第15話 再会


 夜も更けた倉庫街。昼間でも人通りが少ない故に潜むには絶好の場所か。炎蛇の反応は・・・・・・北東か。距離はおよそ二百メートル。慎重に歩みを進める。・・・あの物騒イケメン、痕跡を消すのがうまいな。炎蛇なしだったら絶対にみつけられなかった。追跡、尾行対策は完璧。その証拠に追いかけていた傭兵たちはその姿を見失っていた。だからこそ、物騒イケメンも完全に撒いたと油断しているはず。奇襲の好機。リスクはでかいが、リターンも大きい単独行動もその為。大所帯での奇襲は成功率は高いが、バレる可能性も高い。確実に仕留めるなら今、この瞬間。しかし・・・追い詰める側と思い込み、油断していたのはオレの方だった。

 慎重に行動しているはずだった。なのに、それはあまりにも精巧で、精密な仕掛けだった。隠密性に特化した芸術的なまでのソレに、気付くのが遅すぎた。足元に違和感を感じた時には後の祭り。全身から血の気が引く。トラップ!!?

 仕掛けられていたのは魔力感知型の罠。内容はファイアーボールが左右からの同時発動。高さも頭部と足を狙った周到さ。優先順位は当然、右から迫る致命傷の頭部。だが、それだと左側の火球から足を守れない。足を負傷すれば逃げることも難しい。敵の思惑もそういう狙いだろう。ならば、同時に対処するだけだ!

 右の火球を剣で叩き切り、左の火球はこちらも火球を放ち相殺。だが、至近距離なので爆風で飛び散る石礫まではどうにもならない。少なくとも無傷ではやり過ごせなかった。体の所々から血が出ているが、大した怪我ではない。どうにか直撃だけは防げたので良しとしよう。しかし・・・今の音と衝撃で奇襲はバレたな。奴と正面から戦うのは分が悪い。再度、潜伏されても炎蛇で場所の特定は可能だ。ここは一旦、出直すか?



 「どこの不躾な客かと思えば・・・脱走者か。ならば礼儀を期待するほうが無駄だな」



 いつの間に現れたのか、寂れた倉庫の屋根の上に、月の光に照らされた物騒イケメンの姿。錯覚ではない、本物だ。炎蛇の反応も確かに感じる。格好つけた登場しやがって。悔しいが様になっているのが一段と腹立たしい。・・・それより、なんかドサクサに紛れて気になることを口走ったな。脱走者?オレが?身に覚えが・・・・・・



 「黒騎士団を裏切った罪は重いぞ、小娘!」



 あったわ。うわあ、オレ脱走者扱いなのか。そりゃあそうだよな。実際は現実世界に帰っていただけなのに、そんなこと相手側には関係ない。なにせ忽然と姿を消したのだから。それにしてもアレは誰なんだ?黒騎士団の素顔なんて誰一人知らないから確信がもてない。かといって声だけで判別するには難しい。とりあえず、当たり障りない言葉で応じよう。



 「えっと・・・・・・お久しぶりです?」



 正確な時間間隔は把握してないが、年単位ぶりかな?オレ視点だとそんなに久しぶりって感覚はないんだが向こうにとってみれば・・・



 「ああ、久しぶりだね。あれから二年かな?元気そうで何よりだよ。殺しがいがある」



 二年も経ってたのか!・・・しかし大抵の物事は時間を置けば怒りが薄れるもんだが、むしろ増してる?脱走者には死あるのみってか。



 「・・・二年前より多少は強くなっているようだけど、それでもまだ俺には及ばないね。誰がお前に近接戦闘を叩き込んだか、思い出させてあげるよ!」



 屋根から飛び降りる物騒イケメン。

 今の発言で確信した。こいつ、真正のドSチャラ騎士のキラだ!素顔はこんなイケメンだったのか。性根は相変わらず歪んだままだけど!!

