第18話 一転
ああ、可哀そうに。
今年の贄は君なのか。
若く、美しいのに。
魔法の才能に優れた、未来ある少女なのに。
君の命の灯は、もうわずかで消えゆく運命。
ああ・・・なんと残酷。なんと理不尽。
しかし、誰にも抗えぬからこその運命。
受け入れよう。互いに。
せめて、君に苦痛のない終わりが訪れることを願うのみ。
さようなら、●●●●●。君は永遠になるのだ。
◇◆◇◆◇◆
朝から学園内が騒がしい。
「今年も・・・・・・」
「・・・まさか、本当に?」
「七不思議・・・・・・」
教室に向かいながら、通り過ぎる生徒たちのひそひそ話を拾い集める。・・・どうやら今年の贄とやらが選ばれたらしい。生徒が一人、忽然と消えた。なんの前触れもなく。
「間に合わなかったのか」
無力感に襲われる。
死霊術師が動く前に止められなかった。・・・攫われたであろう生徒はまだ生きているのか?・・・・・・用があるのは素材としての死体のみ。望みは薄いか?しかし、毎年毎年どうやってバレずに生徒を攫っているんだ?内部犯がいるのは確実。だが、目星が付かない。誰も怪しくないという意味ではない。誰もが怪しいのだ。誰が?どうやって?謎は深まるばかり。解決の糸口すら見えない。焦りが募る。
学園側の対応も少し気になる。毎年の行事のように教員たちは淡々と対応している。まるで慣れた様子で。もう少し騒いだり、行方不明になった生徒の情報を大々的に広め、目撃情報を収集したりしないのか?これではまるでいなくなってもしょうがない雰囲気だ。
生徒たちも口では怖いねと言いながらも、どこか他人事。来年は自分かもしれないのに悠長なものだ。・・・それともオレが、オレだけがおかしいのか?異物はオレの方なのか?そんな良くない方向に思考が沈みかけた時、不意に背後から肩を掴まれた。力が強い。だが敵意は事前に感じなかった。よほど急いでいるのか?誰だ?
「ラウラさん?」
振り返ったら知人である女傭兵がいた。だが、その表情はいつもより鬼気迫るものがある。殺気立ってさえいる。
「アーシャ殿、心当たりは?」
前置きもなく質問された。余裕が一切感じられない。いったい何事だ?心当たり?何に関することだ?まったく事態を飲み込めていないオレの困惑顔を見て、ラウラは
「・・・・・・ないのか」
呟き、落ち込んだ。肩を掴んだ手から力が抜けるのがわかる。
「ラウラさん、どうしたんですか?」
比較的クールキャラのはずが、今は見る影もない。切羽詰まった、追い詰められた様子に嫌な予感がする。
「・・・学園の生徒が一人、行方不明になった。それは知っているか?」
「ええ、噂程度には」
「・・・・・・プリエールだ」
「えっ?」
確かに聞こえた。聞こえたはずなのに反射的に聞き返していた。
「今年の行方不明者はプリエールだった。・・・寮の相部屋の生徒に聞いたが消灯以後は知らないらしい」
「・・・・・・・・・」
プリエールが、消えた。その言葉を脳内でしっかり嚙み砕き、理解するのに数秒を要した。
「・・・昨夜から朝にかけて学外の出入りは?」
おそらくラウラのことだ、同僚である傭兵仲間たちから情報は集めているはず。この学園の警備担当者にも。そして収穫がなかった。だから・・・最後の希望にすがるように、学内の知人であるオレの元に来たのだろう。
「・・・誰もいなかった。生徒も教員も。誰一人いない」
「・・・まだ学内にいる可能性が高いですね」
秘密の通路の類がなければの話だが。
「しかしどこに?確かに学園は広い。だが怪しいと思われる場所は探しつくした。警備担当の傭兵総出で。・・・・・・だが見つからない」
オレが呑気にしている間、ラウラは動き回っていたようだ。明らかに疲れている。 しかしこうなってくると冗談抜きで学外に通じる隠し通路があるかもしれないな。もしそれが存在するとして把握しているのは誰だ?
