第19話 偽神


 四方八方に剣が舞う。四本の腕が自在に動き、あらゆる物を斬り飛ばそうと迫ってくる。人も、物も関係ない。等しく斬る。感情など感じさせない動き。しかも正確。まるで機械のようだ。

 右の頭部は蛇のような目でオレを見ている。まばたきもせず、ジッと固定化している。左の頭部はヤギのような目でラウラを見ている。一時たりとも瞳は止まる事なく動き続け、ラウラの一挙手一投足に注視している。それぞれの頭部が目の前の敵に集中している。隙がない。実質これは二対二だな。

 一旦、間合いをとるため後退する。追撃はなし。・・・扉を守るのがメインだから、守備を優先した動作だな。だが、油断していると・・・アレが来る!



「しゃがんで!」



 ラウラに対して警告のため叫ぶ。五人の傭兵を一撃で肉塊にした飛ぶ斬撃。何とかそれをしゃがんで回避。ラウラは・・・よかった、無事か。

 飛ぶ斬撃は威力は凄まじいがその分、発動までの溜めがある。初撃は待ち伏せで間一髪だったが、事前に分かっていれば余裕をもって回避は可能だ。牽制のため、ファイアーボールを放つがあっさりと斬られ爆散。下級魔法では威力不足か。かといって近接戦でやり合うには骨が折れる。・・・キラに比べればやや劣るくらいか?



 「そう考えれば、やれなくはないか」



 充分に脅威だが、勝てないほどではない。



 「ラウラさん、ヤギ目の方の注意を引いてくれますか」



 どう戦うにせよ、敵の意識の分散はありがたい。双頭でも胴体は一つ。四本腕も半分受け持ってもらえれば格段に負荷は減る。



 「わかった、任せてくれ」



 オレの要請を無条件で受け入れてくれるとは気前がいい。その期待には応えないとな!

 ヤギ目の方はラウラに任せ、蛇目の方のヘイトをオレに向けさせる。右半身側の剣二本がオレの担当。よし、狙い通り攻撃範囲が絞られた。先ほどまでに比べれば段違い。敵の一撃一撃を無理なく対処できる。だが、それで油断はしない。いや、出来ない。相変わらず繰り出される斬撃は正確で、何度か危ない攻撃を紙一重で避けたり、剣で受け止める。交わる剣と剣。そのたびに重い金属音が響き渡る。剣を握る手には衝撃が蓄積し、痛みが残る。さて、どちらが先に壊れるかな?



 「ふっ!」



 鋭い呼気と共に繰り出したオレの三連続の斬撃を、ドルーロスが難なく正面から受け止め、防ぐ。直撃はなし。だが・・・オレの待ち望んでいた効果は目に見えて表れる。右半身側の剣が一本、折れたのだ。ドルーロスは慌てることなく残った方の剣でオレに斬りかかってくる。オレはその一撃をあえて真正面から剣で受け止めた。重い衝撃。そして確かな手応え。よし、成功だ!



 「!?」



 ドルーロスの顔面部に表情はなく、単眼しかないが、驚愕しているのは手に取るようにわかる。逆の立場ならオレだって驚くからな。そしてオレはその隙を逃す気はサラサラない。その見開かれた蛇目を目掛けて剣を突き刺す!



 「!!??」



 頭部まで貫通した。確かな手応え。双頭の片方は潰した。

 ヤギ目の方に影響は・・・ない。まあ、双頭だから別個体扱いか。だが、半身は死んだも同然。このまま押し切る!ラウラもここが勝負所と確信したのか、攻撃の勢いが増した。明らかに劣勢に追い込まれる左半身。オレはその間に無手になった方の右半身側の腕を容赦なく切り落とす。ついでに足も。それが決定打だった。

 バランスを大きく崩したドルーロス。直後にヤギ目の方の単眼を、ラウラの剣が深々と突き刺す。断末魔をあげることなく、ドルーロスはそのまま地面へと崩れ落ちた。



 「はあ、はあ、はあ・・・・・・やったな、アーシャ殿」



 肩を上下に動かし、苦しそうに呼吸しているラウラが勝利を祝う。



 「ええ、ラウラさんのおかげです」



 オレの言葉に、ラウラが苦笑する。



 「謙虚だな、アーシャ殿は。どう見ても君のおかげなのに」



 「お互いの協力、連携あっての勝利ですよ」



 「・・・やれやれ。とりあえずはそういう事にしておこう」



 よしよし、武器破壊スキルが良い感じに刺さったな。このスキル、成功率が低いのが難点なんだが、今回は比較的早めに成功したな。オレの手が壊れる前でよかった。運がいい。・・・一対一だったらもっと苦戦しただろうな。あの四本の腕で一気に襲い掛かってこられたらきっと対処しきれなかっただろう。本当にラウラ様様だ。



