ものの数秒で護衛を用意するとは恐れ入る。見事な手際だ。



 「即席だけど、いい感じねん」



 「素材はワイバーンの骨か」



 「正解よん。以前の小競り合いで、何体か仕留めた奴から調達したのよん」



 これだ。死霊術師の怖いところは。素材さえ。死体さえあれば何にでも利用できる。魔法の触媒にも。兵隊を生み出す事さえも。こんな容易に済ませてしまう。敵だったら心底厄介だが、味方ならこれ以上ないくらい頼もしい存在。

 不意に、ワイバーンの一体が上空から降下してくる。この角度から推察して・・・狙いは死霊術師か!

 命令を下さずとも、ボーンゴーレムが見た目と違い、颯爽と身を挺して主人である死霊術師をガードする。衝突し、ぶつかり合うワイバーンとボーンゴーレム。・・・二体がかりとはいえ、真正面からワイバーンの突撃を防ぐか。アンデッド種ゆえに恐怖も感じない。死を恐れず果敢に攻め、防ぐ。しかも素材は腐っても下級竜。耐久力は折り紙つきだ。実際、ボーンゴーレムの手足は一本たりとも破損すらしていない。これが例えば人間の骨が素材だったらバラバラに吹き飛んでいただろう。前衛の耐久力は次第点。あとは・・・



 「クリスファイ・アイス」



 後衛である死霊術師が氷の上級魔法で止めを刺す。二本の氷の槍が交差してワイバーンを串刺しにした。



 「やっぱりワイバーンの骨は丈夫だわ。苦労して削り出した甲斐があったわねん」



 苦も無くワイバーンを葬るか。さすが円卓の一員。強い。



 「どうしたのん、アーシャちゃん。そんな熱い眼差しでわたくしをみつめて・・・まさか」



 「違う」



 かぶせるように、先んじて否定する。惚れてはいないし、ましてや見惚れてもいない。



 「惚れちゃったのん!?わたくしって罪な女ね~」



 違うって言ってんだろ。



 「ぐおskktじゃ!!」



 汚い断末魔が近くから聞こえる。音の発生源を確認すると、ララがワイバーンの一体を仕留め終わったところだった。・・・ワイバーンの死体は綺麗なものだ。傷跡は一か所のみ。つまり、一撃で片を付けた。あの小柄な体で。恐ろしい主従だ。この短時間で下級竜二体を始末した。



 「ララちゃん、大活躍ねん」



 我がことのように喜ぶ死霊術師。ララはララで無表情のままブイサイン。緊張感が足りてない。



 「無駄な足掻きをする」



 冷酷な声が上空から聞こえた。見上げれば、偉そうな態度でこちらを見下ろしている竜人。・・・こいつが竜操士か?直々に乗り込んできたということは、今日で決着をつける気か。



 「あらん、久しぶりねん竜操士ちゃん。元気してたん?」



 「相変わらず癇に障る喋り方だな。貴様と同じ派閥でなかった事に感謝する、死霊術師」



 「どうして?わたくしは寂しいわよん」



 「戯言を。・・・こうして気兼ねなく殺せるからだ!」



 竜操士がぶん投げた槍を、護衛であるボーンゴーレム二体がまた身を挺して守ろうとしたが、盾ごと貫通。それでも槍は止まることを知らず、死霊術師に迫る。



 「カリカリしてるわねん。カルシウム足りてるのん?」



 それを紙一重で避け、槍は地面へと深く突き立つ。・・・・・・おいおい、誰だ?竜操士が支援タイプだとほざいたのは。槍を投擲した膂力とこの息苦しいまでの威圧感。バリバリの前衛タイプじゃねえか。



