第8話 帰還そして


 「・・・・・・・・・・・・ここは」



 目覚めて視界に入ったのは見覚えのある天井。ここは・・・オレの部屋だ。十年以上は間違いなく過ごしたオレの自室。オレは半ば夢心地のままベッドから這い出て、フラフラとした足取りで窓へと歩き、カーテンを開ける。差し込む光。見覚えのある外の光景。



 「・・・・・・ああ」



 ここが現実だと、ようやく安心したこともあって膝から崩れ落ちる。



 「陣介ー!そろそろ起きなさい!!」



 階下からは母親の声。あれ?まったく心配していない?オレは一ヶ月近く仮想世界にいたはず。なのに、なんでこんなにもいつも通りに? あれ?おかしいのはオレなのか?オレは何とか立ち上がり、寝間着のまま階段を降り、リビングに入った。



 「あら、珍しい。一回目で降りてきた。・・・まだパジャマのままなのは感心しないけど」



 「あ、ああ。・・・ごめん」



 「ん?・・・なんだか今日は殊勝な態度ね?なに?おねしょでもしたの?」



 「んなわけあるか」



 普段なら力強く否定するが、今日はそんな気分にもならない。やばい、なんか母さんの顔を見ただけで泣きそうだ。オレは慌てて自室に引き返した。



 「あっちょ、朝ごはん・・・・・・。変なの」



 そんな母さんの呟きを背に、オレは一目散に自室に入り、深呼吸を繰り返す。いつも通りの態度だった。少なくともオレが一ヶ月寝たきりになっていたらあんな自然な対応は無理だ。



 「・・・今日は何日だ?」



 オレは今更そこに行きついた。慌てて枕元に置いてある携帯端末で日付けを確認した。そして・・・今度こそオレは叫びたくなった。



 「嘘だろ?」



 オレの記憶が確かで、頭がイカれてないなら・・・一日しか経っていない。ちゃんと記憶も残っている。昨日一日のスケジュールを。どう過ごしたかも。同時に、仮想世界で過ごした一ヶ月も。



 「・・・・・・おかしくなりそうだ」



 つまり・・・どういうことだ?仮想世界の一ヶ月は、こっちでは一日ってことか?意味がわからん。



 「・・・・・・・・・そういえば・・・銀狼が言ってたな」



 生命、健康維持の為とか。・・・これのことか?時間の体感感覚が狂うから?



 「ああ・・・確かに。・・・・・・気が狂いそうだよ」



 正確には・・・おそらく寝ている六時間くらいが、向こうでの一か月に相当するという事・・・なのか?今も仮想世界の時間は流れている?結局、考えはまとまらず、その日一日は心ここにあらずの状態で過ごした。・・・今この瞬間、ここにいるオレは本当に現実に存在しているのか?完全には断言できない自分がいた。なら、あの仮想世界こそが現実?・・・危険な思考だ。だが、あの世界の痛みは本当だった。今でもあの痛みを鮮明に思い出せる。それだけじゃない。匂いも、触覚も、全てが。嫌になるくらい・・・どちらの世界にも違和感がない。



 「・・・・・・・・・当面は、仮想世界に行っちゃ駄目だな」



 自分自身に言い聞かせるように呟く。もし、もし仮にまたあの世界に踏み込んだら最短でも一か月は帰ってこれないのか?永久的に閉じ込められる可能性は?銀狼の言葉を信じるならオレを危険な状態にする気はない・・・らしい。だからといってそうホイホイと気軽に行く気分ではない。このままなし崩し的に仮想世界に行けば、オレは戻れなくなる。オレは自戒の意味をこめて仮想世界に行くことを自身で禁じた。

 それから一週間後。考えすぎて知恵熱が出て寝込んだり、物思いにふけっていたらあっという間に一週間が経過していた。こんなにも仮想世界から離れたのは生まれて初めてかもしれない。そのおかげというべきか、心と体の認識が嚙み合ってきたと感じる。家族には一週間も仮想世界に行っていない!?なんて驚かれた。・・・それくらい、仮想世界の存在が日常に溶け込んでいたのだと改めて思い知らされた。確かに、今や仮想世界は仕事や生活には欠かせない存在だ。もはや人生の一部と言っても過言ではないかもしれない。だが・・・あの濃密な一か月間は誰とも共有できない。オレ自身、今ではあの体験は夢だったんじゃないかと思えてきた。けれど・・・確かにオレは仮想世界で一か月間を体感した。あれが現実では数時間程度?あり得ない!寝て、起きてを繰り返したんだぞ!?数え間違いの可能性があったとしても少なくとも十回以上は確実に!!・・・・・・なのに、現実では約六時間程度?



 「あれは・・・駄目だ。危ない。危険すぎる」



 頭ではわかっている。あの世界の危険性を。だが、それでもオレは心のどこかであの世界に戻りたがっていた。脳内に反芻する銀狼の言葉。


 「それでは、またこの世界にいらっしゃるその時まで。また会いましょうご主人様」


 あれは呪いだ。銀狼は確信している。オレが再び戻ることを。



 「・・・・・・・・・」



 オレは無言で仮想世界に接続する準備を整える。心はやめろと叫んでいるが、体が勝手に動いている。もう、オレはオレを止められない。こうしてオレはせっかく現実に戻れたというのに、仮想世界へと再び戻る。創造神としてではない、ただの人として。




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