第14話 邂逅


 オレは運が良い。素泊まり専用のボロ宿ではあるが空室があったので寝床を確保できた。隣人のいびきすら聞こえるほど壁は薄いが、屋根があるだけマシだ。この際、贅沢は言えない。・・・ラウラに宿泊先を聞かれたので答えたが、暇があったら場所を変えたほうがいいかもな。いや、仮に変えたとしてもラウラは都市に詳しい傭兵だ。すぐにバレるか?

 なんか色々と探られてる感じがしてモヤモヤすんだよなぁ。完全に振り切るには都市を出るしかないだろうし。さっさとプリエールを学園に送り届けて残りの報酬もらって出ていくか。・・・・・・別に今すぐでもいいか?しかしこの魔法都市内を少し歩き回りたい気持ちもある。オレが知らない、NPC達だけでデカくしたこの都市を。

 今はもう夜が更けて外は暗くなってる時間帯なのに、窓の外は煌々と照らされている。下手したら現実世界の地方都市なみの明るさだ。文明レベルが明らかに他とは違う。むしろここだけ別次元。進みすぎだ。それを成し遂げたのがNPC達の独力だと思うと感動を通り越して恐怖すら覚える。現代知識があるオレよりも賢いNPCがいるのは確実。・・・どんなNPCなんだろう。少し興味がある。会ってみたいな。

 窓の外は未だ喧騒があり、賑やかだ。あの建物の明かり一つ一つに人の営みがあるんだな。道を行きかうNPC達にもそれぞれの人生が。・・・・・・ここはもう、オレだけの仮想世界じゃない。しみじみとそう実感した。

 その後、女一人で寂しいだろうと知らない男が部屋に押し入ってきたので返り討ちにして窓から放り捨てた。ここは二階だが、まあ大丈夫だろ。多分。仮想世界にも変な奴はいるもんだな。

 翌日。出かける際にすれ違ったボロ宿の主人の顔が引きつっていたが何かあったのだろうか?少し気になったが、今はプリエールの体調の確認をする方が優先度は高い。そのまま立ち止まることなく、ラウラの部屋へと向かった。



 「昨日はご迷惑をおかけしました」



 ラウラの部屋に到着早々、深々と頭を下げたプリエールの謝罪でお出迎え。予想もしてなかった対応に面を食らったので思わずたじろぐ。こういう場面では、どういう対応が正解なんだ?反応に困る。助けを求める形でラウラに視線を向けるが・・・ラウラも困り顔だ。えーっと・・・とりあえずは慰める?



 「気にしないでいいですよ。困ったときはお互い様ですし」



 「いえ、恩人であるアーシャさんにまた面倒ごとを押し付けたみたいで・・・ごめんなさい」



 面倒ごと?・・・ああ、宿泊先の確保のことか?別に気にしなくてもいいのに。律儀と言うべきか、純粋と言うべきか。さて、見た感じプリエールの体調は良いみたいだし、このまま流れで学園に送り届けてもいいが・・・それじゃあドライすぎるか。少しばかり重い空気を無くすためにも、ここはプリエールの気分転換がてら、都市でのお買い物を提案するかな。

 オレの提案に居心地悪そうだったラウラが即座に賛成。プリエール自身、この都市に慣れた方がいいという事で、身の回りの雑貨品やらを買いそろえる名目で街に繰り出す。提案者であるオレの同行は必須のようで、プリエールに半ば強引に腕に抱きつかれて連行。・・・やれやれ、顔だけ見せてさっさと立ち去るつもりだったんだがそうはいかないらしい。さっきの重苦しい謝罪はどこへやら。こうも楽しそうなプリエールの笑顔を見ていると、その手を振り払うことは出来ない。仕方ない、一日だけ付き合うことにしよう。プリエールとラウラに付き添う形でアレコレ買い物をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。

 この魔法都市アークワンドは珍品揃いで飽きさせない。オレも知らないアイテムが幾つかあったぞ。あんな物、いつ追加されたんだろうか。なかには性能はポンコツだけど宝具級の防具すらあった。いかんな、増々この都市が気に入ってしまう。しばらくはここを拠点にするのもアリだなと一瞬、頭をよぎる位には。



 「何だかここに慣れてしまったら、他の都市では生きていけないかも」



 「そうですね。ここの便利さを知ると他の不便さが許せなくなるかも」



 プリエールが冗談半分に口にした言葉に、オレは激しく同意する。アークワンドはそれほどに利便性が・・・・・・・・・良すぎる。怖いほどに。この都市が人口過密状態になる理由の一端が見えた気がする。

 昨夜も感じたが、この都市だけ文明レベルが高すぎる。これでは、ここに一度でも来てしまったら他の都市では満足できなくなる。ここはまさに、魔性の都市だ。人々を魅了し、堕落させる。現実世界の感覚があるオレでこうなのだ。他の住民は・・・離れるという考えすら脳内から消えるだろう。アークワンドの首長は悪魔か?会ってみたい気持ちが一瞬でなくなった。現実では一介の学生に過ぎないオレには太刀打ちできない化け物だぞ、きっと。



 「どうしました、アーシャさん?なんだか顔色が悪いような・・・」



 「い、いや。少し人波に酔ったかも?少し休めば治るよ」



 過度に心配するプリエールを宥め、オレは適当に座れるベンチを探し、そこに腰を下ろす。ラウラが気遣うように何か冷たい飲み物でも買ってくると去っていく。その背中を見届けつつ、プリエールが隣に座って相変わらずオレを心配そうに見つめている。・・・やけに距離が近い。同性同士だとこんなものか?他者に依存しやすい性質とか?これから先、魔法学園の寮生活を送るだろうに、この調子で大丈夫かなこの娘。何だかこちらが心配になってきた。かと言って、オレが学園までついて行く理由もないしな。・・・一人で生きていけるよう、逞しく育つのを期待しよう。人って環境に適応する生物だしな。



 「大丈夫だから・・・」



 プリエールを安心させる為にも、大したことないと言おうとした言葉を飲み込む。同時に呼吸を整え、一息に立ち上がり、剣を抜いて迫る凶刃からプリエールを守る。鈍い金属と金属のぶつかる音が、人混み激しい道に場違いなほど響き渡る。一般人が行き交うこんな場所で襲撃とは、どういう神経してんだ!?



