第3話 赤と黒

 『・・・・・・!』



 何だ?誰か呼んでる?意識がはっきりしないな。なんか・・・体もだるいし。



 『・・ター!・・て!』



 あれ?オレいつの間に寝たんだ?記憶が・・・・・・



 『マスター!!』



 どこか切羽詰まった、聞き覚えのある声がする方に視線を向ける。

 視界には横向けの小さい狼。・・・いや、横向けになっているのはオレ?

 銀狼がいるってことは、ここは仮想世界だろうな、うん。・・・・・・あれ?接続した記憶が・・・?しかしまあ、銀狼の目はクリクリしてて可愛いな。



 「相変わらず愛くるしい奴め」



 無意識にその頭を撫でようと手を伸ばそうとして・・・



 『マスター!寝ぼけてないで早く起きてください!』



 頭突きされた。いや、まったく痛くはなかったけど銀狼に頭突きされるなんて初めてだからショックの方が大きい。いきなり何だ?理由がわからん。



 「なんで?」



 『理由は後で説明します!とにかく今は早く立って逃げてください!』



 鬼気迫るその様子に、オレは訳も分からないまま取り敢えず立ち上がる。・・・何かここ暑くないか?やけに視界が赤いし・・・・・・って周り一面燃えてる?

 空は暗闇。つまりは夜。地面は赤々と照らされている。燃えているのは家屋?数は一軒や二軒どころではない。視界に入る全てだ。



 「・・・・・・・キャンプファイヤーにしては派手だな」



 現実逃避のように場違いな戯言を口にした。現実逃避の一つもしたくなる。地面が赤い理由は火に照らされているだけではないのだから。血だ。しかも大量の。乾いてないからその面積は広がるばかり。そしてそれは現在進行形。

 どう見ても人間と思われる死体から血が流れ続けている。死人だと断言できる理由は簡単だ。その背中に深々と剣が突き刺さっていたのだから。あれはもう体どころか地面にまで貫通している。あんな状態で生きてはいまい。そして・・・ソレは一つだけじゃなかった。夜の暗闇で気付くのが遅れたが、あちこちに人が倒れている。状況整理している間にも、家屋は焼け落ち、どこか遠くで悲鳴が聞こえる。・・・・・・仮想世界だと再認識した。

 こんな光景、現実じゃあり得ない。こんな・・・地獄のような光景が。それにしては妙にリアルだな。これじゃまるで・・・・・・



 『マスター、しっかりしてください!』



 「あ、ああ」 



 いや、そんなに急かすなよ銀狼。こんな事態にいきなり直面して狼狽しない奴は、そうそういないぞ。それにお前は管理AIだろ。いつもの冷静さはどうした?

 それは不意に聞こえた。誰かが立ち止まる足音。オレの背後。距離は近い。何気なく振り返ればそこには大剣を片手に佇む騎士がいた。全身、黒のプレートアーマー。素肌は一切見えない。だが・・・どこかの国に所属している正騎士には見えない。纏う空気が殺伐とし過ぎている。騎士崩れの傭兵と言われた方がしっくりくるな。そういえば黒騎士って本来は自称騎士って括りだったか?



 「まだ残っていたのか」



 低い声で黒騎士が呟き、手にした大剣を地面に振り下ろす。物騒な風を斬る音と共に、剣にこびりついていた血が飛び散る。それを見ただけでヤバいと感じた。片手であんな馬鹿でかい大剣を軽々と振ったぞ、おい。どんだけステータスを筋力に割り振っているんだ?脳筋騎士かよ。



 『マスター、逃げてください!今のマスターでは・・・』



 「ほう、獣が喋るか?幻獣か、はたまた神獣の類の子供か?こんな所に迷い込んだか?それとも・・・奴の実験体かペットか?」



 な、なんか知らんけど相手の殺る気が急上昇してる?こちとら状況についていけず及び腰なんですけど。



 「どうでもいいか」



 しかし呆然としている暇すら、眼前の黒騎士は与えてくれない!

