第10話 頼み事


 「わあー・・・髪サラサラ。肌も綺麗。羨ましい」



 「ど、どうも」



 なんでこんな状況になったんだ?



 「すいません、村の恩人なのに・・・こんなおもてなししか出来なくて」



 優しく、しかししっかりとした手つきでオレの背中をゴシゴシと洗う聖女候補。



 「い、いえ。お構いなく」



 いや、本当に。



 「そうもいきません。貴女は村の恩人。村総出で歓待しないと!」



 さ、左様ですか。・・・居心地悪いな。落ち着かないというべきか。だって背後には薄着の少女がいるんだぞ。さっさとこの場から逃げたいが、こちらは全裸だし。逃げるに逃げられん。さて、なんでこんな状況に追い詰められたかというと、時をサラマンダー退治直後に戻そう。

 あの後、女剣士に引き留められたオレは村の消火活動が落ち着くまで拘束された。 別に手足を縛られたりとかではなく、どこに行こうにも女剣士がついてくる状況だ。うん、完全に逃走防止として見張られていた。そしてひと段落したのか戻ってきた聖女候補がオレの姿を見て慌てて謝った。どうやら村の恩人を放置して消火活動に勤しんでいたのが悪いと思ったらしい。いや、優先度を考えれば礼は後回しだよと謝罪を受け入れ、それじゃあこれでと場を後にしようとしたが甘かった。聖女候補はサラマンダーの返り血で汚れたオレを、半ば強引に風呂場まで連行したのだ。・・・少女なのに意外と力が強かったというのがオレの感想だ。あんな細身のどこにあの怪力が?かと思えばオレの背中を洗う力加減は絶妙の一言。解せんな。ちなみにこの風呂場は村の共用らしいが今はオレが独占してる形だ。どおりで広いと思った。一応、覗き防犯として女剣士が表で見張っているらしい。しかし村人も消火活動で汚れただろうから早めに切り上げたいのだが・・・聖女候補は入念にオレの体を洗っている。もうさすがに返り血もおちたのではと思うのだが、そのたびに



 「いえ、血が乾いてこべりついているので!」



 と、なかなか解放してくれない。そう言われてしまうとこちらも無下にはできない。汚れたままの体で湯船に入れば、このあと使う予定の村人たちに悪いし。結局、風呂場を後にしたのはそれから更に一時間後だった。外に出たとき、風呂の順番待ちしていた村人たちが口々に感謝の言葉を投げかけてくる。それに恐縮しながら、オレは聖女候補の家に招かれた。



 「さあ、遠慮せずどうぞ。自分の家と思ってくつろいでください」



 「お、お邪魔します」



 家の中には誰もいない。聖女候補の一人暮らしか?



 「すいません、こんな何にもない家で。本来、恩人である貴女には村長の家で歓待したかったのですが、昼間の騒動で家を燃やされた人たちがいて・・・」



 なるほど、村長の家はそれら家族の受け入れ先になっていると。



 「いえ、気にしないでください」



 屋根があるだけ充分だ。コンコンと、誰かが玄関の扉を叩く音。客かな?聖女候補が出迎える為に扉を開けると、そこには女剣士が立っていた。



 「ただいま」



 「おかえりなさい」



 今の一連のやり取りで、女剣士もこの家で世話になっているのだろうと推測。



 「えっと、ラウラさんは魔法学園に雇われた傭兵さんなんですよ。とても頼りになるお姉さんで、この村に滞在中は私の家で寝泊まりしてるんです」



 唐突の紹介。そして色々な情報が飛び込んできた。魔法学園の傭兵がなんで?聖女候補のスカウトか?確かにあのバリアー魔法は見事だった。何しろサラマンダーのブレスを真正面から防いだのだから。そこらのNPCには絶対に不可能な偉業だ。



 「紹介が遅れたな。ラウラだ」



 握手を求めてきたので握り返す。うん、剣士の手だ。ゴツゴツしている。



 「あ、いけない!私も名乗ってなかったですね、すいません!バタバタしていたとはいえ・・・私はプリエールです」



 聖女候補ことプリエールとも握手。ラウラに比べれば柔らかいが荒れた手だ。農作業する村娘らしいといえばらしい。・・・紫色の瞳の奥には村娘らしからぬ意思の強そうな光を秘めているが。



