第24話 動機
特にあれから何事もなく、一週間が経過した。魔法都市改め、空中都市アークワンドは問題なく浮上した。既に夜は更け、周囲は暗い。闇に紛れる形で浮上したからか、あまり注目はされていないようだ。あくまで昼間に比べればだが。
月の光に照らされているので、完全には隠蔽できていない。気付く奴は気付くだろう。
「月が綺麗ねん」
「・・・ああ」
死霊術師がオレの隣に佇んでいる。共に満月を見上げながら。・・・違和感が半端ない。なんでコイツは然も当然のようにここにいるんだ?自分の拠点が都市内にあるよな?
「あまりにも綺麗だからわたくし、嫉妬しちゃうわ」
「月にまで嫉妬すんなよ」
「乙女心は複雑なのよん」
「壮大すぎて、わたしには理解不能だ」
いや、本当に。自分の卑小さが身に染みる。
「諦めちゃ駄目よん!千里の道も一歩からよん、アーシャちゃん!」
「ちゃん付けはやめろ」
何度目だよ、このやり取り。それはともかく。
「てっきりどこかの勢力がちょっかい掛けてくると思ったが、それもなかったな」
平和なもんだった。
「あらん?あったわよん、ちょっかい。それも複数回。気付いてなかったのねん」
「なに?」
初耳なんだが。いったい何時の間に?口ぶりからして死霊術師が撃退したのか?
「まあ、大半はわたくし狙いの刺客だったからねん。事後報告でもいいかなって。てへぺろ」
てへぺろって。反省の欠片も感じられない筋肉だるまにイラッとした。悪気が感じられないのが尚のことタチが悪い。隷属効果を強化してやろうかな、この野郎。
「・・・アンタが狙いって事は、他の円卓メンバーか?」
「そうなのよん。もう、復活派の連中がしつこくて、しつこくて」
復活派?聞きなれない言葉だな。派閥か何かの名称か?
「復活派って何だ?」
「ああ、内輪ネタで申し訳ないんだけど、今の円卓内では封印派と復活派の二大派閥で争い合ってるのよん」
「アンタは・・・復活派と敵対してる口ぶりから、封印派ってことか?」
「そうよん。ちなみに何で派閥の名前がそう呼ばれているか知りたい?」
筋肉だるまめ、意地の悪そうな笑みを浮かべていやがる。どうせオレから、教えてくださいお姉さまとか言わせたいんだろう。碌でもないな。よし、その思惑を思い切り打ち砕いてやろう。力の限り。全力で。
「魔王クロウリーの復活を画策してる側と、封印継続を望む側の総称だろう」
「あらあらん、大正解。補足情報として一つだけ。わたくしが封印派の筆頭よん」
「へえ、だから黒騎士に目の敵にされているのか」
つまり黒騎士は復活派か。
「あらあらん?黒騎士ちゃんとは知り合いなのん?意外だわ~」
「ん?何が意外なんだ?」
「あの自他共に認める堅物ちゃんが、あなたのような美少女ちゃんと接点があることよん。ほら、黒騎士ちゃんってばまるで他人に興味がないじゃない」
「ああ・・・それは確かに」
思い当たる節が幾つかあるな。常に不愛想だし。脳筋だし。
「何かあなたに惹かれるものでもあったのかしらん?罪な女ね、あなた」
「うるせえ、黙れ。こちらとしては迷惑この上ない扱いだったんだぞ。なにせ強制的に黒騎士団に入団させられたからな」
正確には団員見習いとしてだが。
「それが凄いのよん。黒騎士団ってば少数精鋭を謳っていたから、誰でも入団出来るわけじゃないのよん。団員一人一人が一騎当千・・・は大袈裟だけど、一人で百人分くらいの戦力はあるんじゃないかしらん。おかげでわたくしの部下がどれだけやられた事か」
顎に片手を添え、深いため息を吐く筋肉だるま。まったく絵にならない図だ。
「アンデッド種なんだから死体があれば補充できるだろ」
「簡単に言ってくれるわねん。結構、アンデッド種の取り扱いも手間がかかるのよん。雑魚ならまだしも、ある程度知性が欲しい個体は魂の定着化が必要なのよん。これがまためんどくさいのよん」
色々と大変なんだからねん、プンプンと怒る筋肉だるま。・・・うん、相変わらず可愛げがない。欠片もない。繰り返すが一欠けらもだ。
「お互いがお互いの拠点を潰しあっていたんだろ」
オレも危うくその任務に駆り出されるところだったぞ。
「時には村一つ丸ごと壊滅されたわねん」
村一つ丸ごと?・・・・・・もしかして、オレが一番最初に黒騎士と邂逅したあの村のことか?円卓同士の拠点潰しの場にオレは偶然、居合わせていた?間が悪すぎる。
そういえば、あの時・・・黒騎士に奴の部下かと、いちゃもんつけられたな。当時は意味不明だったが、なるほど謎は解けた。納得したと同時に、無性にむかついたので、筋肉だるまご自慢の腹筋に全力でパンチを打ち込む。確かな手応え。だが・・・
「えっ、ちょっと~、なになにん!?いきなり乙女に腹パンなんてひどいわ!鬼畜の所業よん!」
非難するわりにはケロリとしてやがる。まったく効いてない。打撃耐性でも持ってるのか?
