第12話 魔法都市


 魔法都市アークワンド。四大国が鎬(しのぎ)を削るヒストリア大陸で唯一、自治権を保持している都市国家。大陸一の面積を誇るユトラ湖の湖上に存在する天然の要塞という一面も持つ。しかし他に類を見ない一番の特徴は、その魔法技術だ。間違いなくこの都市こそ、大陸の最先端を突っ走っている。



 「・・・・・・しかしこれ程とは、な」



 船頭に運賃を払い、小舟から降り立ってから驚きの連続だ。

 都市内ではゴーレムが当然のように魔法学園の生徒と思われる少年、少女たちに付き従って荷物持ちなんかしてるし、使い魔と思われる猫やら犬やら鳥やらが縦横無尽に動き回っている。立ち並ぶ店頭には怪しい物で溢れているが、あれらは調合とかの材料か?どこの物好きが買うんだよと思ったが、店内をチラッと覗き込んだが盛況だった。どうやら需要があるらしい。・・・ほんと、何に使うんだよあの炭化した物体の成れの果てとか。使い道あるのか?

 行きかう人々の種族も多種多様。人間の方が逆に少ないくらいか?・・・明らかに魔法都市とは無縁と思われる人種もいるし。想像以上に混沌とした都市だな、ここは。



 「物珍しいか、アーシャ殿」



 少し不敵に笑みを浮かべるラウラ。アレはこちらを面白がっている表情だ。



 「ええ、とても。噂には聞いてましたけど個性豊かな都市ですねここは」



 オレがここに来たのは創造した初期以来だ。都市ともいえない静かで小さな町だったのに、これ程の規模にまで成長していたとは。NPCたちが独自にここまでデカくしたんだと思うと感慨深い。大陸でもトップクラスの大都市なのは疑いようがない。この喧騒と色んな物が入り混じった匂いは個人的にどうかと思うが。これはもう魔法都市じゃなくて交易都市だろ。そう言われた方がしっくりくる熱気と独特な雰囲気だ。



 「湖上の都市だから土地の面積が限られているんだが、現在進行形で都市の人口が増え続けている。もはや過密状態だよ」



 言葉の内容は困っているのに、声はやや弾んでいる。為政者にとっては頭の痛い問題でも、一住民のラウラにとっては喜ばしいことなのかな?



 「嬉しい悲鳴ってやつですか?」



 「まさにその通り。人が多ければそれだけ賑やかで、金や物の流れも活発だ。都市の警備担当として雇われた身としては様々なトラブルに見舞われて大変だが、そのぶん金払いはいいんだ」



 「なるほど。・・・都市の治安維持は傭兵任せなんですか?都市専属の正規兵は?」



 普通の国なら、身元がはっきりしている自国民の正規兵を治安維持にあてるもんだが。実力どうこうの話ではなく、愛国心があって、愛着がある方がいざという時、逃げずに踏ん張ってくれるはずだから。生まれ故郷や家族を守るためなら人は死兵になれる。

 傭兵は結局、金で雇われた兵だし。負け戦で危機が迫れば大半の傭兵は逃げるだろう。下手したら火事場泥棒する輩もいる。信用できない部類の職種ではある。世知辛いね。



 「それがここのトップの考えは独特でね。国に属さない中立勢力として他国を刺激しないよう、正規兵を持たないと表立って宣言しているんだ。だから国防や治安維持とかも傭兵頼りってこと。おかげで仕事には困らないよ」



 口ぶりからしてラウラは学園の護衛部門だけじゃなく、都市の警備部門にも所属しているのか。まあ、確かに常日頃ずっと魔法学園のスカウトしてきた人材を護衛しているわけでもないか。護衛の仕事がない時は、都市の警備として働いているわけだ。ということは・・・所属は魔法都市と魔法学園の二つなのか。傭兵も色々と大変そうだな。これじゃあ体のいい便利屋扱いだ。いや、それだけ都市と学園が密接な繋がりを持っているのか?そうじゃなければ人材を貸しあったりはしないはず。

 国防も傭兵頼りなのはきっと水龍がいるからだろうな。アレがいれば大抵の侵攻は跳ね返せる。仮にそれから漏れ出て都市に上陸されても、腕利きの傭兵がいれば充分と。水龍にひどい目にあわされて弱った敵を叩くだけの簡単な仕事ですってか。そりゃ正規兵もいらんわ。しかし・・・仮に、万が一でも傭兵たちの離反があった場合を想定しているのだろうか?人間は追い詰められたら容易に裏切る。まさか本当に百パーセント国防を傭兵に依存しているはずがない。依存してたらこの都市の首長の脳内はお花畑だ。

 物事には表と裏がある。傭兵たちに離反されても、それをどうにか出来る奥の手が水龍以外にもあるはず。もしかしたら水龍の離反すらも想定した切り札が!?やばい、どうしよう。個人的にすげえ気になる。この都市のトップってむちゃくちゃ有能かも!?



