第9話 時の流れ


 戻ってきた。戻ってきてしまった。この世界に。《グランザード》に。感動と後悔の半々という心情。しかし目に飛び込んできた光景に意識が集中する。



 「・・・・・・これは?」



 戻ってきた先は見覚えのあるオンボロ砦。だがこれは・・・まるで・・・



 「ただの廃墟じゃん」



 全壊、とまでは言わないが半壊くらいはしている。元々、風通しの良すぎるオンボロ砦だったがこれではもう・・・あばら家同然だ。



 「・・・一応、地下の施設も確認するか」



 今更どの面さげて戻ってきたと、黒騎士団の面々に責められるだろうか?そもそも、こちらの世界の時間は経過しているのか?・・・一、二年程度の風化だけではこうはなるまい。ならば時間は経過していたと考えるべきか。それとも直近で襲撃された?疑問は尽きないが、とりあえず地下工房を探す。



 「・・・地下への階段が倒壊している」



 キラに教わった斥候の技術で確認するが・・・最近、誰かが出入りした形跡もない。階段でここまで破壊されているのだ、地下施設が無事という保証はない。黒騎士団の姿も確認できないし、この拠点を放棄したかもしくは・・・全滅したか?確認のため、砦の周囲を探索したがそれらしい死体はなかった。しかし黒騎士団が敵対していたのって円卓の死霊術師だよな?だとしたら死体を回収された可能性もゼロではない、か。どちらにしても・・・



 「これ以上、ここにいても無駄か」



 さて、いきなり困ったな。いや、僥倖というべきか。少なくとも黒騎士団という鎖からは解き放たれた。同時に後ろ盾もなくしたわけだが。・・・・・・今更こんなオンボロあばら家を拠点にするのはなしだな。周囲には魔物もチラホラいそうだし、休む場所として失格。選択肢は一つ。



 「町か村でも探すか」



 銀狼がいれば好きなタイミングで現実世界に帰してくれそうだが、その姿は確認できない。ならば以前と同様、一か月間はこの世界に閉じ込められたと想定する。一か月間も野宿?あり得ない。人里を目指すべきだ。

 銀狼を信じるならオレを害する気はないからこの世界で死んでも影響はなさそうだが、単純に痛いのは嫌だ。人間なら誰もが痛みから遠ざかりたいもの。痛い思いをしない為には、強くならなければ。その為にも体調を整える拠点が欲しい。



 「目的は決まったし、あとは・・・」



 どの方向に進むかだ。地図なんてないし、ここがどの大陸かもわかんないし・・・いや、待てよ。魔王クロウリーが封印されているのはヒストリア大陸だったか。確かこの大陸には四つの大国があったはず。そのどれかでも分かれば現在地も把握できる。そうすれば、オレ個人の物資を保管してある拠点の場所もわかる。拠点には番人もいるから荒らされる心配はない。よし、当面はヒストリア大陸の各地に設置した拠点を目指すか。とりあえず見切り発車で適当な方角へ歩き出す。完全に運任せ。けど、こいういうのも悪くはない。

 道なき道を進み、出会う魔物を倒し、レベルを上げる。レベルが5に上がったことで、ようやく装備できる物が増えた。相変わらず大半の装備品は死蔵品扱いだが、ステータス不足なので文句も言えない。今の段階で装備できる最上の物で防御力を底上げしよう。ようやくただのクロースから卒業だ。オレ個人としては全身を守れるプレートアーマーが好みなんだが、あいにくとステータス値が足りない。なので少し身軽に動けるボディアーマーで我慢する。無論、アイテム等級はノーマル。レアでも悪目立ちしそうだし、宝具級なんて論外だ。メインの武器は剣闘士の剣のまま。こいつがないと格上の敵と戦えないのでやむなし。レベルをある程度まで上げたら、もう少し目立たない武器に切りかえたいな。それからステータスにバフ効果のある腕輪や指輪を装備。これだけでだいぶ違う。黒騎士団にいた時は奪われる可能性もあったので装備出来なかったが、これからは大丈夫だろう。盗賊ごときに奪われるつもりはないし。そんな感じで現状で装備できる物を試行錯誤していたら、幸運なことに街道に出た。左右を見回すが・・・人の往来はない。あまり交通の盛んなところではないのか?



 「・・・右に行くか」



 どちらにしようか少し迷ったが、こういうのは感覚だ。どちらが正解というものでもないし、気の向くままに。・・・・・・二時間歩いたが人里もないし、誰にも出くわさない。この道の先に何かしらあるよな?まさか行き止まり?少しばかりの不安を感じた矢先、少し丘になっていた所を上り終えた瞬間、視界一面に小麦畑が広がっていた。



 「これは・・・」



 この時ばかりは時間を一瞬忘れ、その光景に見入ってしまった。これほど圧倒される小麦畑は現実世界でも見たことはない。黄金畑とはなるほど、よく言ったものだ。・・・遠くに民家らしき物もまばらに建っている。どうやら人里には辿り着けたらしい。これなら屋根がある所で休めそうだ。

 第一村人を探すが、見当たらない。木造の民家にも近付くが・・・人の気配はなし。畑仕事中かな?おそらくここは村の端の方だろうし、もう少し中心部に向かうか。探索がてら周囲を見渡しながら、村の中を歩く。しかし・・・人っ子一人いないな。過疎地か?



 「ん?・・・何か聞こえる?」



 これは・・・悲鳴?それに黒煙もあがっている。火事か?