「うるせえ、巡り巡って全部お前のせいだ」
「八つ当たりよん!」
ひどいわとウソ泣きする筋肉だるま。その様子を見ても、まったく可哀そうと思えないし、感じない。むしろその泣き声というか鳴き声は騒音だ。そんな重低音で泣く真似をするなよ。一種の災害だぞ、それ。
「それで、現状はどちら側の派閥が優勢なんだ?復活派か?封印派か?」
「随分と強引に話の流れを戻したわねん。でも、そんな強引なところも好みよん」
「黙れ」
あと、語尾にハートマーク付いてそうな甘ったるい声を出すな。
「もう、つれないんだからん。う~~ん、状況ねえ・・・五分五分じゃないかしらん?」
いつの間にかウソ泣きも引っ込めて、冷静に分析する筋肉だるま。オン・オフの切り替え差が激しいな。
「泥沼化してるのか?」
「もう、ひどいものよん。クロウリー様が健在の時は皆、あんなに一致団結してたのにん。今や円卓同士で消耗し合って。不毛よ、不毛!」
ウソ泣きの次は怒ったフリか。忙しい奴だ。一見して感情の起伏が激しいタイプに見えるが、精神状態は一定だろう。筋肉だるまの本心を読み取るのは至難の業だ。一割でも読み取れたら偉業だな。・・・少しばかり、こいつの根源に触れてみるか。さて、鬼が出るか?蛇が出るか?
「そんな不毛な事をどうして続ける?アンタが魔王の封印を継続したい理由はなんだ?あるんだろ、封印され続けてほしい動機が」
「あらん?もしかして・・・わたくしに興味が湧いてきちゃった感じ?」
うわあ、藪蛇だった。どうしよう、もう一発殴るか。今度は顔面に叩き込めば多少は効くだろうか?
「ちょっと、何で拳を固く握りしめてるのよん?」
チッ、勘付かれた。とりあえず、適当に促して話を前に進めよう。
「拳を固く握りしめるほど、アンタの動機に興味があってな」
「あらん?そうなのん?罪な乙女ね、わたくしも」
雑な言い訳なのに信じるのかよ。まあいい、ここは我慢だ。そうしないと話が進まん。
「動機ねえ~・・・そんな大層な理由じゃないんだけどねん」
「まさか、ないのか?」
派閥の筆頭なのに、もしかして何となくで行動してる?こいつの根源は空虚?魔王クロウリーの封印継続もただの思い付きなのか?筋肉だるまはまだ唸っている。
「ん~~・・・強いて言うなら、復活してほしくないからかしらん」
思ったより大雑把な動機!これが筋肉だるまの本音なのか?
「クロウリー様ってね、世間で噂されているより紳士なのよん。傍若無人、野蛮な人格とは無縁のお方ねん。元々、人間だったからかしらん?・・・結局、人間という種族を捨て、魔人へ至り、魔神へ上り詰めた唯一のお方なんだけどねん。本当に、尊敬すべきお方よん。・・・だからこそ、人間嫌いな黒騎士ちゃんもぞっこんだったわけだしねん。あのお方以上の主君に仕えるなんて、それこそ高望みよん」
・・・そうだったのか。設定では知っていたし、直接会って話したこともあるが、そこまで部下の信望が厚かったのか。なんだか、クロウリーの新しい一面を垣間見れた気がする。創造神のままだったら、きっとこの先も気付けなかっただろう。しかしそうなると引っかかるのは、そんな最高と言っても過言じゃない主君の復活を望まない筋肉だるまの心理だ。特に嫌っているわけでもないよな、今の口ぶり。むしろリスペクトしてたし。
「・・・そんな不満もない主君なのに、封印を継続したい理由がわからないな」
死霊術師が心の底から魔王クロウリーを尊敬してるなら、封印派ではなく復活派の筆頭になっているはずだ。意味がわからない。そこまで尊敬しているのになぜだ?やはり本心では忌避しているのか?
