第5話 ブラック入団

 通路の角を曲がった先には、ゾンビがいた。ホラーとかでよく見かける、半ば腐りかけの動く死体。唸り声・・・というか呻き声の正体はこれか。数は一。黒騎士は躊躇いもなくゾンビを大剣で一刀両断。上半身と下半身が真っ二つに強制分離。その衝撃の余波でゾンビが吹き飛ぶ。うん、やっぱり脳筋野郎だな。



 「あjd・・・あrd・・・・・・」



 しかし、それでもゾンビは生きて・・・否、動いていた。上半身だけになっても、こちらに向かって這ってくる。脳筋はそれを面倒くさそうに見て、ゾンビの頭部を踏み潰した。色々な・・・主に脳みそとか肉片とか骨がオレの足元にまで飛び散ってきたんだけど。嫌がらせの類か?淡々と、無慈悲に、容赦なく。脳筋冷酷黒騎士が無言で先へと進む。オレは遅れずその後に続いた。

 その後も立ち塞がるゾンビやらスケルトンやらを、脳筋は一方的に蹂躙していく。     もはや戦いにすらなっていない。脳筋が大剣を振れば、すべてが一撃で吹き飛んでいく。鎧袖一触とはまさにこれか。さすが脳筋。シンプルゆえに強い。強いからこそ単純というべきか。・・・しかし先ほどから気になっているんだが。



 「アンデッド種族ばかり?」



 種族の偏りが見られる。遭遇するのは見事にアンデッド種ばかりだ。



 「ちっ、やはりアイツか」



 どうやら、脳筋には襲撃者に心当たりがあるらしい口ぶりだ。この様子だと聞いても教えてくれそうにはないが。背中が語っている。何も聞くなと。しかしこの建物、そこそこ広いな。地下牢もあったし、どこかの廃城?もしくは砦か?窓の外をチラッと見たが、空は暗い。夜か。これから夜間に、アンデッドが徘徊する外へと逃げなければいけないのか。中々に憂鬱な状況だな。まあ、この無双している脳筋についていけばそう難しくはなさそうだが・・・最後まで素直について行くのはなしだな。どこかで隙を見つけて、おさらばしよう。・・・・・・出来ればだが。しかし、そのチャンスは意外と早く訪れた。

 ノンストップで突き進んでいた脳筋が立ち止まる。敵かと身構えて脳筋の背中から前方を覗き込むと、視線の先には大きい扉と、その大扉に立ち塞がる魔物が複数。その中でも一際存在感抜群の奴がいた。



 「・・・リッチまで連れてきたか。しかも唯一の出入り口に配備とは抜け目ない」



 脳筋が忌々しいとばかりに吐き捨てる。リッチ。アンデッド種の魔法使い。推定レベル50。そこそこ厄介な敵だ。魔法も上級どころか複合すら使いこなすからな。作成直後、油断していたのもあって一方的にやられた苦い記憶がある。それ以降はその姿を確認したら真っ先に潰すようにしている。それくらいには手ごわい敵だ。雑魚と侮れば待っているのは死だ。



 「仕方ない、お前はそこにいろ」



 さてどうするのかと思えば、脳筋が唐突に駆け出す。速い!さすが脳筋、決断を下せば迷いがない。一歩、二歩、三歩と即座に間合いを詰める。そして・・・剣を横に一閃!リッチの前衛担当であるスケルトン数体がそれだけでバラバラに吹き飛ぶ!!

だが、リッチもすぐに応戦の構え。悠長に詠唱する暇などないので、即座に発動できる下級魔法、ファイアーボールを脳筋めがけて放つ。放たれる火球の数は八。通常の魔法職なら三つが限度だというのに、さすがはリッチ。魔法の練度が桁違いだ。

 脳筋は攻撃直後で硬直している。無論、避けることは出来ない。一つ、二つ、三つと被弾。そこから態勢が崩れかけるが、持ち直し、残りの五発は全て回避・・・と同時に前進している!?これにはさすがのリッチも驚愕しているように見えた。脳筋はそのままの勢いでリッチを脳天から両断。リッチが無念とばかりに崩れ落ちる。

 おいおい、あの鎧も宝具級か?かなりの魔法耐性がないとリッチの魔法は耐えられないだろ。脳筋なんだから魔法耐性値なんて紙装甲同然のはず。下級魔法とはいえリッチの魔力はこの世界でも上位クラスだ。平然としているように見えるが・・・かなり疲労しているのは確実。逃げるチャンスか?