オレが知っている範囲ではこの魔法学園に秘密の通路とやらは存在しないはずだ。だが、増築された部分はさすがにわからない。学園の基礎となり、元々あった本館は除外していい。なら、増築された部分が怪しい。増築された東西南北の別館のいずれか。それらで怪しい場所はどこだ?まだ入学して二週間だが、一通り学内は歩き回ったので脳内マップは完成している。
東館、西館は秘匿される魔法技術関連の設備で、警備は一際厳しい。傭兵だけでなく、高レベルのゴーレム複数体が配置されているので、除外していいだろう。
南館は学園で唯一の出入り口。人々が行き交う場所で目立つ。それにそもそもラウラが言っていたな。出入りはなかったと。
ならば残るは迷路みたいに入り組んだ北館か。ここを集中的に探れば何かわかるかもしれない。
「ラウラさん、北館が怪しいです」
「えっ、北館?・・・出入口とは真逆だぞ」
学園の周囲には結界が張られている。唯一の出入り口は南館のみ。そこ以外から出入りを試みれば、すぐさま結界が異常を知らせる。侵入者、あるいは脱走者を。だが、それを知らせる警報はなかった。隠し通路があるとすれば北館以外ない。
「それに・・・北館も探索したぞ。それも入り組んでいるから念入りに」
「肉眼でのみでしょ?」
「・・・何か魔法的な偽装で欺かれたと?」
「その可能性は高いです」
魔法には人避けの類もある。魔法素養のない人間なら無意識でそれらを通り過ぎるようにさせるのは造作もない。・・・だが、そうなるといよいよ教員すべてが怪しくなってくる。あまりにも生徒の失踪に無関心。ラウラの言動から察するに、探索にも協力的ではなかったはず。・・・死霊術師との関係が気になるな。当初は取引相手程度と考えていたが、思ってたより根が深いか?最悪の事態を想定して・・・既に支配下にある?そう疑ってしまうくらい、学園内の統制がとれている。生徒たちがどこか他人事なのもそのせいか?
そう考えると警備担当の傭兵たちは比較的まともそうだ。ラウラの言葉通りなら探索にも協力的だったみたいだし。当てにしていいかも。
「もし人避けや幻覚魔法ならわたしがいれば見破れます。ラウラさん、北館に警備担当の傭兵を集めてください。出来るだけ人手が多いに越したことはない」
「わ、わかった。教員たちはどうする?」
「不要です。むしろ邪魔になる可能性すらあります」
「そうなのか?」
「はい。その方がプリエールの為です。信じてください」
今のところ根拠はない。証拠もない。それを説明する時間すら。
「・・・アーシャ殿を信じよう。すぐに集めてくる」
「ありがとうございます。わたしは一足先に向かいます」
「気をつけろ、アーシャ殿。誘拐犯がいても先走るなよ」
走り去るラウラの背を見送り、オレは足早に北館へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
北館は東館や西館と同様、研究用に増築されたのだが、専門的な技術開発をしており、半ば変人たちの巣窟と化している・・・らしい。そのせいか研究室の一つ一つが独立した形になっているらしく、研究者同士の交流は皆無。各々の研究室にこもりっぱなしというのも珍しくない。その為、北館は人通りも少ない。・・・隠し通路を作るにはもってこいの立地だ。
さて、ラウラが増援を連れてくる前に目星くらいはつけたいところだが・・・虱潰(しらみつぶ)しに探すか。北館は六階建て。一階から順番に探していく。
「行き止まりか・・・・・・ん?」
廊下の突き当りまで来たので引き返そうとした時、わずかな違和感を覚えた。言語化できないがこの壁、何か変だ。一見してただの壁だ。けど不自然だ。この感覚は何だろう?手を伸ばして壁に触れてみる。
「・・・・・・気のせいか?」
手触りは固い。材質は石。・・・試しに魔力をこめてみる。その直後、壁の材質が変化した。石から土へ、土から鉄へ、鉄から石へと様変わりしていく。数秒という短時間で、それを繰り返していく。
「やはり見落とされていたか」
間違いない、この反応。壁の一部に幻覚魔法が仕掛けられている。・・・かなりの高レベル魔法だ。おそらく上級。魔法素養がない人間では気付くことさえ出来ない。それほどの精巧さだ。だが、学園の教員なら気付けるはず。・・・きな臭いな。