「わたくしはね、クロウリー様は常々、働きすぎだと思ってたのよん」
ん?話の流れが変わった?
「働きすぎ?」
「ええ。クロウリー様は一人で色々と抱えこんじゃうお方でねん。わたくしは会ったことないんだけど、創造神から色んな仕事を丸投げされてオーバーヒート寸前だったのよん」
「・・・・・・」
なんだ、それ?オレは知らない・・・いや、心当たりがあるような?やべえ、なんか変な汗が止まらない。それとは真逆に口の中は妙に乾く。
「疲労困憊だったクロウリー様は、結果的に『四聖』とかいう人間勢力の英雄たち相手に後れをとったわん。・・・普段のあのお方なら、楽勝だったはずよん。けど、疲れは正常な思考を奪い、つまらないミスがミスを呼び、それが積み重なったのねん」
「・・・・・・そして、封印された」
「封印が精一杯だったんでしょうねん。ほら、クロウリー様ってば疲労困憊してても魔王様で、魔神様だし。人間程度じゃ殺しきれなかったのよん。・・・それでも幾つもの偶然に偶然が重なって、封印と言う奇跡に辿り着いた。あの『四聖』って連中、運が良いわよねん」
こちらにとっては不運だったけどと呟く死霊術師。もちろん、人間にしては強かったのは確かだけどねんと付け加えた。オマケ程度に。・・・多少の恨みは抱いてるみたいだな。
「つまり何が言いたかったのか。わたくしはねん、クロウリー様はもう少しお休みしててもいいんじゃないかと思ってるのよん。それこそ百年か二百年くらいは。それくらい働き詰めだったから。なのに、なのによ。復活派の連中は今すぐ叩き起こせとほざいてる。許せない・・・!だからわたくしは戦っているの。封印を継続する為に」
私利私欲ではなく、ただクロウリーの為に。理由はそれだけ、か。死霊術師に対する印象が変わったな。それとも・・・いい話として体よく騙されたか?それはさすがに穿った考えか。
「信じる、信じないはあなた次第よん。けれどねん、いま語ったことはわたくしの偽りなき本心よん」
オレの心を見透かすなよ。筋肉だるまめ、見た目に反して機微に聡いな。
「その志は他の封印派も同様か?」
「さあ?そこまではわからないし、保証できないわ。・・・なかには良くないことを企んでいる輩もいるかもねん」
それすらも見越して、派閥の筆頭として指針をリードしてるのか。頭が下がるな。
「まあ、それを言ったら復活派も復活派で色々とゴタゴタしてるみたいだけどねん。これを機に、円卓メンバー内の人員整理をした方が、クロウリー様の為にもなるわよねん」
「!!?」
あまりの衝撃に言葉が出なかった。こいつ、円卓内の不穏分子をあぶり出す為に、内部抗争を煽っているのか!?思った以上に策士だ、この筋肉だるま。
「・・・アンタ、もしかして黒騎士のことは別に嫌ってないのか?」
黒騎士は黒騎士でクロウリーに対して忠誠心は高そうだった。死霊術師もそれをわかっている?