 「おいおい、のどかな村じゃないのかよ」



 愚痴りつつ、騒動の中心地と思われる方へ走り出す。現場に辿り着くと、そこには平和とは真逆な存在がいた。

 竜だ。火竜サラマンダー。見た目はただのトカゲだが、六メートルを超える巨体と、体の各所に身にまとう炎は普通ではない。竜種としては下級に属するが、そこは腐っても竜。人間を圧倒する巨体と存在感が半端ない。なんでこんなところに?疑問が尽きない。しかし時は無情にも流れ続ける。悲鳴と怒号が飛び交い、逃げ惑う女子供。男連中は村を守るため、手に武器となりそうな農具を握っているがその腰は引けている。まあ、相手が竜なんだからしょうがない。そんななか、先頭でサラマンダーに対峙している人間が二人いた。・・・遠目だから確証は持てないが、なんか揉めてないか?



 「だから!アレは貴女の手に負えない化け物なの!お願いだからアタシと一緒に逃げて!」



 サラマンダーに剣先を向けつつ、誰かを庇うように立っている紺色髪の女剣士が叫んでいる。気の強そうな女剣士。それが第一印象。・・・お取込み中か?目の前に竜がいるのに呑気なもんだ。



 「それは無理だよ。だってここは私の大事な故郷。私には守れる力がある。なら、ここで逃げずに戦わないと!倒す事は無理でも撃退さえ出来れば」



 女剣士に庇われてる形の淡い桃色髪の少女が啖呵を切る。うん、勇ましいな。どう見てもただの村娘って外見なのに。なんだろう、聖女覚醒イベントでも見せられてるのか?



 「将来的には可能性もあるけど、今の貴女では・・・!」



 女剣士が歯噛みする。どうにか少女を説得できないかと脳みそをフル回転してる様子だが、良案は思い浮かばないようだ。そんな茶番にも飽きたのか、律儀に待っていたサラマンダーが咆哮する。すごい音圧だ。さすが下級とはいえ竜。威圧が他の魔物とは一線を画す。格が違うとはこういう事か。今の咆哮で村の男連中はもちろん、女剣士と聖女候補の二人も立ち竦んで・・・いや、聖女候補だけは毅然と立っている。すごいな。自分が死ぬなんて思ってないのか?それとも死の恐怖を乗り越えている?前者なら馬鹿の一言で済むが後者なら本物の聖女様だよ。

 睨み合う形となった聖女候補と竜。生意気な人間が気に入らなかったのだろう、サラマンダーが息を吸う。その動作を見てやばいと確信。オレは慌てて物陰に隠れた。



 「させません!!」



 放たれるのはサラマンダーのブレス。全てを燃やし尽くす火の息吹。それを、聖女候補が正面からバリアーで防ぐ。防壁魔法で見事に自分や周囲の人間までも守っている。そのおかげでオレも一息つけた。物陰に隠れたとはいえ確実ではなかったからな。しかし・・・



 「マジで聖女かよ。あれが防げるなんて」



 サラマンダーの推定レベルはおよそ30。そのブレスを防御できるなんて常人には不可能だ。もちろんレベル5のオレにも。けれど、防ぐだけでは勝てないぞ。現に、自慢のブレスを防がれたサラマンダーは不愉快極まりないと、その巨体を武器にして突進を敢行。



 「くっ!!」



 そのあまりの衝撃に顔を歪める聖女候補。サラマンダーは尚も攻撃を続ける。あれは壊れるまで引かないだろうな。・・・・・・あれ?これって好機?

 サラマンダーは目の前のバリアーを壊す事に夢中になっている。つまり視界が狭まっているに違いない。なら背後に回り込めば・・・・・・・・・・・・驚くほどあっさりと行けた。隙だらけの背中が丸見えだ。なら、遠慮はしない。その命ならぬ経験値、オレが貰う!



 「mgdfshぎdfhんkんgっぎ!!!」



 背後から忍び寄ったオレの渾身の斬撃はサラマンダーの背中を深々と切り裂いた。しかしまだこいつは生きている。ならば追撃あるのみ。痛みでのたうち回り、暴れる火竜。未だ状況を整理しきれていない今のうちに殺す。オレは流れるようにそのままサラマンダーの首を切断。飛び散る血しぶきと竜の断末魔。着地後のことなんて微塵も考えていなかったオレの体は、地面へと落下した。同時に崩れ落ちるサラマンダーの巨体。やべっ!?このままだと下敷きだ。慌ててその場から転がり紙一重で回避。勢い余って聖女候補の足元までコロコロ転がって・・・目が合った。



 「・・・・・・えーっと?」



 うん、混乱しているね。さて、これからどうするか?



 「・・・お、おい!竜はどうにかなったが火が!!」



 「あ、ああ。急いで消火しろ!小麦が全部、燃えちまうぞ!」



 「急げ!急げー!!」



 一足先に正気に戻った、というより戻らされた村の男連中が忙しなく消火活動に移行していく。ああ、サラマンダーのブレスの余波が小麦畑に燃え移ったのか。確かに村の連中にとっては一大事だ。何せ自分たちの財産が燃えているようなもの。必死にもなる。あれで国からの税を支払っているだろうし尚更か。小麦はよく燃えるからな。村の住民である聖女候補も慌てて手伝いに行った。これは・・・またも好機到来?どさくさに紛れて逃げれそうだぞ。しかし、二度目の好機は訪れなかった。



 「待ちなさい」



 オレと同じく、村の部外者であろう女剣士が引き留めたからだ。機先を制されたので逃げるタイミングを失った。この女剣士、やるな。人の動作の機微を知り尽くしている。対人戦に慣れている?視野も広そうだし、戦場慣れした傭兵の類か。



 「なにか用・・・ですか?」



 こちらとしては、さっさと面倒ごとに巻き込まれる前に立ち去りたいんだけど。



 「この村の恩人をこのまま見過ごしたらアタシがあの子に怒られるのよ。それに、その実力を見込んで頼みたいことがある」



 ほら、やっぱり面倒ごとの気配だ。




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