 「行くぞ、小娘」



 悩む暇すら与えられず、脳筋はついてこいと促す。逃げるか?逃げないか?どちらを選ぶにしてもここは慎重に動こう。逃げるそぶりは一切見せず、悟らせない。脳筋に近寄りすぎず、されど遠すぎず。不審に思われない程度の距離を保つ。そしてオレはごく自然な態度を装って脳筋の後に続いて大扉をくぐり抜け、外へと出た。とりあえずは外の地形を把握して逃げ道の確保だけでも・・・



 「団長、外は片付けておきましたぜ」



 その言葉を聞いた途端、オレの目論見は潰えた。外には脳筋黒騎士とは別の黒騎士の姿。数は三人。その足元にはアンデッド種の死屍累々。軽く百は超えていると思われるソレを、たった三人で?その光景を目にして、逃げる気力は霧散した。これは無理そうだ。



 「ご苦労だった。・・・奴はいたか?」



 「団長の元同僚ですかい?残念ながら姿は確認できていませんぜ」



 「部下だけを派遣したか。相変わらず表には出んな、あの引きこもりめ」



 「そのようで。・・・・・・ところで団長、その娘っ子は?まさか隠し子ですかい?」



 「戯言をぬかすな、見習い候補だ」



 見習い?候補?なんの話だ。っていうかコイツら誰?装備品が類似しているから味方?気安い態度だけど部下か?説明してくれないかな。ダメ?そうですか。



 「へえ?団長直々に見つけたんですかい?珍しい」



 やり取りから脳筋野郎の部下と思われる三人のうち、体格が一際でかい荒々しい口調の黒騎士がオレを無遠慮に値踏みしている。



 「団長のお眼鏡にかなうなんて、幸運なのか不幸なのか悩みどころっすね。まあ、珍しい星の下に生まれたのは確かっすね」



 中肉中背の、雰囲気からしてチャラそうな黒騎士が物珍しそうにオレを見つめている。まるで珍獣扱いされてる気分だ。



 「・・・・・・・・・」



 最後の一人である細身の黒騎士は、無言でチャラそうな奴の膝裏を蹴った。それもかなりの勢いで。



 「いってえ!!?ちょ、アーシンさん!?」



 そんな一癖も二癖もありそうな三人を束ねているであろう、団長と呼ばれた脳筋が一喝する。



 「騒がしい奴らめ。・・・おい、お前ら!!」



 「「「はっ」」」



 今の今までどこか弛緩していた雰囲気がそれだけで吹き飛ぶ。直立不動の姿勢で黒騎士三人衆が団長を注視する。同時に、オレの背筋も思わず伸びた。この緊張感を一瞬で作れる手際に脱帽だ。



 「奴にバレたからにはこの拠点は放棄する。予備の拠点へ各自で現地集合。・・・業腹(ごうはら)だが、当面は守勢にまわる」



 「よろしいので?」



 「いいわけあるか。・・・だがこれ以上、互いの拠点を潰しあうだけではキリがない。戦力を整え、奴の本拠地を見つけだし、襲撃する。その為の準備期間を設ける必要がある」



 「・・・あくまで攻める為の一時的な防御と。了解です」



 「不服か?」



 「いえ、団長がお決めになったことです。俺等は従うだけです」



 三人衆の中で筆頭であろう巨漢の黒騎士の言葉に、他の二人も頷いている。唯一、話の輪に入れないオレはすこぶる居心地が悪い。個人的にはお暇したいんだが・・・無理そうだな。不意に脳筋がオレに視線を移す。なんだよ?逃げる気はないぞ。少なくとも今のところは。



 「喜べ小娘。お前はこれから黒騎士団の一員だ。無論、正式な一員ではなく当面は見習い扱いだが」



 「・・・えっ?はっ??」



 何の脈絡もなく一方的に、脳筋野郎がオレをブラック企業に入社させやがった。黒騎士団だけにってか?・・・全然うまくねえわ!!



 「オレ自ら鍛えてやる。光栄に思え」



 いやいや、マジで何言ってんだこいつ!?日本語喋れや!いや、日本語だけどね!  今のオレには未解明の謎言語同然だよ。これだから脳筋は・・・!思考回路が単純明快すぎる。その思考速度に置いてけぼりだよ。オレの意思など鮮やかに無視して、脳筋野郎はオレの体を軽々と持ち上げ、肩に担いだ。問答無用かよ。むしろ既に決定事項?いや、そもそもオレは入団希望者ですらないんだが。ねえ聞いてる??



 「では、解散」



 「「「はっ」」」



  ・・・・・・・・・完全に逃げるタイミングを逸したオレが悪いのか?こうして、オレの自由意志など悉く無視されて、NPCに拉致された。おいおい、このイベントいつまで続くんだ?管理AI仕事しろ!




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