第23話 浮上


 本来の計画はこのアークワンドに水龍以上の魔物を解き放ち、誰も手出しができない禁域にしようとした。もちろん水龍のような小賢しい知性をもたない、本能のみで暴れまわる魔物を選んで。同じ轍は踏まない。交渉する余地など与えない。

 候補としては唯我独尊、気に入らないものはすべて破壊する鬼神か。はたまた食って寝ることしか興味はないが、それを邪魔されたらブチ切れる六頭八本足の魔獣か。どちらにしようか迷っていたんだが、それは一旦取りやめる。

 要はこの土地を不可侵にすればいいのだ。ならば、誰も攻め込めないようにこの都市ごと空中へ浮かせばいい。空中都市、起動だ。元々、オレがこの都市を創ったのはその試験運用をする為でもある。本来なら移動も可能なのだが現状では動力不足。浮上させたその位置に固定が限界だろう。高度も百メートル程かな。だが、それでも地上からの干渉は除外できるので充分だ。

 空中都市起動は予定になかったから、準備に最短でも一週間はかかるだろうな。その頃には住民もあらかた避難しているはず。準備が整い次第、即起動しよう。その時点で残っていたとしても無視だ。無視。猶予は与えた。それ以降は知らん。

 早速、起動手続きに取り掛かろうとした矢先、死霊術師がモジモジしながら許可を求めてきた。



 「ねえねえ、新生魔王様。この女傭兵ちゃんの死体、わたくしが貰ってもいい?」



 なんだ、新生魔王様って。他にもっといい呼び名がなかったのか?確かにオレはクロウリーではないけども。あと、腰をクネクネすんな。



 「好きにしろ。あと、わたしのことはアーシャと呼べばいい」



 オレに呪いを残して逝きやがった奴だ。死体の再利用くらいは許してもらうさ。なお、苦情は一切受け付けない。オレの許可がおりたので死霊術師は喜んで自身の拠点に持ち帰った。その際、愛してるわマイベストフレンド・アーシャちゃんとかほざいていたが聞こえないフリをした。ちなみに、どうやらあの筋肉だるまはアークワンド内のどこかに拠点を構えているらしい。黒騎士団の推察は当たっていたんだな。今頃はどこで何をしてるやら。



◇◆◇◆◇◆


キラ視点



 小娘と袂を分けてわずか一日しか経っていない。それなのに・・・状況は激変している。まず、信じられないことにあの小娘、単独で水龍殺しを成し遂げやがった。いったい、どんな手を使ったのか見当もつかない。大言壮語ではなかったということか。・・・あの時、同行していればその秘密の一端を覗き見れたのだろうか?それとも結局のところ、分からずじまいだったのだろうか?・・・今更悔やんでも遅い。

 水龍が死んだ。それは事実だろう。なにせ契約相手である学園長が殺され、アークワンドの首長が殺され、都市内部に魔物があふれているのにその姿を一向に現さないのだから。生きていたらとっくのとうに魔物を駆除していたはず。なのに出てこない。間違いなく殺された。あの忌々しい小娘に。・・・よりにもよって魔王クロウリー様の名を騙るとは!

 数は多いが従えている魔物は雑魚ばかり。突破は容易だった。だが、今の俺は従属の首輪で敵対することを禁じられている。小娘を前にしても手はおろか足も出せない。せいぜい出来る事と言えば嫌味を口にするくらいか。そんなことをしても何の意味もない。負け惜しみにすらならんだろう。不本意だが、俺はそのままアークワンドを去る事にした。団長たちと合流する為に。

 しかし・・・水龍が殺されるとは。未だに信じられない。アレ一匹で大陸のパワーバランスは絶妙に維持されていたのに、それが一気に崩壊した形だ。おそらく、今後は大陸全土で戦乱の炎が燃え広がるだろう。そうなれば団長を含む円卓メンバーにとっては好機だ。戦乱の世は混乱を生む。それに乗じて暗躍すれば自勢力を拡大できる。平和な時代では目立つことも、戦乱の世は容易にそれを覆い隠してくれる。我々だけではなく、皆が戦争に酔いしれ、狂騒し、大量の血を流す。気付かない間に。