 「アーシャ殿、見るからに怪しい扉がある。・・・あの向こうにプリエールがいると思うか?」



 ラウラの問いは、そう願っているように聞こえた。状況的にドルーロスはあの扉を守っているように立ち回っていた。あの扉の向こうには守るに値する何かがあるのは確かだろう。それがプリエールかは・・・わからない。



 「行きましょう。答えは扉の向こう側にあります」



 明確な返答は避け、ラウラを促す。



 「・・・そうだな。よし、行こう」



 ラウラと共に扉へ近付く。・・・・・・とりあえずざっと見た感じ罠が仕掛けられている痕跡はなし。扉の守りは番人であるドルーロスに丸投げしていたのだろう。警戒しながらも扉を開けると・・・・・・・・・そこにはキラがいた。



 「「なんでここに?」」



 奇しくもオレとキラの発言がハモった。意味がわからない。なんでこいつがここに?キラも同じ疑問を感じているらしい。本当に驚いている様子だ。



 「・・・アーシャ殿、知り合いか?」



 「え、ええ、まあ。一応。・・・協力者です」



 嘘ではない。ラウラはキラを心底、胡散臭い奴を見るような目で見つめている。それよりもここは・・・外?

 視界の少し先にはユトラ湖が広がっている。湖の青が目に痛いほどに映えている。あの隠し通路は学園と外とを繋ぐ抜け道だったのか。結界をすり抜ける為の。そしてここから色々と搬入、もしくは搬出していた?・・・番人であるドルーロスは倒してしまったし、もうここは使われないだろうな。いや、ここしか行き来できなければ強行突破してでも来るか?どちらにせよ、このまま放置など出来ない。



 「小娘、進展もしくは収穫はあったか?」



 ラウラの視線など気にも留めず、自分が聞きたいことだけを聞いてくるキラ。あいにく、その期待に応えられる成果はない。



 「この状況が進展といえば進展かな」



 学園内外を自由に行き来できる道は見つけた。だが、キラが欲しがっている死霊術師に関する手がかりはなし。プリエールも未だ行方不明。・・・ここから外へと連れ出されたのはほぼ確実だろう。だが、次はどこへ運ばれた?おそらくまだアークワンド内にはいるだろうが、皆目見当がつかない。・・・・・・ドルーロスに殺された警備担当5人の件もある。発見した隠し通路も含めて一旦、学園長に報告した方がいいだろう。



 「ラウラさん、今回の一連の騒動を学園長に伝えてくれますか」



 「・・・わかった、あたしのほうで報告しておく。アーシャ殿も学園に戻ってくれ。これ以上の迷惑はかけられない」



 「ええ、彼と少し話したら戻ります」



 何か言いたそうに口を開きかけたラウラだが、キラを胡乱な目で見て・・・しばらくして何かを諦めたようにため息を吐くと、この場を去っていく。・・・表面上は気丈に振る舞ってはいたが、プリエールが結果的に見つからず無念そうだ。



 「キラ」



 「なんだ?」



 「どうしてここにいた?」



 「忘れたのか?俺は俺で学園の外から調査すると言っただろう。端から端まで怪しそうな場所を探ってたんだよ」



 その結果が今に至るか。



 「ここら辺の・・・扉周辺の痕跡を調べられないか?」



 「ふむ・・・」 



 オレが指定した場所を、キラがゆっくりと観察していく。幸い、地面は土だ。靴跡は複数あるが、痕跡は残っている。



 「・・・・・・真新しい靴跡は俺たちを除くと三つ。そのうちの一つはさっきの女傭兵。もう一つは・・・靴跡が深い。大きさから推測して男か。体重は重い、もしくは重い荷物を持っていたか。最後は・・・中肉中背の女か小柄な男ってところか?移動した方向は・・・都市の外れだな」



 やはりスカウト兵として優秀だな、キラは。・・・手に入った情報内容はあまり嬉しくないものだったが。



 「・・・行き先は曖昧だな」



 アークワンドは都市内の至る所に水路がある。おそらくプリエールを攫った犯人もそれを使っているはず。さすがのキラでもこれ以上の追跡は不可能だろう。手がかりはなし。完全に見失った。



