第11話 魔法学園へ


 村から旅立つ際に惜しまれる以外は、魔法学園に向かう旅路は順調だった。特に目立ったトラブルもないし、魔物との遭遇はあるにはあったが、ラウラ一人で事足りる程度。オレの出番は皆無だった。これで金貨百枚か。・・・なんだか貰うのに引け目を感じるぞ。報酬はこちらから減額を申し込もうか。こんなに楽なら半額でも十分すぎるし。



 「いや、アーシャ殿の時間を貰っていると考えれば妥当だ。それに護衛とは元々、有事に備える保険のようなもの。何事もなければそれが一番さ」



 だから報酬は満額受け取ってくれと言われた。それにどうやら魔法学園側も追加の護衛には賛同したらしいので遠慮は無用とも。ここまで理路整然と言われたら断れない。しかし・・・魔法学園か。確かヒストリア大陸中央部に位置する、ユトラ湖の湖上にある魔法都市アークワンドの一施設だったはず。

 大陸最先端の魔法技術を研究し、それらを平等に各国に公表するかわりに研究資金も提供してもらってる設定だ。表向き戦争利用されるような兵器は開発禁止と明記されているが・・・さて、実際はどうだろうな。純粋な研究機関か、はたまた魑魅魍魎共の巣窟か。どっちだろう?創造した側なのになんだか楽しみだな。



 「無事にここまで来れたか」



 ラウラが安堵したように呟く。およそ十日間に及ぶこの旅路も終わりが近いようだ。ここは魔法都市アークワンドへ向かう為の複数ある船着き場の一つ。魔法都市は湖上にある為、陸路はここまで。ここからは水路だ。



 「確かに、ここまで来たらアークワンドに来たのと同義ですね」



 「ほう、アーシャ殿は知っているのか。ここが既に安全圏であると」



 「一応、情報だけは」



 正確には湖上からだが。いや、ここも既にアレの勢力圏か。



 「どういう意味ですか?」



 ただ一人わかっていないプリエールが不思議そうに首を傾げている。それを微笑ましく見つめるラウラが説明を始めた。



 「ユトラ湖には守護者がいるんだ。その存在のおかげでアークワンドは自治を保っていると言っても過言じゃない」



 「守護者?・・・それがユトラ湖全体に安寧をもたらしているんですか?」



 「そうだ。無論、一般の船乗りたちに害は及ぼさない。むしろ魔物に襲われたら守ってくれる存在さ。あとは・・・アークワンドに攻めるような軍船も沈めるかな」



 「軍船、つまり軍隊ですか?」



 「過去にあったらしい。もちろん、守護者が一隻残らず沈めたとの言い伝えもある」



 ラウラの説明は真実だ。実際、アレのおかげでアークワンドはヒストリア大陸でも唯一、自治権を維持した都市だ。・・・こちら側にそんな意図はなかったのだが、何故かそうなった。アークワンドの責任者がうまいことアレと交渉した結果かな?そのおかげというか、そのせいと言うべきか。大陸のパワーバランスは絶妙な位置で拮抗している。何せ大陸の中央部を一都市が管轄しているに等しい。

 湖上にあるので難攻不落。それに最先端の魔法技術は各国の五年、いや十年先を歩んでいる。更には無敵の守護者様までいるのだ。落とせるわけがない。偶然が生んだ産物にしては出来過ぎだ。・・・銀狼が絡んでいるのか?



 「その守護者という方はすごいんですね。軍船をも一方的に沈められるなんて、どんな方なんですか?」



 「・・・そうだな、どう説明するべきか」



 ラウラが困ったように腕を組んでうなっている。確かに、アレを言葉で説明するのは難しい・・・わけではない。だが、説明しても信じてもらえるかはオレも自信がない。なので答えは一つ。



 「見ればすぐにわかると思いますよ。おそらくプリエールさんほどの魔力があれば警戒がてら直接、姿を見せると思いますし」



 「・・・確かに、アーシャ殿の言う通りだ。普段はあまり姿を現さないが、プリエールなら」



 「そういうことなので、答えは後のお楽しみということで」



 焦らされる形となったプリエールは少し拗ねたが、可愛いものだ。十代の少女らしい、年相応の反応。一歩間違えればあざといと思われる仕草も、あそこまで自然だと嫌味がない。愛されキャラだな。