 忌々しいことに・・・我々黒騎士団はその流れに乗れない。水龍によって黒騎士団はほぼ壊滅状態だから。俺以外のメンバーは全員、重傷だろう。団長も、ログさんも、アーシンさんも。皆が俺を魔法都市に潜入させる為、囮になったから。

 そのおかげで何とか俺は潜り込めたわけなんだが、信じられないことにあの水龍は侵入を感知し、団長たちを即座に蹴散らし、上陸直後で隙だらけの俺を攻撃してきた。危機一髪、それを回避したはずなんだが・・・わずかに掠ってしまった。掠っただけなのに、俺は重傷一歩手前の怪我を負った。そこからは死に物狂いで都市中を逃走した。逃げて逃げて逃げ回って・・・随分と無茶をした。そのせいで貴重な時間を怪我の回復でロスした。それでも完治できなかった。その結果、俺は小娘相手に後(おく)れを取る。従属の首輪をはめられるという、屈辱にまみれた。

 だが、悪いことばかりではなかった。怪我の功名とでも言うべきか。小娘から貴重な高レベルの回復薬を調達できたのだから。それも数にして五つ。これを団長たちに渡せば、出遅れは回避できるはず。俺は一旦、死霊術師の拠点探索を後回しにした。とにかく合流することを優先と判断し、先を急いだ。

 湖はここにきた時同様、水上歩行スキルがあるので問題ない。水龍も今はいないからむしろ安全なくらいだ。だから俺は我先に避難しようとする住民たちでひしめき合う船着き場を無視した。だから俺は住民たちよりも後に驚愕する。その眼前の光景に。



 「うそ・・・だろ」



 俺は幻覚を見せられているのか?湖が・・・大陸最大のユトラ湖が・・・・・・凍っている!?・・・今は冬じゃないんだぞ。いや、冬でもユトラ湖が凍るなんて見たことも聞いたこともない。なのに、ユトラ湖一面に氷が張っている。こんな馬鹿げた事象が自然発生するわけない。それとも俺が自然の神秘を軽視しているだけか?それともこれは・・・人為的に行われた?神の御業ともいえる奇跡を。誰かが。・・・まさかあの小娘が?あり得ない。だがこのタイミングでこの異常事態。むしろ他に誰がいる?



 「こんなこと、魔王クロウリー様でも・・・」



 不可能。そう言いかけて慌てて口を噤(つぐ)む。今この場は俺しかいないが、こんな不敬な言葉を団長の前で口走ったら、問答無用で殺されてしまう。団長はクロウリー様への忠誠心が他の円卓メンバーと比べても並外れている。侮辱しようものなら、すぐに処断されるだろう。俺が加入する前、団員の一人が侮辱に近い言葉を冗談半分で言ったら、即座に団長が首をはねたとログさんから聞いたしな。

 そもそも俺、クロウリー様と直接お会いしたことないんだよなあ。団長の凄いところは何度も目にしたから尊敬してるけど、クロウリー様の活躍なんて人伝でしか聞いたことがない。ただ漠然と凄いんだろうなとしか感じられないのだ。・・・おっと、現実逃避している場合じゃなかった。これでは船など役には立つまい。水上歩行スキルすら必要なさそうだ。だが、落ちるのも怖いし念のため発動はしておこう。俺は用心深く、氷上へと降り立った。



 「・・・・・・本当に凍っている」



 自分の足で立って、改めて実感した。しかも予想してたより結構固い。周囲を見渡す。所々で氷の床が薄そうな場所はあるが、この瞬間にも氷の床は硬度を増している気がする。一時的なものではなく、効果が継続している?いったい、どうやって?魔法やスキルだけでは説明できない現象だ。



 「何者なんだよ、あの小娘」



 水龍を単独撃破したり、ユトラ湖全体を凍らせたり。あいつは神の化身か何かか?そのわりには訓練で手合わせした時もそうだが、アークワンドで戦った際も決して強くはなかった。むしろ弱い部類だった。負けておいてなんだが、もし俺が万全な状態なら二、三分で片付いただろう。・・・その程度のはずなんだが。切り札を隠し持っていた?それとも行方をくらませていた二年間で神に等しい力を手に入れた?その力には使用条件がある?・・・・・・団長に要報告だな。俺は氷上を駆けた。一刻も早く団長に情報を届ける為に。全力で合流地点へと急いだ。




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