 「それで?死霊術師に関する情報はなしか?」



 今度はこちらの番だと言わんばかりに、キラが急かしてくる。さっきの報告は、はぐらかされたと思ったらしい。任務に熱心な奴だ。



 「進展も収穫もなし。・・・学園の内外を繋ぐ扉を守っていた番人はアンデッド種ではなかったから、今回の騒動には関係ないかも」



 「・・・番人?どんな魔物だった?」



 「双頭で二足歩行。四本の腕。それぞれの顔面部には蛇とヤギの単眼のみ。不気味な外見だったけど、アンデッド種ではないね」



 「なんだそれは?聞いたことも見たこともないぞ、そんな魔物」



 キラにも心当たりはないか。オレもドルーロスがどこに生息してるかなんて知らないしな。別大陸か?これはいよいよ銀狼が何らかの形で関わっている?



 「学園の隠し通路に、謎の魔物か。怪しいな」



 誰にもバレず、秘密裏に学園内外を行き来できる。おそらくだが、今まで失踪した生徒もここから運び出された可能性が高い。しかしどこへ?

 人間一人を消失させるなんて結構な手間と時間が掛かるはず。学園の外へ運び出し、都市内へ運ぶのは目立つ。生かすにしても殺すにしても、だ。それでも学外へ運ぶのは何故だ?その理由は?



 「ふん、元から全てが怪しいだろう」



 キラが吐き捨てるように断言する。・・・口調が普段より荒い。嫌悪してる?魔法学園を・・・いや、都市そのものに?



 「何を根拠に怪しいと思うんだ?」



 あえて突っ込んでみる。お前、何を知っている?



 「気付いてないのか、この都市の醜悪さに。鈍感な感性だな、おめでたい」



 この際、皮肉は聞き流す。



 「醜悪?」



 何を見てそんな結論に?活気のある都市だとは感じた。・・・キラには何が見えて、オレには何が見えていないんだ?



 「醜悪では足りんな。邪悪だ。アレの為にニエをせっせと用意し、ありがたいと感謝し、崇拝している。さながら都市そのものがアレの箱庭・・・いや、家畜小屋か」



 箱庭?家畜小屋?誰にとってのだ?



 「まだわからないのか?・・・ヒントをやる。アークワンド内で一年で何人が行方不明になっていると思う?11人だ」



 「一年で・・・11人?」



 「種族は問わず、月換算で一人はこの都市から人が消えている。忽然と。・・・さて、学園の生徒は毎年、一人は必ず行方不明になる」



 ・・・・・・つまり、毎月一人ずつ。一年に12人が失踪してる?それって多いのか?少ないのか?



 「この規模の都市人口なら、さほど珍しくはない。だが、定期的に一人。しかも魔法素養に優れた者ばかりなら珍妙な事この上ない」



 「・・・まさか」



 この都市そのものが、贄の選定所になっている?そう言いたいのか。キラはなおも事実のみを突き付けてくる。



 「調査してわかったが、どうやら死霊術師はそのお零れに群がっていただけらしい。どさくさに紛れて動いていただけ。対等な取引相手ですらない。・・・明らかに奴の方が格下だ。アレに比べれば、な」



 魔王クロウリーの直属配下である円卓の一員が格下。さすがにここまでヒントをもらえば、オレにだってアレの正体には気付く。



 「いや、しかし・・・アレは魔法学園の学園長と契約してるはず」



 「お前は、その契約内容を知っているのか?」



 「・・・・・・・・・」



 知らない。知れるはずもない。契約した当人たちにしか、それはわからない。



 「アレが人間の命令に素直に従うと思うか?何の見返りもなく?・・・ありえん。断言できる。アレは人間など食料程度にしか見ていない。アレは一種の荒ぶる天災そのもの。人間などに制御できるわけがない」



 「・・・・・・学園長だけでなく、都市の首長すらもグルなのか」



 都市からもニエを提供しているなら、首長も共犯だ。



 「違う」



 「えっ?」



 「都市そのものだ」



 「都市・・・そのもの?」



 意味がわからない。



 「あえて言うなら、この世界を創ったとされる創造神とやらが、この都市を誕生させた当初からわかっていた事だ。こうして破綻する未来を」



 都市が誕生した当初・・・から?