 「「・・・・・・」」



 沈黙。二人の視線が集中しているのがわかる。ああ、なるほど。オレも自己紹介を求められてるのね。・・・・・・・・・どうしよう?オレ、仮想世界の名前ないんだよな。今までNPCにはマスターとか、創造神と呼ばれたことしかないや。かと言って本名を名乗るのも違和感しかない。そもそも現実世界と性別違うし。・・・いい機会だし、当面は名乗る偽名を考えよう。けど、時間はないな。こういう時はインスピレーションだ。



 「・・・アーシャです。よろしく」



 「アーシャさん!いいお名前ですね」



 にこやかに笑うプリエール。どうやら何の違和感もなく受け入れられたようだ。よかった。



 「さて、各々の自己紹介も済んだことだし・・・アーシャ殿、改めて感謝を。貴女がいなければこの村はサラマンダーに滅ぼされただろう」



 「そんなことは・・・」



 ないと言い切れないんだよね。たしかにプリエールの防御魔法はすごかった。おそらく回復や補助向きのスキルに恵まれているのだろう。反面、攻撃の方はそれほど得意じゃないと推測できる。そういうのはラウラが担当すべきなのだが・・・相手が悪かった。一介の傭兵に竜種は荷が重い。かくいうオレも剣闘士の剣じゃなかったら竜種の鱗を切り裂けなかった。力押しするにはステータス値が全然足りないのだ。もちろん、竜殺しに特化した武器もあるが、生憎とステータス値がこれまた足りないので装備は不可。・・・剣闘士の剣がなかったらオレは一目散に逃げてたね。それくらいの死地だった。



 「事実だよ。本当に助かった、ありがとうアーシャ殿。・・・・・・そして非常に言いにくいのだが、頼みたいことがある。内容はプリエールに関することだ」



 うわあ、聞きたくない。聞きたくないけど・・・聞かなきゃダメだよね、はい。



 「・・・プリエールさんの力と、ラウラさんの所属から察するに魔法学園へのスカウトですよね?」



 「概ね正解だ。魔法学園は見込みある少年、少女を大陸中からスカウトしている。私の役目は入学希望者を魔法学院まで護衛するのが仕事だ」



 へえ、スカウト部門と護衛部門にわかれているのか。専業的で効率的だな。



 「アーシャ殿にもわかると思うが、プリエールの才能は桁違いだ。天才と言っても過言ではない。きっと将来は優秀な魔法使いとして後世に名を残すだろう」



 プリエールは大袈裟ですと謙遜するが、ラウラの言葉通り、この聖女候補様は大成するだろうな。胆力もあるし。今現在でも結構な規格外だ。しかし・・・ラウラはやけにプリエールに肩入れしているな。こういうのって仕事だから事務的に接するものかと思ってたけど、親身に接するのが普通なのか?・・・魔法学園まで一緒に旅するんだからそんなものか。ところで肝心の頼みごとの本題は?



 「村の人たちも喜んでいた。魔法学園に入れる者は限られているし、プリエールは学園でも即座に上位に属せる才女だ。村にとっても未来の偉人が生まれた地としての名誉になる。そしてプリエールは多くの人に見送られて、今まさに魔法学園へ旅立つところだったんだが・・・」



 「・・・昼間のサラマンダー襲撃につながると」



 なるほど、村人が一か所に集まっていたのはプリエールの為か。そこで運悪くサラマンダーの襲撃で阿鼻叫喚と。・・・本当に偶然か?それにしてはタイミングが良すぎるような気がするけど。ラウラと目が合う。オレと同様の疑問を覚えたのだろう、同意するように頷いている。



 「・・・偶然ならばそれはそれで構わない。しかしもし偶然ではなく何者かの故意ならば?アタシとしては念には念を入れたい」



 「つまりオ・・・わたしを護衛に雇いたいと?」



 それが本題か。



 「報酬はアタシが魔法学園側に掛け合う。仮に魔法学園から出なかったとしてもアタシが自腹で払う。最低でも金貨百枚。護衛の道すがら危険度が高ければ追加で払う」



 危険度、ね。今日のようにサラマンダーが襲ってきたら追加報酬。何事もなかったとしても最低金貨百枚。悪い条件ではないが・・・気は進まない。進まないんだが。



 「・・・・・・・・・」



 さっきからプリエールの無言の『引き受けてお願い』って視線が突き刺さって痛い。この状況下では断れそうにないぞ。うう、我ながら押しに弱い。



 「頼む、この通りだ」



 「お、お願いしますアーシャさん」



 二人が頭をこれでもかというくらいに下げて懇願してくる。これが決定打だった。



 「・・・わかりました、プリエールさんの護衛を引き受けます」



 こうして、オレは自分から面倒ごとに巻き込まれる形となった。




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