 地面を叩き割る衝撃と音と共に着地し、その勢いで徒手空拳のキラが突っ込んでくる。躊躇いは一切なし。純度百パーセントの殺意と共にオレ目掛けて疾走。互いの距離が即座に縮まっていく。

 対してオレは剣を構え、唯一有利なリーチ差を活かし、猛然と突っ込んでくる一見隙だらけのキラに斬りかかる。キラは振り下ろされる剣先を手の甲で叩くだけで、軌道を逸らした。一切の無駄がない、一連の動き。嫌でも過去の訓練を思い出す。

 思い起こせば一か月間、いつもこいつに一方的にやられていたな。ちなみに攻撃を逸らした後の行動はカウンターが多かった。今回もどうやらそうらしい。固く握りしめた拳で、オレの顔面を目掛けてフルスイング!それを予め予想していたので首を曲げ、紙一重で回避・・・否、頬肉が削り取られた。



 「へえ、反応速度が昔より速いね」



 すれ違いざま、感心したように呟くキラの賞賛。しかし、こちらはそれどころではない。あっっぶな!顔面がグシャグシャになるところだったぞ!?



 「ほらほら、立ち止まるな。次々いくよ!」



 「くっ!!」



 宣言通り、猛攻の嵐。直撃は何とか回避出来ているが、幾つか防具越しにキツイのをくらった。その痛みで顔が苦痛に歪むのが自分でもわかる。無表情でやり過ごしたかったけど、無理だった。キラの前で、弱みなど見せたくない。見せれば・・・



 「ははっ、いい表情だ!」



 喜ぶのが目に見えてたからな。くそ、お前もある意味ではいい表情だよこのドS!



 「隙あり」



 ほんの一瞬だった。虚を突かれ、態勢が崩される。

 あっ、まずい。そう思った時には遅かった。距離を瞬時に詰めたキラに密着される。このゼロ距離での攻撃方法は一つしか思い当たらない。



 「浸透・発勁」



 一瞬の静寂。腹部に直撃だ。全身から嫌な汗が噴き出す。衝撃はまさに浸み込むように時間差で襲ってきた。



 「ぐはっっっ!!?」



 無様に数メートルほど吹き飛び、その場に膝をつく。ほぼ同時に吐き気と共に吐血。これは・・・内臓系が複数箇所損傷したな。

 浸透・発勁。

 この攻撃スキルの前に防具など意味はない。防御力無視の、貫通の一撃。訓練の時とは違い、これが本来の威力か。・・・立てる気がしない。戦意喪失一歩手前だ。



 「どうした?これで抵抗は終わりかな?待っているのは死だよ?ならもっと死ぬ気で抗ったら?」



 いちいち煽ってくんな。・・・そうだよな、まだ死力は尽くしていない。心が折れかけたが、まだ完全には折れていない。立てない?誰が決めた?立つんだよ!

 時代遅れの気合と根性で意地でも立ち上がる・・・が、体は正直だ。意思に反して膝がガクガクと笑っている。それを見て生まれたての小鹿かよと自嘲する。足元は覚束ない。これではいい的だ。けど・・・・・・まだやれる!

 覚悟を決めて、キラを睨みつける。視線で人を殺せるなら、今のオレはきっと殺せる。その自覚がある。



 「へえ・・・しばらく会わない間にいい目をするようになったね。お前には足りてなかったハングリー精神がわずかだけど垣間見えた気がするよ。それでこそ・・・嬲り甲斐がある」



 再び開いた距離を縮めてくるキラ。オレは立っているのもやっとなので、苦し紛れにファイアーボールを放つ。迫りくる火球など大した障害でもないとばかりに、キラは拳で粉砕する。それを見届け、オレは笑みを浮かべた。

 よし、これで触媒は確保した。もう一度甦れ!



