第4話 脱出

 「・・・・・・ここは?」



 暗い。目覚めたはずなのに何も見えない。ここはオレの自室・・・じゃないな。つまりはまだ仮想世界?なんで・・・?



 「痛っ!?」



 地面に寝転がっていたので、上半身を起こした瞬間だった。背中を中心に痛みが広がる。くそ、まじで涙が出るくらい痛い。・・・おかしい。仮想世界において過度な痛覚は遮断されているはずだ。こんな大した動作でもないのに、これほどの痛みを感じるなど本来あり得ない。強制的に接続を断たれてもいいレベルだ。



 「わけが分からん。管理会社の怠慢か?」



 正直、クレームの一つでもいれたい気分だ。眼前にステータス画面を開き、時間を確認するが・・・文字化けして見えない。仮想世界の時間も、現実世界の時間も両方とも。

 こんなこと、今まで一度もなかったのに。そういえば・・・黒騎士と戦っていた時も発動するはずだったスキルが不発に終わった。何らかの不具合が発生してて、まだ復旧してない?



 「こんなの謝罪会見を開くレベルだぞ」



 痛みをこらえつつ、周囲を見渡すが暗すぎて何も見えない。視界は確実に暗闇に慣れているはずなのに、この暗さは尋常じゃない。光の気配すら皆無。地下か?あれからどうなったんだ。黒騎士に捕まった?てっきりあのまま殺される流れだと思っていたのに・・・ってあれ?



 「いかん、まだ寝ぼけているのか?」



 ステータス表記がおかしい。何故かオレのレベルが1になっている。能力値も軒並み低下、というかこれではまるで初期値だ。何だこれは?デスペナルティ?いやいや、そんな設定してないぞ!?・・・・・・・・・明らかにおかしい。不可解な点が多すぎる。

 そもそも何でオレはあの場にいた?仮想世界に接続した記憶すらあやふやだ。おそらくはどこぞの村と思われる場所を襲撃したのは黒騎士だろう。だが、そんな場所に移動先を設定した覚えはない。まさか、管理AIのサプライズイベント?襲撃イベントに巻き込まれ、スリルを味わえってか?



 「そのわりには銀狼も必死だったような?」



 あれが演技だったら完全に騙されたわ。最近の管理AIってあれが基本性能なの?極まってきたな、仮想世界。すげえわ。これら一連の流れが銀狼の仕業だとするなら、もうそろそろ姿を現してほしいんだが・・・・・・まだイベントは続行中ということか?脱出するまで終わりませんってか。サービス精神旺盛過ぎるだろ。

 改めてステータス画面を確認するがレベルは1のまま。装備品やアイテムの類は・・・幸い無事か。つまり、これらを活用して脱出しろってことか。アイテムボックスにはありとあらゆる装備品が揃っている。等級がノーマル、レア、宝具級、神器級まで一通り。これがあるだけでも難易度は段違いだ。・・・まあ、今の状態だと装備するにもステータス値が足りなくて宝の持ち腐れなんだが。無理に装備してもステータスが弱体化されるし。



 「さて、どう脱出するか」



 おそらくは捕らえられた現状でも工夫すれば逃げられるような、そういう仕掛けが用意されているはず。もしくは単純に力尽くという選択肢もあるか?それとも・・・



 「あkkjdkgjrmvrぁ!!!!」



 なるほど、そういう類のイベントね。理解したわ。



 「じdしゅfyjdんさgdj!!!」



 「んbvcっヴぇgじゃんckh!!!」



 「pjjfsばうくghjなf!!!」



 音が反響していて正確なことは分からんが、おそらくここは黒騎士の拠点と思って間違いない。それにこの複数の魔物と思われる咆哮と建物全体が揺れる振動。そこから導かれる答えは一つ、襲撃されている。音と振動は上から感じるし、やっぱりここは地下だな。

 背中が痛むのでアイテムボックスから最上級の回復薬を取り出し、それを一気飲み。空になった容器をそこらへんに適当に投げ捨て、立ち上がる。よし、痛みはなくなった。動きに支障がないのを確認し、手を前方に突き出しながら二歩、三歩と進む。・・・やはり、推測通りの感触。鉄格子。地下牢か。



 「・・・力尽くは無理そうだな、この強度」



 少なくとも今のオレの貧弱な筋力値では百年かかっても無理そうだ。ならば残る手段はただ一つのみ。ステータス強化剤による一時的なブースト!理想は永続効果なんだが、バランス崩壊するから創造してないんだよな。銀狼にも反対されたし。正直、強化剤そのものが死蔵品扱いだから創る必要もなかったと今の今まで思っていたんだが、こういう状況なら話は別だ。とりあえず、筋力強化剤を一気飲み。効果時間は確か三分間だったかな?直後にステータス画面を確認。筋力値は初期値の五倍。これだけあれば、この程度の鉄格子なら・・・よし、少しずつだが鉄格子の間隔が広がってる。



 「・・・・・・・・・こんなもんか」



 幸い、仮想世界のオレはリアル同様に細身だ。ある程度まで間隔を広げれば、苦も無く通り抜けられた。これがただの鉄ではなく、魔鋼とかだったら筋力だけでは解決出来なかったな。よし、とりあえず地下牢からの脱出は出来た。あとは地上に出て、どこかの街にまで逃げれば・・・って、それが一番難しそうだ。

 魔物の絶叫やら攻撃によるものと思われる振動がますます激しくなっている。ステータス強化剤があっても、時間制限があるので少々の不安が残る。うーーーん、これは難問だ。正面突破は論外だし。どうするか・・・・・・ん?階段を駆け下りてくるこの足音は誰だ?数は一。二足歩行。鎧特有の重々しい音。つまりは人間かそれに近い種族。魔物ではない。思い当たるのはこの状況に追い込んだ張本人。



