第17話 学園生活


 表向き、魔法学園に身分の差は関係ない。貴族だろうと平民だろうと皆等しく一人の生徒だ。ここでは純粋に魔法の資質のみが求められる。素質ある者は更なる高みに。素質なき者は去るのみ。実に単純で、それゆえに一切の誤魔化しを許さない指導内容だ。

 魔法学園は魔法都市内でも独立した機関である。魔法技術、研究内容の漏洩を防ぐためにも、一定の独立性を認められている。その為、学園のトップである学長の権力はとても強い。おそらく、魔法都市のトップである首長に匹敵する程に。その理由の一つには、学長が水龍の契約者であることも決して無関係ではない。

 学園には独自の予算すら存在する。首長といえど触れられない聖域だ。しかもその大部分を他国から調達しているのだ。大陸の四大国すべてから。出資という名目で資金を集め、日々魔法技術の研鑽に努める。だからこそ、表向きは清廉さを求められる。故に、学園では軍事・・・特に兵器関連の研究は基本的には禁止されている。

 学園はただ純粋に魔法技術を高める為の施設にして機関。少しでも人々の生活に役立つ魔法、便利な技術を生み出さんと研究員は働き、生徒は学ぶ。そのための場。だからこそ最先端技術が集まる。だからこそ凡人はいらない。だからこそ魔法学園に入学できる者は少ない。優秀な人材のみが入ることを許された狭き門である。

 一年ごとに受け入れられる生徒の数は決まっており、毎年四十人まで。入学希望者はその数十倍はいるが、定員を超えることは非常に稀である。その為、想定外の四十一人目には誰もが認める力を見せつけなければいけない。それは純粋に膨大な魔力量であったり、失われた古代知識であったり、緻密な魔力操作でも良い。ある意味、これから学園で学ぶであろう生徒には不可能とされる試験内容が突きつけられる形だ。しかし・・・ごく稀にいるのだ。それを軽々と突破する者が。

 例えば魔神クロウリーを封印した立役者の一人、『魔聖』ディースや、千を超える魔法を使いこなした『大賢者』エギルなどがその一例。だからこそ、定員を超えた生徒には誰もが注目する。本人の意思に関係なく。



 「・・・・・・そんな設定しらんがな」



 何度目か忘れたが、思わず小声でぼやく。そう、何を隠そう今年の定員超え、イレギュラーこそオレことアーシャだ。学園始まって以来、史上六人目の快挙らしい。そんな想定外の生徒は周囲の好奇の視線に晒され、時には嫉妬される。こうして廊下を歩いているだけでも。しかし・・・魔法学園の制服には慣れないな。丈が長めとはいえ人生初スカートだけに歩き方がどうしてもぎこちない。こんなフワフワしたもんでよくもまあ軽快に歩けるもんだ。今なら世の中の女性すべてを尊敬できる。

 それはともかく、突破は困難とされる定員超えの試験。それを乗り越えたオレに、壮齢の女学長が微笑みながら語りかけてきた事を思い出す。


 「これから色々と大変かもしれないけど、頑張ってね。未来の英雄さん」


 当初はその言葉をあまり真面目に受け取らなかった。せいぜい今後も精進しろ程度だろうなと思ったぐらいだ。だがそれは入学早々、勘違いだったと気付いた。あれはお世辞ではなく、忠告だったのだと。・・・時すでに遅し。事前の心構えもないオレはこうして幾つもの好奇と悪意に晒されている。

 こんなに目立つ予定ではなかったんだが。むしろ目立つと困る。オレはここに潜入調査に来たのだから。こんな事になるんなら、軽いノリでプリエールにわたしも魔法学園に入学できないかなんて聞くんじゃなかった。

 駄目で元々、聞くだけ聞いた。それだけのはずだった。なのにプリエールと、同席していたラウラがそれを待っていましたと言わんばかりに強烈に推し進め・・・とんとん拍子で話が進んだ。・・・プリエールは気心知れたオレが同級生になることを望んだ。それはわかる。だがラウラは?思惑が読めない。

 とにかく、こんなイレギュラーな生徒に話しかけてくる物好きは稀だ。大抵は遠巻きに見てるだけ。そんな例外の一人が、声をかけてきた。



 「アーシャさん」



 同時期に入学し、オレがいなければ間違いなく世代の代表になっていたプリエールだ。

 全般的に黒くて地味なはずの魔法学園の制服が何故か華やかに見える。同じ制服のはずなんだが不思議なものだ。着ている人間が違うだけでこうも印象が変わるものなのか。入学時に髪型も変えたのか、伸ばしっぱなしだった淡い桃色髪は後ろ髪を束ねて結び、肩の前に垂らしている。どちらもよく似合っている。

 今の姿を見ればかつての田舎娘の面影はなし。短期間で垢抜けした。見事に適応し、化けた。話を聞けば何でも寮の同室の子にオシャレ指導されたらしい。(ちなみにオレもオシャレ指導に誘われたが丁重に辞退した)