 それから待つこと十五分ほど。渡り船が来たので、オレたち三人が船に乗り込む。少しの波で沈みそうな小舟だが、湖上なので水面は穏やかなものだ。これくらいの小舟でも問題ないのだろう。巧みな操船技術で船頭が船を漕ぐ。早い。船上も安定しているし、これなら船酔いの心配もないかな。



 「・・・・・・いま何か、通りませんでした?」



 アークワンドと岸側のちょうど真ん中あたりに来たところで、違和感を感じたプリエールがオレとラウラを見つめる。・・・水深が一番深い辺りか。現れるならここら辺だよな。一人勝手に納得するオレとは裏腹に、ラウラはやや緊張した面持ちだ。



 「・・・おそらく、守護者だろうな。アタシもその姿を見たのは二、三回だけだ。しかも遠目に。近くに現れる覚悟はしていたが、いざそうなると思うと緊張してきた。アーシャ殿は・・・平気そうだな」



 やべ、緊張感が足りなかったか。慌てて言い訳を考える。



 「いえ、私もこう見えて緊張してますよ。直に見るのは初めてですから」



 嘘ではない。創造したのはオレだが、直接会ったことはない。



 「あ、また通り過ぎた・・・すごく早い。けどそれらしい姿はどこにも見当たらないけど」



 プリエールが左右前後、空の方も見上げるが何もいない。なら答えは一つ。下だ。それに気付いたプリエールが湖を覗き込む。そして・・・ソレと目が合ったのだろう。無意識に小さい悲鳴が口から漏れ出た。ラウラや、湖上に慣れた船頭も顔が強張っている。まあ、確かにコイツは外見がおっかないからな。怖がる気持ちはわかる。しかし知性があるので、そこら辺の魔物に比べれば理知的だ。下手したら人間よりも理性的な生き物だぞ、コイツ。

 そして・・ソレは姿を現した。水面の制御もしているのか、巨体のわりには波をそれほど荒らすこともなく、悠然と。船に横付ける形で。・・・器用だな。



 「・・・・・・龍?」



 プリエールが呆然とした表情で呟く。そう、ユトラ湖の守護者とは水龍だ。サラマンダーのような下級竜ではなく、正真正銘の上級龍。レベルはおよそ85。間違いなく、ヒストリア大陸でも最強格の一角。しかし・・・直で見たのはこれが初めてだけど、マジでデカい。全長何メートル?十や二十じゃきかないぞ、これ。しかも体の大半はまだ湖面の下だし。

 水龍はオレやラウラなど見えてないように、プリエールのみを見つめている。視界には入っているが見えてない扱いだ。プリエールにご執心の様子。対するプリエールは・・・相変わらず圧倒されたまま。言葉も出ない様子。このまま無言の時間が永遠に続くと思われたが・・・



 『ふむ、良い魂だ』



 満足げに呟くと、水龍は水面下へと姿を消した。時間にして五分あったかどうか。濃密な時間を過ごした。特に直接対面したプリエールは十倍以上に感じたかも。それくらいの重圧感だった。低レベル帯で会うもんじゃないな、あれは。



 「・・・・・・・・・あれが守護者、ですか」



 プリエールの声が震えている。無理もない。あんな・・・



 「すっごいですね!?見ましたあの美しい姿!神々しいとはまさにああいうものなんでしょうね。すごいです!迫力満載です!」



 おや?桁違いの上位存在に出会っても恐怖してない?むしろ興奮してないか、これ。



 「・・・・・・やれやれ、プリエールは大物だな」



 ラウラがやや疲れた様子で苦笑いを浮かべている。うーーむ、本当に大した肝っ玉だ。まるで物語の主人公みたいだな。もしかしたら本当にラウラの予感は当たるかも。後世に名を残す偉人、か。いずれは魔王クロウリーを封印した《四聖》にも引けを取らない英雄になるかもしれないな。将来が楽しみなNPCだ。見守りたいって気持ちも少しわかるわ。いいものを見れたと得した気持ちのまま、船は魔法都市アークワンドに到着した。




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