 「ん?・・・お前どうやって地下牢から出た?」



 難問を簡単に解決する方法が、わざわざ向こうからやってきたか。 黒騎士が地下牢に颯爽と現れた。そして同時に疑問も口にする。



 「・・・まあ、力尽くで」



 一応、真実だ。嘘ではない。



 「・・・装備品の底上げじゃなく、素のステータスから脳筋かよ。本当に外見と中身がチグハグな小娘だな。幻覚魔法で容姿を誤魔化しているのか?ただの人間じゃないだろ?」



 オレの答えに、呆れた様子の黒騎士。いやいや、お前に脳筋扱いされるとか心外だわ。こちとら種も仕掛けもあるって。



 「それより・・・なんかやけに騒がしいけど?ホームパーティーにしては近所迷惑な叫び声ばかり。そのうち苦情がくるんじゃないの」



 オレの皮肉に、黒騎士は鼻で笑い飛ばす。



 「安心しろ、近くに迷惑がる住人は皆無だ。いくらでも騒ぎ、暴れ、汚れても問題ない」



 「最高だね」



 まじで最悪。人里はなれた僻地確定。



 「だろ?・・・さて、ふざけるのはここまでだ。ここから逃げるぞ、ついてこい」



 有無をも言わせぬ雰囲気で、黙ってついてこいと背中が語っている。頼もしいな、元凶の背中は!だが、ここはカルガモの親子よろしく、後を追いかけるしか道はない。オレ単独では無理でも、黒騎士がいれば脱出の成功率は格段に上がる。確信はない。ないんだが・・・今まさに階段を駆け上がる黒騎士は、レベル50を超えているはず。

 この仮想世界での最高レベル上限は100だ。黒騎士はそこまで到達してはいないはず。だが、レベル50を超えると数段階、強さの桁が上がるのだ。文字通り、桁違いに。オレは創造神権限で通常のNPCのレベルを50までに制限している。だが、何事にも例外はある。

 オレが個人的に気に入っていたり、優遇しているNPCにはその制限を解除、もしくは解除できる権限を与えているのだ。もちろん、数に限りがある限定的なものだが。無制限に与えたら、それこそ配下全ての制限を解除される恐れもあったしな。オレはこの黒騎士にレベル制限を解除した記憶がない。つまり、オレが権限を与えたNPCの配下ということ。それも側近か重臣級の。つまり巡り巡って・・・この状況はオレが原因ってことか?・・・いやいや、ここまで予想しろっていう方が無理だろ。それよりこいつ、誰の配下だ?ある程度の目星がつけば、交渉も可能か?けど属性は悪の極振りっぽいしな。それだと交渉は難しいぞ。良くて中立か。善ではないな。断言できる。



 「小娘、これで自衛しろ」



 地下から地上へと出て、目が光に慣れるのを待つ暇すら与えられず、投げ渡された武器は見覚えのある片手剣。これは、《剣闘士の剣》だ。黒騎士と邂逅し、銀狼を守るために適当にアイテムボックスから引っ張り出した武器。回収されていたのか。



 「お前には分不相応な得物だな」



 言外に訳アリだろうと言われた気がする。誰かの形見って設定にするか?確かにこれ、世界に一本しか存在しないユニーク武器なんだよな。その効果は格上の敵と戦う時に各ステータス値が上昇するというバフ付き。しかも敵とのレベル差があればあるほどその効果は上がる。装備するだけなら誰でも出来るが、効果を発揮するのはオレだけ。ほぼオレ専用の武器だ。まあ、創造したのがオレなんだけど。しかしレベル1の今のオレにはお誂え向きの武器だ。今なら大抵の敵は格上ばかり。より取り見取り。縛りプレイ用に創った剣が、まさかこうして役立つとは。



 「アンタの得物ほどじゃないよ」



 黒騎士が握る大剣は明らかに等級がレア以上。多分、宝具級かな?そこらへんのNPCが持っていていい武器じゃない。下賜された物か。



 「ふん、互いに訳アリか」



 黒騎士はつまらなそうに吐き捨て、通路の左右を見回す。そして左方向に行くぞと先導を開始。その背に黙ってついていく。



 「・・・・・・・・・」



 隙が全くないな。こちらに武器を渡して背を向けていても即座に鎮圧できる自信があるんだろう。それは過信でもない。歴然とした事実として。こちらとしてもこの場から脱出できる可能性を爆上げする相手に、喧嘩は売らない。売る理由もない。少なくとも・・・今はな。いずれ銀狼を斬ろうとしたケジメはつけてもらうが。



 「おい、殺気が漏れてるぞ」



 勘もいいか。厄介だな。



 「ここから脱出したら幾らでも相手してやるから自重しろ」



 「はいはい」



 適当に聞き流し、通路の角を曲がる直前だった。黒騎士が不意に立ち止まる。



 「ちっ、ここまで侵入されたか」



 どうやら角を曲がった先に魔物がいるみたいだ。・・・確かに、唸り声が聞こえる。同時に何か・・・引きずる音も。



 「もう少し隠密で動きたかったが、それもここまでだ。ここからは一度も立ち止まれんぞ。呼吸を整えろ」



 黙って忠告通りに呼吸を整える。レベル1なのでスタミナも初期値だから不安だが、なるようになれだ。男は度胸!ここでは女だけど!



 「行くぞ、死ぬ気でついてこい」



 ついてこれなかったら問答無用で切り捨てる気だろ。そんな悪態をつく時間もなく、オレは黒騎士の後に続いた。




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