なんだか嫌な予感がするのでオレはその場を離れ、ラウラが増援を連れてくるまで北館の入り口で待機する事にした。こういう時、一人で先走ると死亡フラグが成立しそうなので慎重に行動する。
待機してから時間にしておよそ二十分経過した頃。ラウラが警備担当の傭兵五人を連れてやってきた。オレを含めて計七人か。まあ、調査には充分な人数だろう。
「アーシャ、見つけたのか?」
ラウラがやや息を乱しながら聞いてくる。どうやら人を集める為に走り回ってきたようだ。とりあえず成果はあったと伝えよう。
「はい、怪しそうな所を見つけました。今から案内します」
先導して案内した先は、違和感を覚えた突き当りの壁。
「・・・ここがそうなのか?」
ラウラを含めた六人の傭兵が周囲を見回す。誰もが怪訝そうな表情を浮かべている。どうやら適当なことを言っているのではと怪しまれてるみたいだ。ふむ、こういうのは見せた方が早いな。オレは自分が使える下級の幻覚魔法で、壁に仕掛けられた魔法を上書きする。
「これは!?」
傭兵たちが驚いているが、構わず幻覚魔法を続行。他者によって幻覚魔法を上書きされると、術者同士のイメージが反発し合い、偽装された壁が形を維持できなくなる。こうなれば簡単で、幻覚魔法は勝手に消滅していく。あとに残るのは・・・隠された通路のみ。
「あんなにも精巧な魔法が跡形もなく・・・」
「魔法ってすごいんだな」
傭兵が口々に感心している。魔法学園に雇われているのに魔法には疎いようだ。興味がなければそんなものか?
「・・・この先にプリエールを誘拐した者がいるかもしれない。全員、気を引き締めろ」
ラウラの忠告に皆が頷く。
「よし、行こう」
ラウラが先導する形で隠された通路へ足を踏み入れる。さて、この先には何が待っているのやら。鬼が出るか蛇が出るか。どちらにせよ、ろくでもない奴がこの先には待ち構えていそうだ。そんな予感がする。
そして・・・その予感は当たった。通路の先の広間にソレはいた。四本の腕。それぞれの手に赤い片手剣。双頭。オレはその姿を視認した瞬間、先頭にいたラウラの肩を掴む。既に溜めた状態での待ち伏せ。間に合うか!?
「アーシャ殿?」
何か聞き返そうとするラウラを無視し、勢いそのままに地面へと押し倒す!すまん、助けられるのはラウラだけだ。他は無理だった。直後に真上を何かが通り過ぎた。
「がっ!?」 「ぎぃ!!」 「ぐぅ!」 「げぇ!!?」 「ごっ・・・ふ??!」
聞こえたのは五人分の断末魔。見上げれば・・・五人の上半身と下半身が真っ二つ。少し遅れて飛び散る大量の血液。五人分の血。それは瞬く間に地面を染めていく。
「な、なにが?」
狼狽するラウラをよそに、瞬く間に五人の傭兵を切り裂いた化け物がこちらを興味深そうに見ている。おそらく、今の一撃で全員片付けるつもりが出来なかったことへの疑問が尽きないのだろう。普通なら全滅だった。オレという例外がいなければ。
「かなり高レベルの魔物のようです」
ラウラを庇いつつ、次の攻撃に備えて態勢を少しずつ整える。
化け物の双頭の顔面部には単眼のみ。右の頭部は蛇のような縦長の瞳孔が動かずにジッとこちらを見つめている。左の頭部はヤギのような横長の瞳孔であちこち忙しなく動いている。こうして見るとかなりアンバランスだ。しかしそれが不気味さをより一層引き立てている。・・・こいつは確か銀狼が提案した魔物だったな。名称はドルーロスだったか。やっぱりアイツは独特なセンスしてるわ。
「こんな魔物知らないぞ。少なくともこの辺には生息していない」
ラウラにとっては未知の生物らしい。オレも実物を見るのは初めてだったかな?
「さしあたって、隠し通路の番人ってところですかね」
死霊術師の配下か?・・・アンデッド種には見えないが。もしかして別件?なんだか事情が複雑そうだ。配置的に後ろの扉を守っているみたいだし。あの先に進めばわ分かるか。
「・・・・・・・・・」
静かに四本の剣を構えたドルーロス。先に進ませる気は欠片もないらしい。
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