 唐突に銀狼目掛けて振り下ろされる大剣を、アイテムボックスから適当に引っ掴んだ武器でどうにか狙いを逸らす。そのおかげで大剣は銀狼の真横の地面に深々と突き刺さった。



 「・・・・・・」



 「・・・・・・」



 場に流れる、数舜の静寂。



 「貴様、奴の下僕か?・・・生意気な」



 攻撃を邪魔されたのが思いのほか気に障ったらしい。黒騎士の苛立ちがダイレクトに伝わってくる。今のでヘイトがオレに切り替わったようだ。だが、自分の行動に後悔はない。銀狼に攻撃することは即ち、オレに対する敵対行動も同然。ならば、やるべき事は一つ!



 「生意気なのはお前だ、NPC!!」



 「ぬう!?」



 猛然と斬りかかるオレの攻撃を生意気にも防ぐ黒騎士もとい脳筋騎士。こいつ、レベルカンストで更にはステータス盛り盛りのオレの斬撃を真正面から受け止めやがった!?



 「ちっ、この小娘!」



 舌打ちしたいのはこっちだ脳筋馬鹿!止まる理由は皆無なのでもう一撃、黒騎士に叩き込むがあえなくこれも防がれた。おいおい、こんな強いNPC創造したか?まさかバグで限界値突破した?理由はわからないが・・・こうなりゃ当たるまで攻撃続行だ。



 「死にさらせ!」



 「外見のわりに口の悪い小娘だな!」



 しかし黒騎士は器用にオレの連撃を受け流す。こいつ、ただの脳筋じゃない!?おそらくは速さ、器用さのステータスもかなり高い数値じゃないとこうも上手くは立ち回れないはず。



 「厄介だな!」



 強敵に愚痴りつつ、このままだとまずいと冷静に戦況を分析。絶え間ない連撃のおかげで戦いの主導権は握れているが、そろそろスタミナが尽きる。敵は防御に専念しているからおそらく余力はあるだろう。今この瞬間も隙あらばカウンターを狙っているのが嫌でもわかってしまう。

 くそ、蛇のように好機到来まで耐え忍ぶってか!?今の今までステータス値で圧倒し、勝利しかしてないツケがここに来たか。確かに苦戦した過去はある。だが結局はそれらの逆境をステータスやアイテムで乗り越えてきた。要は小細工だ。自分で技術を工夫し、スキル構成を試行錯誤したのは冒険の初期以来やっていない。思い起こせば面倒くさいことは銀狼に丸投げしていた。だって考えるのは面倒くさいし、疲れる。・・・・・・そうしてサボった結果が今の状況に繋がるわけなんだが。この現状を乗り越えたら、久々に色々と試すか。・・・そうと決まれば、さっさとこの脳筋黒騎士を、オレの最強スキルでぶっ倒す!



 「むっ!」



 明らかに必殺の覚悟を決めたオレの雰囲気を察して、黒騎士が剣を構えなおす。好機!

 隙ともいえない僅かな隙。だがオレにとっては充分に必勝のタイミング、パターン。この勝負、もらった!!

 過去一でアドレナリンが分泌しているのがわかる。黒騎士の動きがゆっくり見える。次にどう動くかも手に取るように。まさに今のオレはゾーン状態。オレは勝ちを確信した。



 「くらえ・・・!」



 最高の間合いに踏み込み、まさにスキルを発動しようとしたその時、視界の隅に銀狼が見えた。何かを必死に訴えかけている?いったい何を?だが・・・その表情が悲痛なのはわかった。そして何故かという理由も。その数秒後に。



 『いけません、今のマスターは・・・』



 「・・・・・・えっ?」



 スキルが発動しない?そんな馬鹿な!?だってそんなこと一度も起きたことは・・・・・・



 「何を仕掛けてくるかと思えば悪あがきの捨て身とは。舐められたものだ」



 そしてオレの発動するはずだったスキルは、無謀な捨て身の一撃で終わりを告げる。黒騎士はそれを難なく防ぎ、オレの無防備な背中へと剣を振り下ろす。痛みはない。

 ただ、衝撃と共に地面に倒れ伏す。それだけは理解した。ちくしょう・・・NPCに久々に・・・・・・負けた。意識が途切れる寸前に



 「だが・・・使えそうだな」



 不穏な黒騎士の呟きが妙に耳に残った。次に会ったら・・・・・・今度はオレが・・・勝つ。




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