 「ちっ!」



 襲撃に失敗した金髪男(けっこうなイケメン)は忌々しそうにオレを睨みつけ、今度は邪魔をしたオレにその凶刃の矛先を向けた。鋭く速い一撃。正確な急所狙い。これはマズイと直感。恥も外聞も捨ててその場から転がり、紙一重で回避。その際、初めて物騒なイケメンと目が合い、視線が交差する。



 「・・・!お前!!?」



 「ん?」



 なんだ、オレの顔を見て驚いている?知り合い・・・いや、心当たりがないぞ。なら向こうの人違いか。迷惑な。



 「殺す!」



 ってマジか!?なんか知らんが殺気が三倍増しになった!!?意味がわからん!だが、おとなしく殺される気は皆無。迫る凶刃を躱す、躱す、躱す。おいおい、一撃一撃が殺意満載だ!これでは避けるだけで精一杯。少しでも間合いを広げるため、牽制がわりに剣を突き出すが、軽快なステップでもぐりこんでくる。人混みのせいで全力で剣を振り回せない。リーチが長すぎる!対して相手は小回りがきく短剣。状況は明らかに敵側に有利。やばい、想定以上に強いぞこの物騒イケメン!



 「シッ!!」



 物騒イケメン渾身の気合の入った一撃を、何とか剣で受け止める。拮抗したのはほんの一瞬。力負けしたオレの剣がむなしく地面の上を転がっていく。衝撃と共にオレの体は硬直。腕も痺れている。次は避けられない。死ぬ?



 「死ね!」



 「させません!」



 来るべき衝撃と痛みを覚悟したが、プリエールのバリア魔法のおかげで間一髪助かった。オレが一瞬で力負けした一撃を、見事に弾いたのだ。さすがプリエール!惚れそうだぜ!!



 「ニエ風情が邪魔をするな!」



 鬼の形相で吠える物騒イケメン。いかん、ヘイトがプリエールに向いた。無理矢理それを奪うため、妨害あるのみ! 

 事前に用意しておいた切り札の一つをここで切る。アイテムボックスから引っ張りだしたのは緋影の剣。等級は宝具級。今のオレのステータスではその力を十全に引き出せない武器の一つ。だが、それも使いよう次第だ!



 「炎蛇!」



 「魔剣・・・!?」



 物騒イケメンがこの剣の正体をいち早く見破るが、それでも遅い。

 この剣専用のスキルは発動済みだ。剣から焔が蜷局(とぐろ)を巻き、物騒イケメン目掛けて絡まるように巻き付く。その攻撃は物騒イケメンにとってあまりにも予想外だったのだろう、オレの想定よりも無防備に直撃した。動揺しているのが手に取るようにわかる。もう一押しか。



 「なめるな!」



 だが、そう簡単に事は運ばない。物騒イケメンは裂帛の気合いで、まとわりつく焔の蛇を振りほどいた。何らかのスキルか?

 本来の威力ではないとはいえ、追尾・追加効果込みの炎蛇をあっさりと無力化とは。・・・だが、もう一つの効果までは消えてない。最低限の戦果はあったな。即座に炎蛇の攻撃から態勢を立て直した物騒イケメンだが、まだまだおかわりはあるぞ。ほら来た。



 「貴様、何者だ!」



 物騒イケメンを狼藉者と見定めたラウラが、問答無用で斬りかかる。物騒イケメンはそれを短剣で難なく受け流すが、周囲には騒ぎを聞きつけた傭兵が数名、こちらに向かってきている。多勢に無勢。そう判断したのだろう。物騒イケメンが颯爽と背を翻す。惚れ惚れするくらい撤退の判断が早い。あれはしぶとく生き残るタイプだな。



 「待て!!」



 ラウラが呼び止めるが、それで立ち止まるようなら白昼堂々、襲撃など仕掛けない。物騒イケメンはチラッとこちらを振り向いたがすぐに視線を前方に戻し、風のように去っていく。その背を警備担当の傭兵たちが追いかけるが・・・・・・あの速度差では追いつけないだろうな。今この瞬間にも両者の距離は広がるばかり。期待は出来ない。



 「二人とも、大丈夫か!?」



 ラウラが重点的にプリエールを心配しつつ、オレにも怪我がないか確認する。



 「ええ、おかげさまで。プリエールさんは?」



 パッと見た感じではお互い、怪我はなさそうだが確認は大事だ。



 「はい、私も大丈夫です。ラウラさんありがとうございます」



 「そうか。よかった」 



 ほっと一息ついたラウラを横目に、オレはあの物騒イケメンの立ち回りを脳内で再現する。顔に見覚えはない。それは確かだ。けど・・・あの動きというべきか、足さばきには覚えがあるような?

 こうして今も五体満足でいられるのは奇跡だと断言できるくらい、オレとあの物騒イケメンの技量レベルは段違いだった。あの身のこなし・・・近接戦極振りか。でもどこか動きに精彩がなかったな。ぎこちなかったというか。今思い返すと、まるで怪我を庇うかのような動きだった。あの物騒イケメンがもし万全の状態だったら・・・



 「・・・万全な状態に戻られる前に、けりをつけるか」



 炎蛇の効果はまだ継続中。見失っても逃がしはしない。




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