 「・・・プリエール?さっきから唖然としてるけど大丈夫?」



 勝手に一人で興奮してると、ラウラがプリエールを気遣っていた。いかんいかん、一瞬とはいえ我を見失っていた。正気を取り戻したオレは、プリエールに意識を向けた。視線の先にはラウラの言葉通り、口をポカーンと開けたプリエールの姿。どうしたんだろう?少し目を離した隙に魂でも奪われた?



 「・・・・・・なんだか見たこともない物や景色で頭が爆発しそうです。あ、猫が屋根をいくつも飛び越えた。すごいなぁ」



 プリエールが呆然と呟く内容に、ああ・・・情報過多で脳みそが処理しきれていないのかと思い至る。確かに、あんな一面小麦畑で育ってきた純粋培養育ちのうら若き乙女が、こんな雑多な人ごみ溢れる都市にいきなり来てはギャップにも戸惑うだろう。時間の流れ方が真逆すぎる環境だ。それと普通の猫はあんなに飛び跳ねたりは出来ないぞ。あれ、使い魔だから。おそらくは魔法使い同士の相互間のメッセージのやり取りにでも活用されてるのだろう。ああいうのは返答の速度が求められているからな。鳥や身軽な猫は重宝されるというべきか、イメージしやすい。

 さすがは魔法都市。いちいち手紙を書く手間を省いて、手早く意思疎通してるわ。



 「いかんな、このままではプリエールが知恵熱で卒倒しそうだ」



 慌てた様子のラウラが、プリエールに寄り添う。・・・うーん、やっぱりラウラは過保護だな。元々の性格か?勝手な印象だけどお姉ちゃんキャラって感じ。面倒見よさそうだし。プリエールを完全に妹扱いしてるように見える。もしかしてプリエールに妹の面影を重ねているとか?



 「手慣れた様子ですね。妹さんか弟さんがいるんですか?」



 「わかるか?」



 「ええ。気くばりが細かいと言いますか。一人っ子には出来ない動きですよ」



 「そうか?・・・まあ、プリエールが妹とどこか似ていてな。顔がどうこうじゃなく、雰囲気というか、表情と言うべきか。それでついつい世話したくなってたのかもしれん。プリエールには迷惑かもしれんが」



 「それはないでしょう。わたしから見て、プリエールは貴女に懐いていますよ」



 「そうだといいのだが・・・」



 はたから見ると、年頃の妹にウザがられるのを恐れている過保護な姉の図だな、まるで。こうして話している間も、ラウラは自然な動作でプリエールの体を支えている。・・・こういうのが自然に出来る奴が異性問わずモテるんだよな。見習いたいところだ。



 「とりあえず・・・どこか横になれる場所でプリエールを休ませましょう。別に今すぐ学園に連れていく必要もないのでしょう?」



 このままプリエールが倒れたら本末転倒だ。本人の意識があって、まだ辛うじて歩けるうちに休ませた方が得策だ。



 「そうだな・・・予定の日程より早く到着したし、長旅の疲れもあるだろう。本当は学園の寮で休ませたいが・・・・・・手続きなどの手間を考えると、今の状態はあまりよくないな。よし、アーシャ殿ついてきてくれ」



 決めた後の行動は早かった。オレの提案に同意したラウラが先導を開始。職場でもある都市内を、歩き出す。目的地を既に定めたのだろう、その足取りに迷いはない。報酬はいらないし、べつにここで別れてもいいんだが、プリエールを学園に送り届けるところまでは見届けるか。プリエールを気遣いながら、オレがちゃんと離れずについてきているかチラリとこちらを振り向くラウラを安心させる為にも、オレははぐれないようにその後ろをついていった。




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