 「クロウリー様の復活を邪魔する不忠者共め!ワシ自ら誅してくれる!この大陸の支配者はあのお方以外にはあり得んのだ!」



 あ、いま地雷を踏んだ音が聞こえた。



 「・・・大陸の支配者どうこうは同じ意見だけど、クロウリー様の眠りを妨げる気なら・・・わたくしが眠らせてあげるわ。黄泉の世界でずっとね」



 やべっ、死霊術師の奴ブチ切れてやがる。円卓同士の本気の殺し合いに巻き込まれたらひとたまりもない。



 「ララ、逃げるぞ」



 近くにいたララに、全力で逃走を促す。



 「・・・いいの?ますたーを、おいていって?」



 「構わん。あれは完全に頭に血が上っている。ここにいたら巻き込まれて死ぬぞ」



 「わかった。おかあさんのいうとおりにする」



 ・・・・・・なんか今、聞き捨てならない単語で呼ばれた気がするが、一旦スルーだ。円卓同士の本気の殺気でここら辺一帯の空気が重くなっている。物理的に。下手したらこの一画、瓦礫の山と化すかもな。

 予想は当たり、這う這うの体でその場から逃げ出した直後、魔力の余波で次々に建物が崩壊していく。アークワンド地上部に浮遊関連の施設はないからいいけど、戦闘の余波が重要施設がある地下部にまで及ぶのは避けてほしい。・・・あの激闘を止めるのは無理そうだけど。まあ、その時は空中都市が落下するだけなんだが。



 「おっと」



 逃げた先に、ワイバーンが立ち塞がっていた。口元には死霊術師の配下であろうゾンビが銜(くわ)えられている。そしてその強靭な顎で食い千切り、吐き捨てた。さすがにワイバーンもアンデッド種、しかもゾンビを食う気はないらしい。・・・オレの隣にはララ。あれ、この場で食いでのある獲物ってオレしかいない?



 「ぐsjfmkskじゃ!」



 うお!?やっぱり食う気か!!?血走った目で、ワイバーンがオレをターゲットにしたのがわかる。



 「おかあさん、さがってて。ぼくがまもってあげるから」



 ・・・いや、あのね。気持ちは嬉しいんだけど、オレお母さんって呼ばれるのは違うと思うんだ。確かにね、この世界での性別は女だけど、お父さんを通り越してお母さんは色々と飛び越えすぎというか、せめてお姉さんにしない?



 「げぐkksんc!」



 うるせえよ、ワイバーン。こっちは大事な話をしようとしてんだよ。黙れ。



 「おかあさん、はやくはなれて。じゃま」



 ララからのウザそうにこの場から追い払う仕草と、邪魔と言う一言。ぐう、心に突き刺さる。これが年頃の子供を持つ親の心境なのか?・・・浸るのは後だ、後。ここはララに任せて逃げるとしよう。走り去りながらも、召喚石をばら撒き、魔物を呼び出す。敵の注意を広大に引き付ける為、アークワンドのあちこちに散らばるよう指示。これで敵の戦力を分散できるだろう。

 おや、目の前に翼を傷めたであろうワイバーンが蹲っている。降下した際に痛めたか?それとも戦いで傷ついたのか?可哀そうに・・・オレの経験値の糧にしてやろう!目が血走ったオレに抵抗するため、ブレスを吐こうとするワイバーン。無駄な足掻きを!

 オレは無防備に開け放たれたも同然の口に剣を突っ込む。よし、後頭部まで貫通したぞ。



 「が・・・ぎう・・・・・・」



 「むっ!」



 まだ生きてる!さすが竜種。タフだ。



 「だが!」



 素早く剣を引き抜き、首を切断。崩れ落ちるワイバーンの巨躯。同じ下級竜であるサラマンダーを狩った経験が活きたな。落ち着いて処理できた。・・・やはり、水龍の件の反動でレベルアップはなしか。この程度じゃ足りない。全く。

