第13話 暗躍
人混みがすごい。人波を掻き分けて進むラウラの傍らには知恵熱でダウン寸前のプリエール。背中しか見えないが弱っているのは誰が見ても一目瞭然。プリエールのガードはラウラに任せるとして、オレは自分自身を守ることに専念しよう。今もまたスリの手が伸びてきたので、その手首を目掛けてチョップ!
「いっっ!?」
痛みと衝撃に思わず声をあげたオッサンを睨みつける。ヤバいと察したオッサンはそそくさと去っていった。やれやれ、これで三人目だ。活気があるのはいいが、ああいう手合いが増えるのはいただけない。その為の治安維持要員である傭兵は・・・見た感じ、忙しそうだ。決して仕事をさぼっているわけではないみたいだが、単純に人手が足りていない様子。
今も商人同士が大声で口論してるし。放置されているということは、こういう光景は日常茶飯事なんだろうな。内容はなかなか物騒だけど、流血沙汰にでも発展しないかぎりは、介入しないのだろう。・・・おっと、なんか流血沙汰になりそうだったので、短剣を身構えた方の商人の後頭部をぶん殴る。突然の不意打ちにこちらを振り向いた直後、無防備な顎へ追加攻撃。立てなくなったガラの悪い商人が地面に沈む。それを見届けてから、オレは少しばかり離れてしまったラウラの背中を追う。
背後からは「ありがとよ!」と礼が聞こえたが右手をあげるだけで応える。おっと、その隙を狙って四人目のスリか。手癖が悪いな少年。そんな悪ガキにはチョップ!!
「いてっ!!?」
痛みと驚愕で目を見開く少年に、威圧込みでニッコリ笑顔を向ける。それを見て一目散に逃げていく少年の背を見送る。そんな心温まる交流を経ている間にも目的地に到着したようだ。ラウラが立ち止まってこちらを見ている。・・・気のせいか、少し呆れた様子で見られているような?なんだろう、心当たりがないぞ?
「色々とご活躍だったな、アーシャ殿」
どうやらバレてたらしい。さすがこの都市の警備部門も担当しているだけある。視野が広い。
「なんのことです?」
とりあえず、とぼけておこう。あれ?オレ何かしたっけ?
「・・・一応、礼を言うよ。この都市の治安維持担当としてね」
「何のことかわかりかねますが、受け取ってはおきますよ」
我ながらわざとらしいやり取り。ラウラも苦笑している。さて、そんなことより・・・ここがラウラの目的地か?
「ここは宿屋ですか?」
オレの視線の先には三階建ての少し古い木造住宅。規模は結構デカい。ざっと見ても三、四十人は宿泊できそうだ。
「ああ、ここは雇い先でもある都市が傭兵用にあてがった宿泊施設さ。掃除や管理してくれる人がいないと、大半の傭兵は汚したままで過ごすからな。都市の景観を損ねないように、配慮しているんだろう。こちらとしても助かっているよ」
なるほど、社員寮てきなやつか。
「学園の生徒みたいに寮暮らしで部屋をあてがい、自主的に生活なんてしても荒れるだけだしな。・・・管理してくれる女将さんには感謝しかないよ」
しみじみとそう語るラウラ。・・・想像以上に傭兵というやつは社会不適合者の集まりのようだ。いや、それよりもここってつまり・・・
「ラウラさんの家ってことですか?」
「間借りしている身だが、一応な。・・・安心してくれ、旅に出ている間は女将さんが優先的に部屋を掃除してくれるから。部屋は綺麗なはずさ。・・・多分」
不安だ。女将さんは埃とかは綺麗にしてくれても、物で溢れてたりとかまでは解決してくれないだろう。足の踏み場もない、なんて可能性すらあり得る。こればっかりはラウラの感覚任せだ。・・・けど、人口過密状態のこの都市で急に宿屋を探して空き部屋確保なんてほぼ不可能だろうし、他に選択肢はなさそうだ。なにより、プリエールもしんどそうだ。限界が近いのだろう、足元がさっきよりもフラフラで覚束ない。
「とりあえず、一旦プリエールさんをラウラさんの部屋へ。少しでも早く横になって休ませないと」
「そうだな。・・・アーシャ殿はどうする?」
「少し周辺の散策を。・・・失礼ですけど、ラウラさんの部屋って一人暮らしが想定された間取りですよね?それだと三人は狭いでしょう。プリエールさんをゆっくり休ませる為にも、あまり互いの距離が近すぎるのもよくないでしょうし」
少なくとも、オレだったら多少のストレス負荷がかかるわ。疲れている時なら尚更だ。
「いや、しかし・・・」
「ラウラさんには看病をお願いしたいので、拒否権はありませんよ。大丈夫、寝床が確保できてもできなくても、一度ここには戻ってきますから」
いい機会だし、ここからは単独行動開始だ。
「・・・わかった。では先に報酬だけでも渡しておくよ。金はあるに越したことはないだろ?」
「報酬は学園からでは?」
「申請するのはアタシだから、結局は変わらないよ。受け取ってくれ」
「・・・・・・では、遠慮なく」
「・・・なんて、恰好つけたけど手持ちは金貨十枚しかないんだ。すまないが残りはプリエールを学園に送り届けてからでもいいかな?」
なんだ?やけにオレを近くにいさせたい意図が隠れ見えるな。気のせいか?