 まさに原石。磨けば光るとはこういう事か。その効果もあってか入学当初から周囲の人付き合いは円滑らしい。もちろん本人の人望や魔法の才能あってのものだが、遠目に人だかりが見えたらその中心には常にプリエールがいるくらいだ。

 上級生の間でも広く知られており、知名度は抜群。学園内に熱烈な信奉者すら既にいるらしい。生まれ持ったカリスマ性というやつか。オレとは大違いだ。

 短い期間で半ば学園のアイドル同然のプリエールに呼び止められたオレは、当然立ち止まる。



 「プリエールさん。どうしたの?」



 「えっと、これから魔力の操作効率を改善する講習があるんだけど、アーシャさんも一緒にどうかなって。あくまでドルクス先生の自主参加者を募るものだから単位とかは関係ないんだけど、勉強にはなると思うんです!」



 お、おう。随分と熱心だな。・・・ドルクス、ね。確かキラの怪しい人物リストの一員だったな。平教員だから優先度は低いが、いい機会か。

 それにしても相変わらずだな、プリエールは。攻撃魔法は未だ苦手みたいだが、回復・補助魔法に限定すれば学園内でもトップクラスなのに精進を怠っていない。こういう所を見習わないとな。



 「それじゃあ、ご一緒させてもらおうかな」



 「は、はい!」



 嬉しそうに返事するプリエールの姿は微笑ましい。友達も多いだろうに、孤立しがちなオレにまで気を遣ってくれるとは心優しい少女だ。マジで聖女みたいだな。時々、NPCであることすら忘れてしまうくらいの自然な気遣いに、オレは改めて感嘆した。

 仮想世界の恋愛アドベンチャー関連には食指の動かなかったオレでも、なぜあのジャンルに一定の需要があるのか今更ながら理解できた。これはハマるわけだ。

 リアルではそうそう体験も体感も出来ない自尊心が満たされる感覚。それほどまでにこちらのツボを的確に刺激してくるNPC達。・・・これじゃあリアルで恋愛できねえよ。出来たとしても、ここまでの満足感は得られまい。恐るべきはAIか。

 そんな末恐ろしい一面を持つプリエールに連れられてきた教室には、既に十数人の女子生徒がいた。男子は一人もいない。この時点で少し嫌な予感はしていた。・・・ドルクスの講習を受けていてそれは確信に変わる。

 こいつ、女子生徒を情欲のこもった目で舐めまわすように観察している。ぱっと見は爽やか教師を装っているが、同性のオレにはわかる。そして・・・どうやら認めたくないが、オレもその対象の一人のようだ。じっとりとした視線を感じる。気のせいだと思いたいが確認のため、その視線の主を辿ると目が合った。相手はもちろんドルクス。向こうがニコリと笑いかけてきた。思わず鳥肌が立ち、視線を逸らす。うへえー、キモい。好意を微塵も抱いていない相手からアプローチされる女心が少しわかった気がする。今後も出来れば近寄りたくない人間の一人だが、身辺調査だけでは限界もある。人となりを知るには直接、会話しなければわからない事もある。一対一は遠慮したいが、今回限りだと我慢するか。

 人間性はともかく、講習の内容はまともだった。ドルクスの理論通り、あれなら魔法も効率的に無駄なく使用できる。それに教え方もわかりやすい。内面はアレだけど、教師としては優秀みたいだ。ドルクスの視線以外は特に問題なく、無事に講習が終わり数人の女子生徒がドルクスへ質問しに周りに集まる。



 「ドルクス先生、さっきの効率化する際のここがわからなくて・・・」



 「先生、私もそこがちょっと引っかかっていて・・・」



 「ドルクス先生は休日、何をして過ごされているんですか?」



 純粋な疑問から質問する者、ドルクスの関心を自分に向けようとする者、ただの好奇心。実に様々な思惑を持った女子生徒たちを相手に、ドルクスは律儀に応えている。

 あの強固な壁をこじ開ける気力は毛頭ないので席に座ったまま待機。ドルクスが一人になるのを気長に待つ。そんなオレの姿を不思議そうに見つめているプリエール。いかん、意図せず悪目立ちしている。ここは一旦、寮に戻るか。ドルクスと会話するチャンスは今後もあるだろうし、無理することはない。すぐに席を立ち、教室を後にする。



 「大丈夫、アーシャさん?講習が終わってからしばらく座ったままだったけど」



 背後から、気遣うようにプリエールが声をかけてきた。よく見ている。オレは何事もなかったかのように振る舞う。



 「うん、大丈夫。ちょっとドルクス先生の理論を自分なりに解釈してたらいつの間にか講習が終わってて。集中すると周りが見えなくて」



 あははっと、我ながらわざとらしい笑い声。苦しい言い訳だ。だが、プリエールはそれ以上は踏み込んでこなかった。・・・助かった。プリエールの真っすぐな目は全てを見透かしてそうで居心地が悪い。嘘をついたり、誤魔化したりすると特に。

 別に悪いことしてるわけじゃないんだが、後ろめたい心情になる。おのれドルクス、お前のせいで嫌な気持ちになったぞ!我ながら理不尽な八つ当たりをしつつ、オレは寮の自室へと戻った。




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