「あらん?気付いちゃった?そうよん。わたくし個人はむしろ好きな部類よん」
黒騎士の方は殺る気に満ち満ちていたけどな。間近で見ていたから、その本気度がわかる。・・・こいつ、あえて損な役回りをしているな。敵対して尚、どちらもクロウリーの為に動いているっていうのに。不器用すぎだろ。
「・・・それで、今後も魔王を休ませる為に周りを欺くのか?」
「んふふ、出来る限りはねん。・・・・・・アーシャちゃんが手伝ってくれたら、その期間が予定より延長できそうなだけどねん」
意味深な視線でオレを見つめる死霊術師。・・・正直、拒む理由はない。むしろ、今回の件もオレに責任の一端がありそうだ。無自覚とはいえ、結果的にはそうなってしまっている。ならば選択肢は一つしかない。
「・・・・・・わかった、手伝うよ」
「ほんとに!?」
素っ頓狂な声をあげる筋肉だるま。
「なんでそんなに驚いているんだよ。提案した本人だろ」
「いやだって・・・まさか本当に手伝ってくれるとは思ってなくて」
「駄目元で頼んだのかよ」
「だってえ・・・」
だってじゃねえよ。あと自分ではあざと可愛いと自負してるんだろうが、キモイだけだぞ、その上目遣い。
「それで、今後の方針は?」
「う~ん・・・どうしようかしらん?」
「決まってないのかよ」
「色々と行き当たりばったりだったからん。・・・誰かさんのせいで事前計画は破綻したしねん」
もしかしなくても水龍の件か。
「・・・本来はどういう計画を立てていたんだ?」
その計画を元に、大まかな流れを作りたいな。
「基本的には自勢力の戦力底上げねん。こちらは封印を守る側。守勢がメインなのよん。余裕があれば味方の補助ねん」
「アンタの場合、アンデッド兵の増産と派遣か」
「そうよん。そのおかげで派閥の筆頭の座をゲット出来たんだからねん」
確かに、味方にとってはありがたいだろうな。強さはともかく、数は揃えられるんだから。
「なら、それらを継続しよう」
「復活派の妨害は避けられないわよん。それに、注意を払うべき輩は封印派にもいるわ」
さっき言っていた一部の不穏分子か。目星は付けているはず。
「誰だ?」
「特に注視すべきは円卓の亡霊ねん。実体を持たず、常に仮の器に憑依している用心深い奴よん。まず仮の器を全て壊さないと、完全には殺しきれないと思ってねん」
「一応聞くが、味方なんだよな?」
「一応ね。けれどこいつは過激派でねん。制御不能なのよん。それに・・・最近は特に怪しい動きをしているし」
抽象的だな。
「具体的には?」
確証はないんだけどと前置きして、死霊術師が
「蛇神と繋がってるかも」
爆弾発言をかます。
おいおい、次から次へと厄介事が目白押しかよ。よりによって蛇神だと?
「・・・そういう動きがあると?確証はないんだろ?」
頼むから気のせいであってくれ。
「ないわねん。強いて言うなら、乙女の勘かしらん」
「当てにならん」
だが、本当ならマズイ。蛇神は策謀で暗躍するタイプだ。単独行動を好み、自分以外の他者は利用する為の駒扱い。おそらく、亡霊とやらも利用し、利用され合う浅い協力関係だろう。・・・設定では、蛇神は魔神であるクロウリーを敵視していたはず。奴の目的はクロウリーの封印継続か?
「マスター」
「なんだ?今は考え事をしているから後にしてくれ」
「マスター」
「だから待てって銀狼・・・・・・・・・えっ?」
目の前に、巨狼がいた。間違いなくそれは銀狼だった。この世界の実質的な神。管理AIの仮の姿。それが再び、オレの前に現れた。
「そろそろ、今回の限界時間です」
「・・・・・・そうか。もう、そんなに経っていたか」
「はい」
時間を忘れて没頭していたな。本当にここが現実と誤認してしまうくらい。ははっ・・・こんなに熱中したの、この世界で初めてじゃないか?
「アーシャちゃん、どうしたのよん?いきなり独り言?」
死霊術師には銀狼が見えていないのか。美しい銀の巨狼の姿が。声も聞こえていない様子だ。銀狼の存在を認識できていない。この場には、オレと死霊術師しかいないと思い込まされている。・・・今は説明してる時間がない。しばらくこの世界を離れることを伝えるしかないな。本当ならもっと今後の段取りしてからが理想だったが、仕方ない。
「死霊術師」
「何よん、改まっちゃって」
「しばらく、このアークワンドを任せる。権限は今・・・・・・手続きした」
「なになに?いきなりどうしたのよん?しばらくってどれ位よん?」
困惑した表情の死霊術師。事態が呑み込めていない。だが、タイムリミットは刻一刻と迫っているはず。銀狼はおそらく強制的にこの世界からオレを退出させるだろうから、手短に伝えよう。・・・前は現実世界の一週間で二年ほどが経過していたか。今回は最短でも三日は間隔を空けたいな。だとすると・・・
「多分、一年くらいだな。それまではアンタが好きに使っていいぞ。このアークワンドの全てを」
「ええ!!?」
おっ、珍しく本気で焦ってるな。幾分か気分がすっきりする。この筋肉だるまには散々、振り回されたからな。
「マスター、カウントダウンを始めます。十秒前」
「死ぬなよ、死霊術師」
「ちょ、ちょっと待って・・・」
その間にも銀狼のカウントダウンは容赦なく進む。・・・三、二、一。
さて、現実世界へ帰還だ。
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