「はい、わかりました」
とりあえずは素直に従っておくか。何より単独行動できる口実は得れたし。・・・けど、少しばかり用心した方がいいかもな。ラウラから報酬の一部を受け取り、オレはその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇
円卓の黒騎士は遥か先にある魔法都市を見つめる。時刻は夜。辺り一面は闇に包まれ、魔法都市の明かりだけが湖上を煌々と照らしている。
「・・・・・・近いようで遠い。遠いようで近い。忌々しい立地だな、あの都市は」
黒騎士の目的地は魔法都市だ。だが、眼前には大陸一広大な湖が立ち塞がっている。いや、湖を渡るだけならこうも立ち往生することはない。
真に忌々しいのは守護者を気取る上級龍だ。ホームであるこのユトラ湖でなら敵はいないとすら言われ、単独で魔王とすら渡り合える本物の強者。たった一匹の龍がこの大陸のパワーバランスを左右している。その事実に、黒騎士は苛立つ。
「たかが図体のデカい蛇が・・・!」
陸上に引きずり出せば勝てる・・・と断言は出来ない。だが、いい勝負は出来ると黒騎士は確信している。だが、同時にあのデカいだけの蛇がそれに律儀に付き合う道理はなし。挑発してもまず間違いなく乗ってこない。それだけユトラ湖は水龍にとって有利な地形。わざわざ捨てる理由がない。
何か引きずり出せる策があれば。向こうから出てこなければ困るような、そんな都合の良い策が。
「・・・そんなものがあればとっくに実行してるか」
自嘲し、溜息を吐く。思いつかないなら・・・奴の土俵でやり合うしかない。選択肢など元からない。こちらが不利でもやるしかないのだ。
「出てこないなら、扉を蹴破るだけだ。出て来いよ、引きこもり」
悪態をつき、黒騎士は歩を進める。湖岸から湖面へ。水上歩行のスキルを発動し、水中に沈むことなくただ進む。目指すは魔法都市へ。だが、それを許すユトラ湖の主ではない。侵入者が簡単には引き下がれない位置まで来たのを見計らい、その姿を現す。
『どこの愚者かと思えば・・・魔王の末端か。』
高圧的な態度。それに見合う実力。久々に出会う、確実に自分より格上の上位存在。知らず、自身の足が震えていることに気付く黒騎士。だが、もはや退けない。退く理由もない。
「たかがデカいだけの引きこもり蛇が偉そうな口をきく」
湖岸から距離にしておよそ五百メートルの湖上。近いようで果てしなく遠い。相手が相手だけに逃げ道はないに等しい。黒騎士にとってここはもはや死地同然。だが、それがどうしたと言わんばかりの態度で黒騎士はユトラ湖の主を前に堂々と振る舞う。
その姿を、水龍は不快そうに見つめる。まるで汚物を見ているかのような冷たい目で。その眼力は一種の魔眼に匹敵する。見えない殺意。それが重圧となって黒騎士に重くのしかかる。気のせいではない。確かな圧力。今にも膝が屈しそうになるが、黒騎士は耐える。歯を食いしばり、ひたすらに不可視の重圧を耐え・・・・・・遂には振り払う。
『ほう・・・』
感心したように水龍が目を見張る。今まで雑多な雑魚を不可視の重圧で沈めてきた。眼下のソレは、見事に耐えた。しかしそれだけだ。・・・それだけが出来ない雑魚が今まで多すぎた。なので・・・水龍は少しばかり戯れることにした。
「!!?」
手始めに黒騎士の水上歩行スキルを無効化した。黒騎士はその事実に驚愕しているがこの程度、朝飯前。呼吸をするかのような自然な動作。敵にそれを容易に押し付ける。
押し付けられた側は・・・全力で抵抗する。どうにか全身が沈むのは阻止できたが、膝下まで水中に沈んだ。機動力はこれでほぼ半減。これぞ水龍の真骨頂。水に関連するものなら何でも意のままに操れる。水に関連するスキルの無効化など児戯に等しい。
『さて、いつまでもつかな?』
水龍が酷薄な笑みを浮かべる。まるでそれは動けない獲物を前に舌なめずりする蛇のように見えた。魔王の配下と、上級龍。人知れず、暗闘が始まる。
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