 「炎蛇!!」



 「なに!?」



 粉砕された火球。その残滓ともいえる火の粉が一か所に結集し、焔の蛇が再びその姿を現す。予想だにしていない再会に、キラが固まっている。その様子はまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。そして、その好機を見逃す炎蛇ではない。瞬時にキラの全身にまとわりつき、締め付ける!同時に焔で焼かれる炎焼効果付き。これを生身で耐えられる生物はそういない。火属性耐性持ちでも不可能だ。完全に無効化でもしない限り、あの地獄に耐えきれる奴なんて存在しない。



 「スキルで消滅させたはず!?」



 「その程度で蛇が諦めると思うか?蛇はしつこいんだ」



 一度見定めた獲物を、炎蛇は決して逃がさない。火種を触媒に再度、敵に襲い掛かる為の疑死と隠密。ついでにマーキング効果付き。緋影の剣限定スキルはやはり色々と便利だ。炎蛇に二度目はない。必ず絞め殺すし焼き殺す。復活した炎蛇のスキル威力は殺された恨みによって上昇する。一度目と同じだと侮ると、痛い目を見る。



 「ぐぬぅおおお!!」



 随分と頑強な抵抗だ。まだ抗うか。仕方ない、念には念をだ。



 「爆砕」



 直後、炎蛇は爆散。その身ごと絡まりついた相手と共に吹き飛ばす。さすがにこれ以降、触媒があっても炎蛇は復活出来ない。発動するならもう一度初めからだ。



 「・・・その必要もないか」



 「げほっ!」



 未だに人の形を保ってはいるが・・・キラの全身は重度の火傷。無事な部位など、どこにも見当たらない。炎蛇の爆砕は防御力なんて関係ないからな。発勁同様、貫通する。どんな相手だろうと、一定のダメージが期待できる。そのリスクとして、緋影の剣の炎蛇使用回数は六回が限度。六度使用すれば、剣そのものが壊れる。あまり容易に乱発できるスキルではない。



 「ざずがは・・・宝具級の・・・・・・げほっ・・・魔剣。・・・ずざまじい・・・」



 喉が焼かれたか。声が聞き取りにくい。だが言わんとしている内容は伝わった。宝具級と見抜かれた。まあ、威力・性能共に反則級だ。さすがに分かるか。



 「・・・ぞんなもの・・・・・・どごで・・・」



 「秘密」



 オレの答えに、キラの顔が歪む。



 「・・・・・・ぐぞが・・・」



 ドサッとうつ伏せに倒れ込むキラ。

 しばらくは死んだふりをしてないか近寄ることなく遠目に観察しながら等級の高い回復薬を飲む。ふう・・・これで損傷した内臓系も大丈夫そうかな。完治とまではいかないが、幾分楽になった。・・・・・・キラはぴくりとも動かない。死んではいないが、意識もない。そう判断しながらも、接近する際はいつでも迎撃できるように慎重に近寄る。



 「さて、試すか」



 完全に気を失ったキラの傍らに立ち、オレはアイテムボックスからおもむろに首輪を取り出す。ただの首輪ではない。これは服属の首輪だ。文字通り、首輪をはめた相手を半強制的に服従させ、従属させることが出来る。こんなにも手強いNPCだ、有効活用しないと勿体ない。

 レベル五十以上の限界突破者には効果がないアイテムだが、キラはそうじゃないので有効だろう。黒騎士団所属というのがネックだが、上書きは可能だ。



 「よし、成功」



 服従・従属を強いると言っても、別に何でも命令できるわけではない。首輪をはめた相手の義理やら忠誠心などが影響して、強要できる内容がバラバラなのだ。ある程度の忠誠心を得た状態でなら共闘してくれたり、お願いも聞いてくれるだろうが、キラは無理だろうな。オレに対する忠誠心は絶対にゼロだ。断言できる。それでも服属した者への攻撃は禁止できる。それに・・・こいつには色々と聞きたいこともある。どちらかと言うと重要視しているのは戦力より情報の方だ。

 まずは回復だな。あと場所も移さないと。騒ぎを聞きつけて人の集まる気配がする。・・・しかし、成人男性を運ぶのは骨が折れるな。重いし、引きずって運ぶか。




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