 「アークワンドは大陸最大のユトラ湖に囲まれた都市。中立を保つ為には恵まれた立地だが・・・神とやらの管理が雑になったら、ペットはどうすると思う?」



 「・・・自分の住み心地がいいように、環境を好き勝手に整える?」



 「ああ、実際その通りにしたんだろうな。それが現状に繋がっている。・・・神のペットは世界でトップクラスの力を持っているんだ。その要求に屈するほかない。それが、それだけがこの都市が生き残るための唯一の手段。選択肢など最初からない。無論、喜々として従ってはいないだろうが、今はどうだろうな?どこか遠くに行ってしまった創造神より、そのペットの方がよほど神扱いされている。下手したら創造神より崇拝されてるかもな」



 くだらないとばかりに、面白くもないだろうに空笑いするキラ。



 「・・・・・・そういう声が多かったのか?」



 それが、この都市の住民の大半の意見なのか。



 「むしろそれしかない。教祖どころではない。神そのものだ。アレはまさしく神に成り上がったんだ」



 毎年、魔法素養に優れた子供たちを大陸中から集める本当の目的は、神が満足する為の贄の調達か。



 「その自称神とやらはよほどのグルメらしいな」



 気持ち悪い、吐き気がする。



 「ああ、随分と選り好みしている。・・・今のペースでいつまでもつやら」



 「用意できなくなった時、自称神様はどんな要求をしてくる?」



 「さて?腹いせに都市そのものを沈める・・・なんて短絡的なことはしないだろう。魔法素養に優れたという条件を外し、ニエの数を増やせと要求するのが現実的か」



 ああ、なるほど。そんな未来が容易に想像できる。質から量への転換か。確かに、手っ取り早い。



 「まさしく神の箱庭。生かすも殺すもご自由に、か」



 その大元の原因を作った元凶がオレとは、何たる皮肉。創造物は創造主に似るとでも言いたいのか。・・・・・・・・・責任を取らないとな。こんな地獄のような環境を創造したオレが、オレ自身が。



 「一つだけ聞きたい」



 「なんだ、小娘?」



 「自称神様とやらが消えれば、この都市は正常な状態に戻れるのか?」



 「ありえん仮定の話だが・・・無理だな」



 返答内容は無情だった。



 「なぜ?」



 支配する自称神とやらがいなくなれば、万事解決じゃないのか?



 「アレがいなくなれば、この都市は周辺国に攻め込まれる。そういう土地なんだ。それは避けようのない未来だ。その状況を、自称神とやらが無理矢理制止しているだけ。いなくなればアークワンドは容赦なく蹂躙される。・・・だからこそ、都市の住民は偽りの神でも守ろうとするだろう。たとえどんな理由があろうとも」



 「・・・・・・歪んでいるな」



 どうしようもなく歪んでいる。



 「この都市の始まりから、歪んでいたんだ。正しようもない」



 ・・・いずれの大国によって制圧されるのはマシな方の未来。もっと酷いのは大国同士の泥沼の戦争。下手したら大陸中を巻き込む大戦か。そういう立地なんだな、このアークワンドという都市は。なら・・・滅ぼすしかない。

 誰もいらない。必要ない。そう判断される土地になれば、誰も争わない。最先端の魔法技術は失われるだろうが、いずれまた、時を経て誰かが開発する。そう願おう。

 やる事は決まった。あとは行動するのみ。



 「キラ、自称神様に会うにはどうしたらいいと思う?」



 「唐突だな。・・・さて?敵意をもってユトラ湖を汚すか。または上等な生餌となって釣りだすか。どちらかだろうな」



 前者は心理的に嫌だな。後者でいこう。・・・この際だ、キラもとことんまで巻き込んでしまおう。



 「キラ、神殺しを手伝ってくれないか」



 「・・・・・・寝言は寝て言え、小娘。冗談でも笑えんぞ」



 まあ、そう言われるだろうな。けど、オレは構わず話を続ける。



 「直接戦うのはわたしだけ。その間、他の誰にも邪魔されないようにフォローしてくれるだけでいい。一緒に戦えとは言わないよ」



 「狂ったか、小娘?」



 真剣に言われているな。けど、オレは正気だ。



 「正気だよ。至って正気。・・・いや、少しだけ狂ってるかも?」



 思い直すようにそう答えて、思わず自分でも笑ってしまった。なんせ・・・今のオレは都市一つを滅ぼそうとしているんだから。




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