 例え相手が上級龍であろうが魔王だろうが関係ない。一撃一殺、消費タイプの神器武器乾坤死至。だが、それほど強力な武器にもデメリットは存在する。まず一つ目。こいつで敵を倒しても経験値が手に入らない。・・・まあ、これは別にいい。二つ目。使用した回数×二倍の経験値が、次のレベルアップ時に要求される。つまり、《乾坤死至》を使えば使うほど、レベルアップが遠のく仕様だ。・・・オレは水龍をバラバラにした際、この厄介な仕様の神器を五回、使用した。つまり、次のレベルアップに必要な経験値が通常の十倍に膨れ上がっているわけだ。・・・・・・誰だ、こんなクソ仕様にしたのは!・・・もちろん、わかってる。銀狼だ。


 『これは強力すぎます。卑怯です。なのでナーフします』


 そんな感じで問答無用に弱体化された結果が今だ。・・・当初は使うたびにレベルダウンにしようと検討されたので、マシといえばマシだが。

 《乾坤死至》は非常に強力な神器だ。だが、使いすぎるとドンドンとドツボにハマる。依存してはいけない類の武器だ。使用は最低限度に抑えないとな。・・・水龍の時のような、胸糞悪い展開になったら、理性の鎖は引き千切られそうだけどな。自制はしよう。心がけもする。一番いいのは《乾坤死至》を使わなくてもいいほど、オレが強くなることだが・・・当面は難しいか。

 円卓同士の死闘は続いている。遠ざかったはずなのに、ここにまで戦闘音が聞こえてくる。死霊術師の奴、竜操士に勝てるのか?あいつが負けるところなんて想像できないが、相手も同格。万が一はある。なにか切り札を用意・・・・・・思考を中断する程の衝撃。目の前の建物を、何かが貫通し、転がり出る。



 「・・・あらん?久しぶりねんアーシャちゃん」



 転がり出てきたのは、全身ボロボロの死霊術師だった。態度はいつも通りだが、余裕はなさそうだ。劣勢か?



 「竜操士ちゃんってば、ここまで過激で大胆だったのねん。ちょっと意外な一面を見ちゃった感じだわ」



 恥じらうように頬を染める筋肉だるま。・・・虚勢か。それとも、まだふざけるぐらいの余力はあるのか。追い詰められているだろうに、未だこいつの本心は見えないし、読めない。



 「はあ・・・はあ・・・これでも、まだ死なないか。しぶとい・・・!」



 肩で息をしている竜人が、遅れて姿を現した。これは・・・状況的に互角か?どちらも同じくらい疲弊しているように見える。



 「うふふ、わたくしの自慢は耐久力と持久力よん。まだまだ舞えるわよん」



 「上等だ、貴様が死ぬまで付き合ってやる!」



 「きゃあ!熱烈なお誘い!ここまで熱々なのは久々だわ!」



 ズレたやり取りを目の当たりにしたまま、両者の状態を改めて見比べる。・・・竜操士は体の至る所から出血している。見てて痛々しいほどに。対して、死霊術師は全身ボロボロだが傷らしい傷がない。一か所も。何か特殊なスキルを所持している?



 「あ、アーシャちゃん離れて。近くにいると危ないわよん」



 「よそ見とは余裕だな!」



 竜操士の、前衛本職の拳が、死霊術師の顔面に叩き込まれる。・・・今の、致命的な一撃じゃないか?そのはずなのに。



 「痛いわねん。乙女の顔をボコスカ殴りすぎよん!」



 ピンピンしてやがる。見せかけではなく、すぐさま応戦できる程度には。今の一撃で決め切れなかった竜操士の表情に、焦りが垣間見えた。そりゃあ、オレでも焦る。やったと確信したのに、相手は殴り返してくるのだから。普通だったら心が折れる。その点、竜操士は不屈の精神の持ち主らしい。すぐさまやり返している。・・・しかし、死霊術師はあんな見た目だけど後衛だよな?なんであんなに前衛であるはずの竜操士とガチの殴り合いが出来るんだ?わざわざ相手の土俵に立って戦う必要があるのか甚だ疑問だ。

 円卓同士の死闘は当分、続きそうだ。




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